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2023年12月17日 (日)

さいたま市西区にあるプラザという多摩プラーザのように有名にはならなかったカタカナ地名

多摩プラーザは東急田園都市線の有名な駅名ですし、街としても有名です。

さいたま市西区にプラザという地名があるので行ってみました。

Img_4394a

↑住居表示版にもカタカナで「プラザ」と表示されています。

数週間前に見た馬宮や西優馬のすぐ近くで、失礼ながら、あまりプラザというイメージとは違うところです。

Img_4395a

↑郵便局も大宮プラザ郵便局という名です。

昭和59年(1984)にプラザという大宮市内で唯一のカタカナ地名になったということです。

当時の大宮市だけでなく今に比べてカタカナ地名は珍しかったはずです。

Img_4397a

↑スーパーのマルエツも大宮プラザ店です。

この地区は総面積31万2600平方メートルは、昭和46年(1971)から東急不動産が「大宮プラーザ団地」として販売をしました。

プラザではなく、プラーザです。

田園都市線の多摩プラーザ駅で聞き覚えのあるプラーザです。

Img_4399a

↑区域内の公園はプラザ中央公園となっていますが、マルエツの写真の右の三段目の看板にはプラーザ商店街という表示が残っています。

昭和44年(1969)に赤坂東急プラーザを竣工した時から東急ではプラーザという呼称を使っていたそうです。

それも、今では赤坂東急プラザです。

Img_4401a

↑看板四段目にあった自治会館は見当たりませんでしたが、少し離れたところに大宮プラザ自治会館として建て替えられているようです。

公園にある住居表示街区案内図にある自治会館の位置は、今では公園の一部のようなところでした。

Img_4400a

先程のスーパーの前の道と自治会館の前の道とが丁字路で交差するところに行きました。

プラザ中央通りという名前の道路でした。

交差点前には一般住宅が建っていますが、昭和時代の建物には見えないので、商店だったところが建て替えられたのかもしれません。

Img_4402a

昭和46年の大宮プラーザ団地から昭和59年にプラザという地名となる間の地名が気になるところです。

調べてみると、従来の大宮プラーザ団地内の地名は、大字指扇・大字西遊馬・大字土屋・大字二ツ宮・大字飯田・大字佐知川となっていました。

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↑やはり、これだけの規模ですから調整池も大きなものです。

奥に見えるのはプラザ1号公園です。

この他にも2号3号公園もあります。

調整池は昭和46年(1972)に建設されたもので2万2511立法メートルの容量となっています。

Img_4407a

さいたま市ホームページに載っている調整池の名称欄は東急プラザと書かれていました。

↑住居表示には西区プラザ106番となっています。

地名がプラザになる前は、団地が6つの字界がまたがり、地番が入り組んでいたことから、日常生活上混乱を招いていたといいます。

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