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51埼玉県

2026年2月 8日 (日)

竹林のある丘に松光山八十ハヶ所がある朝霞の東圓寺

朝霞市岡にある東圓寺に行ってきました。

右の看板に不動の瀧があると書かれています。

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案内図を見ると、松光山東円寺としてかなり広い境内となっているようです。

山門を入るとすぐ左に一夜塚供養塔がありました。

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近くの朝霞第二小学校増築の際に取り壊しすることとなった一夜塚にあった発掘品を、埋葬し供養するためにここに建てられました。

約1500年前の古墳だといい、小学校には一夜塚古墳址の石碑があります。

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東円寺の創建年代は不詳ですが、かつては現在より東に薬師堂があったそうです。

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平安時代の寛弘年間(1004〜12)永慶により中興され、江戸時代の初めの慶長18年(1613)から現地にあるといいます。

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↑本堂左にある板石塔婆は、朝霞市指定文化財のようで鍵付き鉄格子の中で保管されています。

本堂の右には不動門があり、その奥には竹林が広がっています。

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風のある日だったので、竹と竹がぶつかり合うカタカタという音が響くいい小道を歩きます。 <p下り坂から振り返ると石像が並んでいます。

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松光山八十ハヶ所ということで弘法大師像が並んでいます。

進行方向には右には竹林、左手は斜面となっていて景色が見渡せ東洋大学などが見えます。

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小高い丘を下っていくとやがて、男坂と女坂に分かれます。

一旦ここで、竹林のある丘の様子を見上げてみたく、墓地を回り、案内図でいえば上側に行ってみました。

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↑石燈籠や石碑など越しに、丘の上の方に石像や竹林があるという、住宅街のすぐ近くであることを忘れるような景色です。

また、不動門前にある鐘楼とともに見た竹林もいい感じです。

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竹林の周りを見てきましたが、引き続き、不動の瀧を見ていきたいと思います。

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2026年1月11日 (日)

飯能三山の一つであり景色のいい柏木山に登る

飯能市には数多くの山がありますが、比較的飯能駅に近い三つの山が飯能三山と呼ばれています。

いずれもさほど高くはない山ですが、その一つの柏木山に行ってきました。

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↑名栗川の吾妻峡に近い茜台自然広場から登っていきます。

実はこの日は龍崖山に登ってきた後でした。

名倉川を挟んで反対側にある柏木山と多峯主山のどちらに行くか悩んでの選択です。

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柏木山に向かうために3つのルートがあるのですが、少し遠回りながら眺望の良さそうな北寄りのルートで行きます。

↑急坂を少し登り始めてすぐに5分ほどで茜台展望台です。

↓さらに10分位でジャンダルム、標高230メートルです。

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スイスアルプス山脈の垂直な絶壁があり、フランス語では国家憲兵の意味だそうで、尾根にある通行の邪魔をする岩のことをいいます。

日本では奥穂高岳の前衛峰がジャンダルムとして有名です。

そこから考えても、なぜここがジャンダルムなのかはちょっと難しいです。

この先は20分ほどでハイキングコースから離れて柏木山方面へ向かいます。

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分岐は意外とわかりづらく、表示板も小さめです。

ここからはフェンスに沿った道になるのですが、ゴルフ場があるようです。

ただし、芝生やプレーの様子が見えて山気分台無しという感じではなく、林の下にあるようです。

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↑やがて、富士見の丘にでます。

ゴルフ場とは反対側に眺望が開けていますが富士山は見えませんでした。

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↑10分ほど登れば柏木山山頂です。

標高303メートルですが、360度景色が見られる低山とは思えない素晴らしさです。

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高ドッケという名もついているようです。

この周辺でよく使われる言葉で、「尖った峰」の意で「突起」が転じたもののようです。

↓中央辺りが川苔山、少し右のちょこんとした出っ張りが棒ノ嶺です。

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ベンチも数多くありますし一休憩できます。

ただし、四方に景色がいいということは風が吹き抜けることになるので、晴れてはいても冬は寒くて長居はできません。

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↑龍崖山や大河原工業団地も見えます。

左の方から来て、帰りは右の方へ下ります。

登山口に欲しかった案内図がありました。

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飯能市で設置している茜台ハイキングコースからは柏木山はなぜか外れています。

