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駅舎

2016年9月25日 (日)

厚木駅のある位置や相模鉄道との乗り換えなどのモヤモヤしていた位置関係を整理する

厚木駅と本厚木駅という駅がありますが、こうした名が付くのは一般的には、別の鉄道会社の離れた場所にある二つの駅だったり、元の中心市街地と現在の中心市街地が異なっていた場合の駅名などでしょう。

しかし、小田急線に両方の駅があるし、そもそも、相模川をはさんで対岸にこの駅は立地しているはずです。

地元の人に住む人にとっては、当然わかりきっていることなのでしょうが、離れて住む私にはモヤモヤっとしたイメージなので、確認しに行って来ました。

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厚木駅は小田急線とJR相模線の乗り換えもできる駅だというのに、小田急線では本厚木駅とは違い、特急も快速急行も急行も通過してしまいます。

↑左にJRと小田急共通の改札口があり、JRが地上、高架で小田急線のホームがあり乗り換えには便利な近さです。

でも、駅前に大きな建物はなく、小田急線の向こう側(南側)をホームから見てみても、あまり厚木の新旧いずれかの中心市街地という感じではないようです。

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県道43号線が通っているものの、駅前広場もないようですから、やはり本厚木駅の方が「本」厚木ということなのでしょうか。

調べてみれば、驚いたことにここは海老名市で、よくあるように市境がすぐ近くというわけでもなく、相模川の東が海老名市、西が厚木市となっていますから、どう見ても厚木とは思えないところにあります。

しかし、ようやくこの厚木駅の南側でも、厚木駅南地区市街地再開発事業が始まろうとしており、平成26年10月に再開発準備組合が発足したと、海老名市HPに載っていました。

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最初からこの駅名なのか調べてみると、1926年(大正15年)当時からここは海老名村だというのに、あえて「厚木駅」と名付けられたようです。

理由としては、神中鐡道(後に相模鉄道に合併される)が、この年5月に二俣川駅と厚木駅間で開通したのですが、相模川の対岸(西側)の厚木まで鉄道を敷設しようとしたが資金が足りなかったから、東側のここを厚木駅としたという説や、ここ海老名村は当時は無名だったから厚木町の方が名も知られているで、厚木駅にしたとかという説があるようです。

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↑昭和19年には国鉄に買収され、昭和62年からJRとなっていますが、この厚木駅は単線ながら両側にはホームがあり、今は左側だけが使われており、右側は使用されていません。

右ホームの奥には(現在の)相模鉄道の電車がみえていますが、その最初に「厚木」という名の駅を作った当時の神中鐡道(現在の相模鉄道)には「厚木駅」がありません。

私がもう一つモヤモヤしていたのは、JR相模線の車窓からこうした相模鉄道の電車が止まっているのが見えるのに、乗り換えはできないことでした。

相模鉄道の終点は一つ手前の海老名駅ということになっているので、ここはどうなっているのかということです。

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2016年8月21日 (日)

神奈川県の東海道新幹線新駅が本当にできるかもしれない寒川町倉見

JR相模線に倉見という駅が寒川町にあります。

倉見も寒川もどこか分からないという人もいると思いますが、茅ヶ崎と海老名の中間で、東海道新幹線が相模川を鉄橋で渡るところです。

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↑ここでは東海道新幹線新駅を設置しようとしているようで、倉見駅には横断幕があります。

どんなところなのか、駅ができるのはどこなのか、降りて見に行ってみることとしました。

相模線のホームから新幹線がすごいスピードと音で通過していくのが見えます。

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相模線は茅ヶ崎駅から相模川に沿って北に向かい、橋本駅まで通っている路線で、圏央道ともほぼ並行しています。

駅のすぐ西側は相模川で、その間に圏央道が通っていますから、最初の写真の道路は圏央道です。

ホームから茅ヶ崎側を見ると、新幹線が通り、さらにその上を圏央道が高架で跨いでいます。

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相模線は電化こそされているものの、電車は日中1時間に3本ほどしか走っていない、いわばローカル線です。

電車の乗り降りも自動ではなく、自分でドアを開けなければ、ホームに下りられません。

倉見駅はのんびりしたいい雰囲気の駅で、駅前の道幅も狭く、自転車置き場が目立ちます。

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でも、こんなところに東海道新幹線が止まるのでしょうか。

倉見駅の西側にはJX金属の工場がありますし、新駅予定地の東側にはキリンビバレッジの工場もあります。

線路に並行して200mほど東側には神奈川県道46号相模原茅ヶ崎線が通っており、ここには大型トラックなどが数多く走っています。

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600mほど南には圏央道の寒川北インターチェンジもありますから、昼の人通りは少ないものの産業の拠点とはなっているようです。

