縄文時代から水の枯れることのなかった谷田の泉
入間市の国道299号旧道の方の近くに「谷田の泉」という湧水があるといいます。
野田バス停から少し北に入ったところなのですが、林となっている辺りかと思われます。
湧水というと、斜面があるとその下側にあることが多いのですが、ここから見ると下に水の流れは見えません。

東に向かい墓地沿いから林に入っていくと、石像が見えますので湧水脇にある弁財天かと思いましたが、石仏のようです。
Googleマップでは庚申塔と記されていました。

↑真ん中あたりの木の根元部分と重なり見づらいですが、石仏の下には三猿も彫られています。
やはり、この木々の中に湧水がありそうです。

↑いかにも水がありそうですが、暗くてよく見えないし表面は枯れているようにも見えます。
さらに東に少し進んでみると、やはり水は溜まっており池のようになっていました。

残念ながら、ここからは水の湧き出るところが見えないなと思っていました。
すぐ南側は広場となっており、案内板も設置されいます。

入間市ホームページによる解説もあわせて調べてみました。
そこには「谷田の泉は、湧き水が縄文時代から枯れることなくこんこんと湧き出ているところです。」とありました。
縄文時代からということに驚くとともに、湧き出ていると思った地点が私の予想は少しずれていたようです。
あれは、湧水からの水を水田で利用するための溜め池だったようです。

↑先程の林の東端になりますが、ここから水が湧いているようです。
北に向けて斜面を登る坂がありますから、そこから上から見てみます。

↑中央辺りから左に向けて水が流れ出しています。
すぐ後ろは崖になっており、入間川の河岸段丘のハケは二段になっています。
谷田の泉は上のハケにあり、最初に遠くからはそのハケの左端が見えていたということです。
もう一段の下のはけは、もっと現在の入間川の流れの近くにあります。

↑坂の上から見ると、湧水があるかはわかりません。
もっと東にも林は見えますが、あちらは湧水ではないようです。
今上がってきたハケは氷河期である旧石器時代の入間川の水の流れで侵食されてできたものだということです。

↑再び戻り、水の流れを見てみると東の方向に流れています。
水の温度は一年を通して17度だといいます。
周辺は保全のため緑地や湿地とされています。

↑湿地には木道がありますが、奥に見える木道沿いは冬の現在は乾いているように見えました。
しかし、試しにちょっと足を踏み入れてみると濡れてしまいました。
やはり湿地です。

↑帰りに南の方から振り返って見てみましたが、景色の良さを感じるとともに、ほんの30分ほどの間でも晴れたり曇ったりして天気が変わり、自然の偉大さを改めて感じました。
なんといっても、自然は川の水の力で河岸段丘を作るのですから。
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