帰りは途中からそのハイキングコースに入り、40分ほどで赤根ケ峠です。

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この先は、工場裏のような通路を通って配水場広場に到着しました。

時間的にも多峯主山までは行けないので、1日での飯能三山めぐりにはなりませんでした。

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2026年1月 4日 (日)

4年が経過した柳瀬川の水谷調節池工事の進捗を見に行く

志木市役所前で新河岸川と合流する直前の柳瀬川で洪水対策が行われています。

今からちょうど4年前に、それを見に行きました。

柳瀬川が増水した際、川の水を一時的に貯留するためで、水谷東小学校に隣接するエリアに調節池の建設が進んでいます。

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↑スーパービバホーム、いなげや前を通る道の高橋から柳瀬川上流を見ています。

左岸、上の写真では右側に水谷調節池が造られています。

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↑令和2年から工事が行われて、そのため左岸は川沿いの道はここからは通行止めになっています。

奥が柳瀬川で、以前は右に川沿いを歩けました。

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↑工事看板の完成予想図でいうと左端の位置です。

左岸は行くのは無理のようなので、対岸の右岸側から様子を見てみました。

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↑調節池に貯められた水が排出されるための排水樋管らしき構造物が出来ています。

さらに上流に進むと、川が増水した際に水が調整池に流れ込むための流入口である越流堤ができています。

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水谷調節池越流堤築造工は令和6年10月には完成したようで、函渠工としては内空幅12.5メートル、高さ5.1メートルあります。

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面積約4.6ヘクタール、洪水調節容量約7万立方メートルの調節池になります。

最初にいた左岸側通行止めの看板にあるように、上流の富士見橋までずっと柳瀬川左岸は川沿いには歩行者も通れません。

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↓富士見橋まで行き、橋を渡り大きく迂回して、左岸の田んぼの中から柳瀬川方面を見てみました。

正面左の工事用の塀に囲まれている部分が調節池の出来るところです。

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次に水谷東小学校横のより下流に近い部分です。

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工事看板の記載によれば、令和8年3月19日までが工事期間になっています。

令和6年6月の埼玉県議会でも県土整備部より、令和7年度末の完成を目指しているとの答弁があります。

そうはいうものの、現状の様子や公共工事は期間延伸が有りがちであることを考えると、どうなることでしょうか。

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2025年12月14日 (日)

1400年前の浅羽野古墳にある土屋神社の1000年前の大スギと浅羽ビオトープ

東武東上線坂戸駅から徒歩20分ほどの住宅街に土屋神社はあります。

ここには古墳があり大スギがあり万葉歌碑もあるというので来ました。

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一ノ鳥居から短いながら杉並木となっており、ニノ鳥居の奥に社殿がありました。

その後ろに大杉はあるようです。

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今から1400年前の、古墳時代終わり頃である7世紀後半に造られた円墳の上に、土屋神社の社殿があるということです。

7世紀後半はもう古墳はないイメージでしたが、ここでは築造されていたようです。

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↑本殿は拝殿よりも一段高いところにあります。

本殿の下に横穴式石室があったことから土屋と名付けられたようです。

古墳は浅羽野1号墳と名付けられています。

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その後ろに神木スギが立っています。樹齢が千年を超えると言われています。

1000年前というと平安時代の「光る君へ」の頃です。

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神木スギは、高さ18メートル、幹まわり8、5メートル、根回り11、3メートルあります。

まさに巨木と言えます。

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枯れているようにも見えましたが、先の方に葉が付いている部分もありました。

枯れ枝の伐採を行なったり、樹勢回復のために根元の土壌を栄養のある土に替えたりしているそうです。

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↑裏側から少し離れて見ると、やはり小高い丘の上で円墳の上だというのがわかります。