構想では、このさらに東に新幹線新駅を設置し、その両側には交通広場(駅前広場)が計画されています。

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↑東京寄りから見た、新駅北口駅前広場方面の現在の様子です。

いい意味で田舎の雰囲気です。

ここに新幹線の駅?という感じもしましたが、さすがは関係者の方々もいろいろ考えていて、構想があるようです。

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2016年6月12日 (日)

中井駅の地下改札口化が完了したので行ってみたら、やはり予想通りの結果?

1年前に見に行った西武新宿線中井駅の駅舎改良工事が進捗し、地下改札口が6月5日にできたということなので、再び見に行きました。

今まで地上改札口のあった辺りには、地下に下りるエレベーターの入口があります。

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完成予想パースによると、ここには何らかのガラス張りの建物が描かれています。

カフェのようにも思われますが、そうであればうれしいです。

以前には分煙がされていない店しかなく困ったことがありましたから。

少し線路寄りに地下に下りていく通路ができました。

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↑右側のホームとの間にも小さな建築物ができるようですが、これはトイレでしょうか。

駅改良工事が完了すると、先程のエレベーターへの通路もこちら側になるようです。

これまで、中井駅は下り線ホーム横に地上改札口があったため、こちらは平面で車椅子等でも行き来できましたが、上り線ホームに行くには、改札内の階段を通るしかありませんでした。

その階段の壁には、車いす用階段昇降機がありましたが、駅員さんに頼まなければ利用できない大がかりなものでしたので、今後はエレベーターができれば、ベビーカーや輪行する自転車などでも便利になります。

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↑階段とエスカレーターがあり、その先に改札口ができました。↓

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改札内は、下り本川越方面に行くには正面に階段とエスカレーターがあり、上り新宿方面に向かうには右に進むこととなります。

これと並行して、新宿区による南北自由通路設置工事も行われています。

こちらはまだ工事中ですが、今年度内の完成の予定です。

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↑改札内通路から見てみると、右側が自由通路になります。

開通すれば、ガラス張りで互いに見通せるようになるのでしょうか。

これまでは上りホームと下りホームを跨線橋で渡る必要があり、上りホームでは階段は東側と西側に分かれていましたが、新たな地下通路と上りホームを結ぶ階段とエスカレーターは1つになりました。

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上りホームはかなり狭かったため、この階段はこれまでの敷地よりも北側にはみ出して設置することとしたようです。

こちらにもエレベーターがつきました。

これまでの階段はどうなったのかと、見てみてびっくりです。

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2016年4月10日 (日)

本川越駅西口ができて東武線との乗換えが便利になったけど、西武新宿線はまだ単線区間がある

小江戸川越は観光地として定着してきているなか、その蔵造りの町並みから比較的近い場所に西武新宿線の終点である本川越駅はありますが、JR川越線や東武東上線の川越駅とは少し離れています。

東武東上線では川越市駅の方が本川越駅まで近いのですが、それでも歩いて約11分と、気楽に乗り換えできる距離とはいえず不便でした。

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↑三角屋根の東武線の川越市駅を出ると、この左斜めの道を歩いて行って、突き当りを左に曲がり、次に右に曲がり、さらに右に曲がるという、かなり面倒なルートで本川越駅まで行っていました。

歩いていくと、西武線の本川越駅のある建物は見えているのに、駅建物の西側には出口もなく、接続する道路もないため、あえて遠回りをしなくてはいけなかったのです。

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↑川越市による「本川越駅周辺地区整備事業パンフレット」

それが、ついにその建物に開口部を作り、本川越駅に西口ができ、さらに間をつなぐ道路もできたといいます。

平成28年2月20日に開通したようです。

↓ここで以前は突き当り、左に曲がっていましたが、まっすぐに進んで本川越駅に行けるようになったのです。

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このアクセス道路は川越市道1646号線として、延長約75m、幅員約14mで整備されました。

約2000平方mの駅前広場も設けられました。

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川越市による市道と駅前広場の整備と同時に、西武鉄道による西口設置工事も行われました。

実は、駅前広場用地の取得は平成13年度から行われていたそうです。

これで、乗り換え時間は11分から5分に短縮されたといいます。

まあ半分以下になったのだから良しとしなければいけないのでしょうけれど、それでもまだ、ちょっと微妙な距離感です。

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ところで、もうひとつ、本川越駅には気になることがあります。

