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2012年11月 9日 (金)

横須賀城跡と駿遠線廃線跡をめぐり、再び新幹線輪行

太平洋岸自転車道とはお別れして、旧大須賀町の市街地へ行きます。

古い街並みの残る、いいところですが、平成の大合併により、掛川市の一部となりました。

ここには、かつて横須賀城がありました。

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戦国時代の末期、天正6年から8年(1578~1580)にかけて、徳川家康の家臣大須賀康高によって築かれました。

当時この辺りは、西の徳川勢力と東の武田勢力の境界に当たり、攻防が続きました。

6km東にある武田方の高天神城を攻略するために造られたようです。

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横須賀城は、中世城郭と近世城郭の二つの特徴を持った平山城です。

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高天神城は天正9年には落城し、その後は横須賀城が遠州南部の拠点となりました。

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その後、明治維新で廃城となるまで、288年間、20代の城主を数えます。

現在は公園のようにきれいに整備されており、本丸跡からのどかな景色が見られます。

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古い街並みの中には、清水邸庭園があります。

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清水家は江戸元禄時代に回船問屋を営み、藩の御用達を務めるなど、栄えた旧家です。

江戸時代中期に作られた回遊式庭園があります。

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さて、ここ大須賀町からはそろそら帰る方向に向かうこととし、東海道本線を目指します。

ここで聞き覚えのある、静岡鉄道駿遠線の廃線跡を通って、袋井駅を目指します。

昨日通った地頭方駅付近から、私は海岸沿いを走ってきましたが、この駿遠線は少し海から離れて通っていましたが、ここから再び合流します。

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(↑ 昨日の地頭方で撮った写真ですが、路線の全体像がわかるかと思い、再掲します。

今回は、この地頭方から新横須賀まで、駿遠線では20km位のところを、海沿いに先端の御前崎を通り、遠回りしながら40km位を走行してきました。

新横須賀駅付近からのこの廃線跡は、静岡県道41号袋井大須賀線と、くっつき離れしながら、ほぼ並行して北へ向かいます。

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上の写真の、建物を挟んで右が県道、左の細い道は廃線跡の自転車道兼ウォーキングコースです。

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のどかな気分で楽しく走れます。

この廃線跡はこうしたホーム跡が残っているところもあります。

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五十岡と書いて、いごおかと読みます。

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袋井市としては、ウォーキングコースとして親しめるようにしているようで、地図情報も豊富です。

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県道の西側を走ってきましたが、旧浅羽町(合併して袋井市の一部)浅名の旧町役場の辺りからは、県道の東側を通り、舗装も単なるアスファルト舗装ではなく、インターロッキング舗装となってきました。

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やがて、袋井駅の近くにくると、快適な一本道も、県道と合流してしまいます。

私はこの後も廃線跡と思われる道を探し歩き(走り?)、道を間違えてしまいましたが、新幹線のガードをくぐるまで県道の一部がルートのようです。

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その新幹線ガードは、今でも「駿遠線架道橋」の名前となっています。

なんでかと不思議に思いましたが、東海道新幹線の開通したのは昭和39年ですが、この辺りの駿遠線は昭和42年に廃止されたので、建設当時はまだ存在したようです。

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袋井駅近くで廃線跡は、再び県道を離れ、駅南口へ向かいます。

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そして、駅近くは入ることができません。

JR東海の袋井駅は北口しか改札はありませんが、南側に、駿遠線のものかと思われるホームはあるようです。

ここからは進めないので、県道を通って迂回して、北口に回り、袋井駅に到着しました。

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ここは、東海道五十三次のひとつ、袋井宿のあったところで、江戸から数えても、京都から数えても27番目なので、「東海道どまんなか」ということだそうです。

本陣跡もありました。

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袋井駅からは輪行で、東海道本線で掛川駅に行き、15時3分発こだま658号で東京駅に向かいます。

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今回は最後列の指定席がとれました。

二人席の窓側E席はなく、三人席の窓側A席です。

始発ではないので、座席後ろのスペースが空いているか不安でしたが、大丈夫でした。

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自分以外の人が座った時を想定して、リクライニングシートをフルに倒しても邪魔にならないか実験してみました。

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このようにまだ余裕があります。

ちなみに、E席の後ろにも輪行袋が置かれていました。

この自転車はどうも最後列の方のものではないようでした。

そして、東京駅から中央線に乗り換えて、家路につきました。

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この日の走行距離は40.25km、平均時速は17.40km、消費カロリーは977kcalでした。

二日間では、走行距離101.54kmとなりました。

1日で100km以上走っている人も多いと思いますが、私は40~50km位がせいぜいだったので、二日目の上り坂では膝が痛くなり、困りました。

また、駅の階段の昇り降りで、歩いても膝が痛いことに気づき、後まで残るかとちょっと焦りました。

今では、痛みはありませんが、無理しちゃ、いけないんだなと感じました。

では、3回に渡りお読みいただいた方、長い間お付き合いいただき有難うございました。

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コメント

こんばんは!
良い旅をされましたね、私も国内はまだまだ訪れて
いないところばかりで、自転車旅をいつの日か本格的に
始められればと思っています。

廃線後の自転車道は、風情もあり距離も比較的ありますので
良いですね。筑波にもりんりんロードと云う全長42kmの
廃線跡を利用した自転車道もありますよ(笑)

araitaさん、こんばんは。

りんりんロードは、つくばに行ったとき、レンタサイクルで
ちょこっとだけ走りましたが、走りやすそうな道なので
是非、岩瀬から土浦まで走ってみたいと思っています。

今は膝は大丈夫ですか?

意外と自転車に乗っている時より電車の乗降で自転車を担いで歩く時に痛めたりすることもあるそうです。

鉄道の廃線跡がこのように自転車で走れる道になっているのはほんといいですよね。

列車が走っていたころを想像しつつ風情に浸れます。

ぽち。

すずたさん、こんばんは。

軽便鉄道の自転車道いいですね!

道中にプラットホームの遺構なんかがあると嬉しくなってしまいますよね。

輪行の時、座席後ろのスペースが空いているかどうか不安というのはよくわかります!

やっぱり自転車って大きな荷物ですからね・・。

ポタ麿さん、こんばんは。

輪行では自転車の置き場所には気を遣いますね。

特急なら最後部にスペースがありますが、通勤型の電車で混んでいたりすると、かなり恐縮してしまいます。

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