また、ここには万葉歌碑が立っています。

奈良時代末期には編纂されていた万葉集に浅羽野と歌われているとのことです。

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「くれなゐの浅葉の野らに刈る草(かや)の 束の間も吾を忘らすな」

この歌は、「浅羽野の草は刈り取られてしまうが、その束の間も私を忘れないで」ということだと書かれています。

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↑西の高麗川沿いには浅羽ビオトープがありました。

万葉歌碑の説明板によると、「浅羽野」の地名は、万葉集に歌われているよう古く、平安時代の辞書である「和名抄」にも入間郡「麻羽」の名が記されています。

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ビオトープ内は季節のせいか、水が流れているかのところにも水流はありませんでした。

それが自然そのものなのでしょう。

「をかし」をしみじみと感じる風景でした。

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2025年12月 7日 (日)

阿須丘陵七国コースのうち通っていなかった上州道に行ってみる

飯能市と入間市の境界にある阿須丘陵にはハイキングコースがあり、一部分行ったことがあります。

(↓飯能市HPより)

春には、東青梅駅から霞丘陵を経由して、コース図左端の12七国広場から入り、11、10、13と通り、そこからは北へ飯能駅に向かいました。

Asuk

夏には、阿須自治会館側からスタートして、1〜4都県境、8まで行った後、北へ14、15、16とショートカットしました。

今回は旧上州道を通りたいので、ゴールの16から出発します。

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フェンスのある登り坂は左が西川古流誕生之地碑、右がコース入り口で、ここの標高は102メートル程度です。

まず急な登り坂があるため、すぐに139.8メートルの三角点です。

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スギかヒノキに囲まれた山道を進んでいくと急に明るい空間になります。

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↑東京電力の高架鉄塔があります。

さらに木々の中の山道を進んでいくと、小高い丘には芝山167メートルとの表示がありました。

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ただし、ここは山らしさはなく眺望も全くありません。

次にコース14の地点で振り返って見てますが、ここまでは夏に帰り道で通ったことがあるルートでした。

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ここは198メートルとなります。

↓この先の上州道が初めて通る部分ですが、アップダウンもさほどなく、木立ちに囲まれた気持ちのいい道です。

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上州道は、昔は川越方面から青梅や多摩川の奥地方面へ、また、武蔵国の南部から飯能や秩父、さらに西関東の山の辺りを経て北関東へ通じる、大事な道筋だったといいます。

登り始めてから特に広場やベンチはなく、ちょっと一休みできるところはないかと思っていたところ、途中の分岐があるところで空間がありました。

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ここでは切り株に座って水分補給等できました。

歩いている人とは全くすれ違いませんでしたが、ここでマウンテンバイクがゆっくりと走っていきました。

14の地点から30分ほど歩くと13の分岐点です。

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↑春にはここまで南から歩いてきて、ここで左の飯能駅方面に向かいました。

今日は標高215メートルのここで折り返し右へ戻ることとします。

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↑南方を見ると、半年と少し前に歩いてきたはずの道なのですが、初めて見る風景に感じられます。

見る向きでも大分変わりますが、やはり気温というか空気感で印象は全然違うものかと改めて感じました。

あの時はだんだん暖かくなる感じ、今回は急に寒くなってきた感じともいうのでしょうか。

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2025年11月 9日 (日)

8年ぶりに入間航空祭2025を2キロ離れて見てみるとどうか

11月3日といえば入間航空祭の開催日です。

何回か出かけましたが、20万人以上の大変な観客数で、昨年も25万人だったそうです。

人混み嫌いな私としては近年行っていなかったのですが、久々にブルーインパルスは見たくなり離れたところで見てみることとしました。

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入間基地からは2キロほど北に離れた広いところです。

以前は午後だったブルーインパルスの展示飛行ですが、今年は午前中に飛行するということです。

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北風が強く吹き、晴れの特異日とはいうものの雲が出たり消えたりと目まぐるしく天気の変わる中、予定通り11時5分にテイクオフして大空を飛び回ります。

