昭和天皇手植えの枝垂れた杉のある和田乃神社と臨川庭園
青梅駅から先はいきなりローカル線らしくなるJR青梅線で菅谷、一つめには宮ノ平駅があります。
この駅名の由来にもなった和田乃神社が国道411号青梅街道沿いにあります。

青梅市日向和田2丁目で、古くはここは和田村でした。
和田村の総鎮守として和田明神でしたが、慶長3年(1598)には日向和田村と日影和田村に分村し、和田明神から三島明神と改称しました。
明治維新の際、和田乃神社となりました。

↑ここには昭和天皇の手植えの杉があります。
戦後のことかと思いましたが、大正2年(1913)に在学中の皇太子であった昭和天皇であったということです。

枝垂糸杉ということで、枝垂れている杉は見たことありませんでした。
すぐ近くの日向和田石灰石採石場を見学の際に、和田乃神社にも来られたとのことです。

江戸時代には三島明神といっていたのは、静岡県の三島神社の分神を賜っての創始であるからということのようです。
境内には道を挟んだ向こうに土俵があります。

奉納相撲の始まりは、江戸時代初期の寛文年間(1661〜72)といい、日向和田と日影和田に分村してた頃です。
多摩川を挟んで起きた争いを、和田明神(当時は三島明神)に仰ぐために相撲を奉納して勝敗によって争いを収めたと伝わっています。

↑石灰石の採掘はもう行われていませんが、和田乃神社や宮ノ平駅すぐ北側にありました。↑ホームからは輸送のための貨物列車用駅の線路が見られます。
青梅線や青梅街道からちょっと南に坂を下ると多摩川が流れています。

↑青梅出身の衆議院議員であった津雲國利が昭和9年(1934)に建造した「臨川梅園」と愛称していた邸宅跡です。
青梅市が日向和田臨川庭園として開放しています。

多摩川沿いで川も見えるとのことですが、木々の隙間から見ることはできるものの川面を風流に眺める感じではありませんでした。
石灰石で財を成したのかとも思いましたが、経歴を見ると違っており銀行にいたようでした。

庭園といってもさほど広くはありません。
↑水が流されていないのかと思いましたが、「枯れ流れ」ということで、これがいいのだそうです。
まだまだ知るべきことはたくさんあります。
.
.
.
« 西高勾配のため景色では半分不利だけど意外と運動になる龍崖山 | トップページ | 享保の改革の時からある吉田家住宅と埼玉県一乗降客の少ない竹沢駅 »
「09西多摩」カテゴリの記事
- 高尾駅から敢えて高尾山ではなく初沢山、草戸山方面へ向かう(2026.02.01)
- 予想を超える遺構の残る滝山城跡を改めて回ってみる(2025.12.28)
- 馬引沢峠、二ツ塚峠と先進的で埋立処分していない二ツ塚処分場(2025.11.30)
- 要害山、天狗岩、赤ぼっこ、まっくろくろすけへのハイキングコース(2025.11.23)
- 金比羅山の立派な天狗岩と金比羅公園と山との行先標識板での混乱(2025.09.28)
「神社」カテゴリの記事
- 月の岬といわれ華頂宮邸があり4000年前の遺跡もある三田台(2026.01.25)
- 1400年前の浅羽野古墳にある土屋神社の1000年前の大スギと浅羽ビオトープ(2025.12.14)
- 南向きから江戸の護りのため東向きになった武蔵御嶽神社と2本の巨木(2025.09.07)
- 奥溜から地名が変わった奥富にある歴史ある梅宮神社と富士塚(2025.08.10)
- 和同開珎推しの秩父市黒谷と和銅と和同の違いの謎解き(2025.04.06)
« 西高勾配のため景色では半分不利だけど意外と運動になる龍崖山 | トップページ | 享保の改革の時からある吉田家住宅と埼玉県一乗降客の少ない竹沢駅 »

コメント