以前は滝山城跡にあり北条氏照によって移された蔵王権現社であった丹木御嶽神社
国道411号線滝山街道沿いの小高い丘の上に御嶽神社があるというので行って来ました。
八王子市丹木町の滝山城跡のすぐ近くなのですが、登り口が分かりませんでした。
Googleマップにも載っていませんでしたが、南側からのルートの見当をつけて行ってみました。
↑急な上り石段があります。
村社御嶽神社と書かれています。
↑途中で後ろを振り返っても急坂であることが分かります。
やがて南東方面からのもう一つの参道につきます。
ここを左に行くと、御嶽神社本殿です。
その歴史は古く、往古蔵王権現社と称し高月村にあり、今の滝山城跡山頂に蔵王堂が鎮座していたと言います。
社の立は推古天皇代(595年)といいますから、滝山城があるはずもない頃の話です。
藤原時代の康平2年(1059年)源義家が社を再興し社殿を新築したといいます。
その後、現地への移転が行われることになります。
戦国時代になって、北条氏の陸奥守であった北条照城が滝山城郭を造営に際して、天文13年(1544年)ここに社を移したといいます。
江戸時代の慶安2年(1649年)には将軍徳川家光より御嶽権現領として25領の御朱印を賜りました。
↑南東からの参道の方が緩やかな斜面となっています。
明治維新の神仏分離の際、現在の名前になったそうです。
南東方向へ下まで降りて、上にある御嶽神社を振り返ってみます。
表示も鳥居もありませんから、ここに神社があると知っている人しか気付かないでしょう。
下の道路のところの標高は125メートル、社殿のあるところは160メートルです。
↑改めて見てみると、趣のあるいい山です。
南東から見ると、一つの小さな丘ですが、南西から見るといくつもの丘が連なっています。
↑滝山城跡の駐車場から見てみると、右奥の方の山の上に御嶽神社があります。
滝山城の縄張り図や案内図にも、蔵王権現社として載っています。
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