基地にいると少しうるさく感じるアナウンスですが、全く聞こえず説明がないのも寂しいものです。

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↑iPhoneSE3のカメラのためか腕のせいなのか、あまり感動の伝わらない写真ですが、アップにしてみればブルーインパルス6機の飛行らしさは見えます。

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次にどこから飛んでくるのかわからず、キョロキョロ。

何しろ早いですから、音がした方を見てももう遅いです。

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航空機ですから小回りが効かないのは当たり前ですが、離れたところから見ていても想像以上に遠いところまで飛んでいっていることを知りました。

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↑こちらもアップにしました。

こうして6機で飛行している姿はブルーインパルスらしく美しいものです。

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↑スモークの軌跡が切れてしまっていますが、左でターンしてきた6機です。

次の花が開く演目名は何だろうか、下に向かう機もあるのでサンライズではないし上向き空中開花なのかと調べていました。

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スタークロスは星だけかと思っていましたが、花と星とセットのようです。

スモークが残っているのは意図したことなのですね。

ただ、なんか見覚えのある絵だと思い8年前の写真を見てビックリです。

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2枚続けてほとんど同じ絵姿です。

2キロ離れていても同じような写真とは自分の撮影技術の変わらなさに笑ってしまいます。

晴天の写真ばかり載せてきましたが、実は雲は結構出ていましたので、その向きでは見づらいですが、コークスクリューです。

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1機が飛んでいる周りを、もう1機がグルグル螺旋状に回りながら飛行します。

やがて11時50分の定刻で着陸して終了の様子です。

放送もないので終わりもちょっと寂しいものです。

人混みはイヤだけど今度は入間基地まで行くか悩ましいものです。

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2025年10月26日 (日)

大滝白滝不動滝の三滝と白雉創建という高山不動尊の大イチョウ

西武秩父線西吾野駅から、ぷち登山です。

西吾野駅の乗降客数は西武鉄道92駅中91番目ということで、土曜日午前中でしたが数人しかいませんでした。

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想像以上に何もない駅前から少し下り、標高228メートル辺りから川沿いに高山不動尊方面を目指します。

3本のコースがあるのですが、高山三滝とか不動三滝といわれている3つの滝めぐりをするルートを進みます。

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↑しばらく舗装道を歩くのですが、武甲鉱業ベルトコンベヤを見ることができます。

武甲山から高麗川駅近くの太平洋セメント埼玉工場までの23.4キロもの距離、石灰石を運ぶもので、うち97パーセントは地下トンネルのため見られるチャンスは滅多にありません。

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↑駅から2.7キロ歩くと山道への分岐で、大滝まで0.5キロ、高山不動まで1.8キロと書かれています。

思った以上に今日は楽勝ムードです。

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↑高山不動へのルートからは少し脇道に外れ、ちょっと歩きづらい道を進むと大滝です。

落差は25メートルありますが水量が少ないため大滝というイメージとは少し違います。

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元のルートまで戻り山道をさらに進むと住居のある広い空間にでます。

↑展望広場と休憩所にも見えますが、特に表示がなく一般住宅の庭先のような立地で休むのはためらわれます。

再び山道を歩いていくと不動滝への分岐点ですが、ここの表示板には距離が書かれていません。

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大滝は分岐から近かったのですが、不動の滝は結構登り坂を歩きます。

↑巨大な岩石があり写真を撮っていたのですが、滝音も聞こえませんでしたが不動の滝に到着です。

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大きな岩がせり出した隙間から滝が流れ落ちています。

岩の下で修験道の修行をしたのかもしれませんが、ここは大滝よりも水量はわずかでした。

かなりの距離を下り元のルートに戻るとすぐに白滝への分岐点があります。

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2025年10月12日 (日)

