都内で2番目に古い安土桃山時代に建築されたのに見ることと七福神巡りもできる熊川
前回、都内で一番古い神社建築である豊鹿島神社の本殿は、覆殿の中にあり外から見ることは出来ませんでした。
福生市にある熊川神社本殿も、建築物として東京都指定有形文化財となっています。
都内で2番目に古いということですが、今度こそ直接見てみたいものです。
熊川神社は平安時代の初め、多摩川で産鉄をしていた部族が、鉄神として白蛇神(宇賀神)を祀ったのが起源だそうです。
古代の礼拝塚(糠塚)が、後世、神社となったもので、古代の多摩川の砂鉄産鉄に大きく関わっていたといいます。
多摩川で砂鉄を採っていたということさえも知りませんでした。
↑カラスが水を汚さないようにということで、手水舎に蓋が被せてありました。
確かに、本殿近くの木の上で数多くのカラスの鳴き声がしていました。
この神社は礼拝大明神と言われたいたものが、明治時代から熊川神社という名称になったといいます。
↑まずは熊川神社の拝殿です。
この神社で、映画「ちはやふる-上の句-」と「ちはやふる-下の句-」の撮影が行われたそうです。
御祭神は大国主命ですが、昭和35年から交通安全のためにあった拝島不動尊も拝島駅改築に伴い、平成18年からここ熊川神社の御祭神の一柱とされたことが書かれていました。
↑いよいよ本殿ですが、覆殿の中とはいえ見ることが出来ました。
神様にお礼とお祈りしながらも、柱の隙間からさらに見させていただきます。
文化財の説明板によりますと、熊川神社本殿は、一間社流、見世棚造で、奥側の一間の身舎と手前側の向拝と呼ばれる二つの空間から構成されています。
反対側からも見てみます。
簡素な形式ですが、見世棚造の本としては大形のものですと書かれていました。
その規模は、桁行(間口)171.9cm、身舎の梁間(奥行)が153.8cmですが、向拝の梁間はやや狭く123.7cmとなっています。
建築年代はその建築様式からみて慶長2年(1597年)といいます。
江戸時代よりも前であり、1600年の関ヶ原の戦いよりも前の、慶長の役をしていた安土桃山時代の建築物です。
向拝の出の間を仕切る観音開きの扉の内側に描かれている彩画は、その画風から江戸時代の寛文11年(1671年)の修理に際し後付けされたものと考えられています。
↑弁財天の像がありますが、福生市観光協会サイトによると、平安時代の地元の長者が守護神として弁財天を祭ったのが始まりとされ、中世には大黒天を祭りました。
その後全ての神様を祭って現在に至ったとありました。
↑大黒天の像がありますが、密教の大黒天から、大国主命と神仏習合して出来た神道の神とwikiにありました。
現在では、この熊川神社の御祭神に市杵島姫命(福生七福神)も挙げられています。
↑毘沙門天の像もあります。
この熊川神社はここだけで七福神全ての像を巡ることができる素晴らしいところです。
ブログランキングに参加して、交流を広げていきたいと思っています。
いずれかポチッとお願いします。
.
.
.
« 東大和市にある都内最古で唯一の室町時代に建立された豊鹿島神社は都指定文化財 | トップページ | 拝島段丘の上を流れる熊川分水と下を流れる下の川に咲いている水芭蕉みたいな花 »
「建築物」カテゴリの記事
- 北条政子による国指定重要文化財の廣徳寺大御堂とそこに古墳もある川島町(2020.10.11)
- 薬師池公園の名勝正式名である福王寺旧園地という謎と国指定重要文化財や都指定有形文化財などの旧家建築物(2019.09.29)
- 聖蹟桜ヶ丘駅の名前の由来になっていた桜ヶ丘公園にある多摩聖蹟記念館(2018.07.08)
- 国登録有形文化財がいくつもある石川酒造と大ケヤキと熊川分水と下の川の合流地点(2018.06.24)
- 都内で2番目に古い安土桃山時代に建築されたのに見ることと七福神巡りもできる熊川(2018.06.10)
「09西多摩」カテゴリの記事
- 金比羅山の立派な天狗岩と金比羅公園と山との行先標識板での混乱(2025.09.28)
- 南向きから江戸の護りのため東向きになった武蔵御嶽神社と2本の巨木(2025.09.07)
- ネーミングが上手かったロックガーデンと七代の滝と綾広の滝めぐり(2025.08.31)
- 木陰を狙ってあきる野市の舟子尾根に行ったが花粉の少ない森づくりの伐採地に遭遇(2025.07.27)
- 百尋ノ滝の読み方は千尋の滝とは違うようだが美しさは同じかもしれない(2025.07.13)
「神社」カテゴリの記事
- 南向きから江戸の護りのため東向きになった武蔵御嶽神社と2本の巨木(2025.09.07)
- 奥溜から地名が変わった奥富にある歴史ある梅宮神社と富士塚(2025.08.10)
- 和同開珎推しの秩父市黒谷と和銅と和同の違いの謎解き(2025.04.06)
- 加治丘陵の新久高台にある八坂神社からの景色と丘陵からの見え方(2025.03.02)
- 呼ばわり山という今熊山の今熊神社と安閑天皇の頃とは(2024.11.24)
« 東大和市にある都内最古で唯一の室町時代に建立された豊鹿島神社は都指定文化財 | トップページ | 拝島段丘の上を流れる熊川分水と下を流れる下の川に咲いている水芭蕉みたいな花 »

コメント