ネーミングライツのアクアリウムさがみはらと高台にある山門の立派な宗祐寺
2回に渡って見てきた水郷田名ですが、かつては観光地として栄えたというものの、今では残念ながらそうした雰囲気はあまりありません。
ある程度人が集まりそうなところと言えば、「アクアリウムさがみはら」でしょうか。

相模原ふれあい科学館として昭和62年(1987)にオープンしたといいます。
昭和時代だし、国鉄が分割民営化されJR各社となった年ですから、若い人から見たらここも歴史的なところです。
科学館というだけあって、敷地内にはアルキメデスのポンプなんていうものもあります。

平成26年(2014)リニューアルオープンするに当たり、水族館をアピールするため「アクアリウムさがみはら」という愛称も付けたということです。
ホームページによると、ネーミングライツの契約期間が令和6年3月31日までとなっていますから間もなく切れます。
どうなるのでしょう。(株)江ノ島マリンコーポレーションとのネーミングライツ契約のようですが、令和11年3月までの指定管理者に決まったということですから、名称も更新契約するのでしょう。

「豊かな相模川の水を利用した水路が施設前の公園に広がり、建物も水上に浮かんでいるようなデザインだ」とも載っていました。
かながわの建築物100選のひとつに選ばれています。
↑地下水を汲み上げて流していると思いましたから、相模川の水とは知りませんでした。

↑確かに、敷地のすぐ脇には、相模川幹線用水路(大堀)が流れていました。
烏山用水を掘り下げて堤防を築いた江成久兵衛翁像のあったところです。
図を見ても2本の用水路がこの辺りに流れているようです。

↑その上流側で、案内図にも載っていた宗祐寺は石段の上の高台にあります。
相模原仏教会ホームページによると、13世紀にはすでにこの地にあった天台宗の寺院で、江戸時代初期である1616年に曹洞宗の寺院となったということです。
そんな宗派の変更がされることもあるのですね。

↑石段を登った上の山門には立派な仁王像があり、右は口を開いた阿形、左は口を閉じた吽形です。
内側の面には右は風神、左は雷神のようです。

普段は見られませんが、この寺にある涅槃図は相模原市指定有形文化財となっています。
宗祐寺では江戸時代には寺小屋が関かれ、明治時代には田名小学校の前進でもある「田名学校」が開校されていました。

↑本堂右前の五重の塔は小さいながらも立派です。
今でも子どもたちの遊んでいる歓声が聞こえてきますが、石段下には田名幼稚園があります。

学校法人宗祐寺学園の運営ですから、今でも地域の教育に大きく貢献しています。
↑寺は高台に立地しているので水郷田名が見渡せます。
現在は水田もなくすっかり住宅街となっているのがわかります。
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