東松山の市民の森の山道になぜか並走する舗装道と見晴らし台

岩殿観音の石段や岩壁は、昨夏にも来たインパクトのある一見の価値のあるところでした。

その北西側は林になっていますが、暑さと虫の多さのため立ち入りませんでした。

東松山市の「市民の森」とされており、31.9ヘクタールの広さがあります。

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↑物見山公園から林の中への山道のような入り口があります。

入ってみると空気感が一変する雑木林の中です。

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↑左にある道を歩いていると、ヘビ注意という看板は気になるところですが、さらに左端の一般道らしきものも気になります。

この先も付かず離れずという感じで並行していきますが、車は通ってきませんでした。

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↑結局隣りの道と接して、東屋やトイレのあるところに出ます。

トイレはバイオトイレだということで、物を落とした人は通報してほしい旨書かれていました。

入り口にあった案内図を改めて見ても、ここまでの山道と隣りの道との関係は書かれていません。

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ただし、舗装路ではあるものの車両通行止めにはなっているので自転車は通っても良さそうです。

Googleマップを見ると、道は1本しかなく(たぶん山道が書かれておらず)、巡礼街道とされていました。

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見晴らし台に行こうと思っていたのですが、入る道を間違えてしまいました。

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2025年9月21日 (日)

ハイキングのまち越生の100メートル毎に登っていく大高取山

越生町はハイキングのまち宣言をしているということで町役場前には大きな看板もあります。

公民館と共用のこの駐車場も、越生駅から遠くないのですが無料で停めることができます。

ここは標高77メートルほどです。

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↑西にある大高取山を目指しますが、まずは右上に見える白い建物に向かって登ります。

さくらの山公園の彼岸花(曼珠沙華)咲く中を進み、次に階段を上ると「世界無名戦士之墓」があります。

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昭和30年(1955)に建てられたもので、有形文化財として国に登録されています。

第二次世界大戦で亡くなった将兵を敵味方の区別なく追悼する戦没者慰霊塔です。

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↑標高176メートルの大観山山頂に立地しており、上からは東向きに景色が見られます。

主に公園でしたが100メートルほど登ってきたことになります。

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↑ここから登山道という雰囲気になりますが、周辺の山々でよく見かける岩石がここにもあります。

どうやらチャートのようで放散虫などの動物の殻や骨片が海底で堆積してできた岩石です。

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↑やがて、少し広くなり西山高取、標高271メートルに到着です。

ここも100メートルほどで一つの区切りです。

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↑南東に眺望が開けていますので景色が見られます。

武蔵、多摩の山に登ると、西武ドームはどこからでも目立つので見えますし、しかもここまでの距離感を実感することができていいです。

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2025年7月 6日 (日)

博物館らしくはない里山さいたま緑と森の博物館

狭山湖沿いで所沢市から入間市への境界の間近のところに糀谷八幡神社があり、その前にある駐車場にはトトロがいます。

この神社には6年前に所沢最高地点に行った際に来たことがありました。

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↑奥の森林は里山となっており、その先に狭山湖があります。

前には意識していませんでしたが、さいたま緑と森の博物館となっています。

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通称「みどり森」だそうですが、狭山丘陵に残る武蔵野の里山環境を展示としたフィールドミュージアムです。

HPの説明では「他の博物館と大きく異なる点として、大きな建物や展示室はなく屋外の里山の自然そのものが展示物となっています」とありました。

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↑一旦登って狭山湖外周道路から降りたところにある大谷戸湿地の水鳥の池に行きました。

草に覆われて湿地かもわからない、ちょっと想像とは違うものでした。

奥にある足場が組まれた建物が案内所ですが工事中で閉鎖されていました。

Midorimori

↑ナラ枯れの被害はよく聞きますが、こちらも例外ではないようで閉鎖された通路が数多くあります。

展望広場があるというので行こうとしたら、案内所工事の方で通れないようです。

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↑一旦登り坂で上まで行ってから大きく池を迂回して行くことになりました。

低いところに再び下ってきたので期待は大きくはなかったのですが、到着です。

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