廃棄物最終処理場にならなかったトトロの森と緑のトラスト保全地といきものふれあいの里
前回は所沢市の一般廃棄物最終処分場に設置されたメガソーラー所沢を見てきましたが、この周辺は「トトロの森」などの自然豊かなところです。
残念ながら、そういった人家の少ないところに廃棄物処理場が作られる傾向はあるようです。

↑南側は森となっており、人の通れる通路があるので歩いてみました。
正確な位置がわかりませんが、トトロの森39号地や28号地になるのでしょうか、美しい谷戸があります。
この近くのトトロの森7号地は新たな処分場候補地の一つでした。
しばらく坂を下っていくと、狭山湖堤体から見える森の手前に畑や民家があるところに出ました。

↑その直前にも、両側の森の間の谷戸が見られます。
再び森に向かおうと東の方に行くと、石仏が並んでいます。
清照寺の石仏群で狭山湖を作る際にその地にあった石仏だということです。

ダム等ができると忘れがちですが、そこには湖底に沈んでしまった土地や暮らしがあったということを思い知らせてくれます。
さらに進むと、堀口天満天神社があります。

江戸時代にあった堀口村は現在は西半分が狭山湖の湖底だといいますが、その地頭久松氏が天正年間(1573〜93)に耕地を寄付して村の鎮守としたそうです。
慶安2年(1649)には江戸幕府より社領五石の御朱印状を受けたといいます。
明治元年(1868)に別当寺であった清照寺にあった八坂神社と稲荷神社を合祀しました。

昭和9年(1934)の狭山湖の造成に伴い、字天神山に鎮座していたものがここ長久保へ移転したといいます。
↑元の社殿は左にある社務所として利用されています。

↑境内から南を見ると、茶畑となっている谷戸がありその向こうは多くの民家があります。
それより北側は森が残っています。
ここにあるような森があるのは、ナショナルトラスト運動のお陰でしょう。
神社の東側の森は、緑のトラスト保全第二号地(狭山丘陵雑魚入樹林地)だそうです。

さいたま緑のトラスト運動によるもので、埼玉県が県民の寄附によるさいたまトラスト基金により土地を取得して、公益財団法人さいたま緑のトラスト協会が土地を管理しているものです。
トトロの森は、公益財団法人トトロの森ふるさと基金が寄附により土地を買い取って管理もしているものです。
ここにはトトロの森1号地があります。

案内地図や標識には、いきものふれあいの里スポット2(虫たちの森)というのもあります。
これがよくわからなかったのですが、同じ所沢市荒幡に埼玉県狭山丘陵いきものふれあいの里センターがあります。
この指定管理者は公益財団法人トトロの森ふるさと基金がなっています。
センターは県の施設ですから土地も県の所有なのかと思います。

↑森を超えて再びメガソーラー所沢や藤森稲荷神社のあった北側に来ました。
トトロの森7号地は所沢市の第二の一般廃棄物最終処分場の候補地の一つでした。
狭山丘陵の自然公園内には建設できないという県の方針によって見送られましたが、ナショナルトラスト運動の影響もあったでしょう。
ですが、結局はどこかには作らなくてはいけないので、市東部の「プロペラ北」と言われるところには建設されます。
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