西武新宿線は、始発の西武新宿からずっと複線で運行されていますが、この本川越駅手前の区間だけ単線になっています。

複線にできない理由でもあるのか、現地を見てみます。

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2015年11月29日 (日)

神田川下流は自然ではなく造られた渓谷だから御茶ノ水駅バリアフリー化工事は大変

御茶ノ水に所用があり電車で行ったのですが、JR中央線ホームから良く見えるはずの神田川に巨大な桟橋が築かれていました。

中央線上りホームから、西にお茶の水橋方向を見ています。

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御茶ノ水駅ではバリアフリー化工事が行われているのですが、どうやらそのためにこの桟橋が作られているようです。

改札を出て、お茶の水橋から東に神田川と駅ホームを見ると、神田川を半分くらい塞いでいます。

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バリアフリー化といえば、エレベーターやエスカレーターの設置工事を行うために、ある程度の足場などは必要でしょうが、ちょっと大げさすぎる気がします。

JR東日本のHPを調べてみたら、工事の資料がありました。

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駅全体を2階建てにするような工事をするようで、2020年度までの完了を目指しているとのことです。

西側のお茶の水口は今と同位置ですが、東側の聖橋口は現在は南向きですが、それを聖橋に向いた東向きにして、両者を2階で繋ぐ設計です。

それにしても何であんな桟橋が必要なのかは、今度は聖橋から西に向いて、駅ホームを見るとわかります。

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駅の線路のすぐ南側は急な崖というか擁壁になっており狭くて、工事のための足場が組めないのでしょう。

となると、神田川に仮設桟橋を作るしかなかったようです。

合わせて、首都直下地震に備えた河川側盛土と台地側擁壁の耐震補強工事も行われます。

改めて見てみると、ここは20mほどもある渓谷といってもいいような急な谷となっています。

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↑お茶の水橋から神田川上流の水道橋方向を見ても、同じような深い谷となっています。

神田川は半年ほど前に見に行ったように、井の頭公園を源泉に高田馬場、飯田橋などを通り、ここお茶の水、秋葉原を通って、隅田川に流れています。

台風や集中豪雨があったとしても、こんな渓谷をつくるような川とは思えません。

どうして、こんな渓谷が街中にあるのでしょうか。

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2015年6月 7日 (日)

中井駅改良工事で駅はどうなるのか、大江戸線乗り換えは便利になるのか

西武新宿線中井駅では改良工事が行われています。

↓現在は、上りホーム(右)のある北側には改札口がなく、下りホーム(左)のある南側まで跨線橋を渡らなければ、改札口の外には出られない構造になっています。

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この駅は以前から、真上に環状6号線(山手通り)が通っており、近年行われていた拡幅工事に伴い、道路橋梁が架け替えられました。

↓駅改良工事は、お知らせ看板によると、地下に通路を二本通して、東寄り(上の写真で手前)は自由通路とし、西寄り(上の写真で奥)は改札内通路となるようです。

改札口も地下に設ける計画のようです。

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西武鉄道では、地下通路の駅はあまりなく、橋上駅舎が一般的ですが、山手通り橋梁による高さの制約があるためか、中井駅は地下改札の駅舎になるようです。

(隣の新井薬師前駅や沼袋駅も連続立体交差化に伴い、地下にホームも設置されるので、今後は西武鉄道でも地下方式はそんなに珍しくなくなるかもしれません。)

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↑下りホームは、元々道路を支える大きなコンクリート構造物があったため、かなり幅が広くなっており、現在は改札内通路の地下への階段、エスカレーターを作るため、工事ヤードが大きく設けられています。

↓上りホームは幅が狭いため、地下への階段、エスカレーター等は敷地の外側に作られるようです。

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鉄道敷地の外とはいっても、ここは元々道路の下部だったところですが、以前より長い橋梁を架けたため、空間ができたということのようです。

改札の外に出て、様子を見て見ましょう。

今は、跨線橋で一旦南側の下りホームに行き改札口を出て、踏切を渡り北側に行くという面倒なことをする必要があります。

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↑北から、西武線ホーム方面を見ていますが、道路下は全面工事ヤードとなっており、工事の準備が着々と進められているようです。

いったい、この空間は何になるのでしょうか。

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2015年2月 8日 (日)

新橋停車場はいつ頃まで東海道線の起点だったかと、風の通り道

1872年(明治5年)に日本で最初の鉄道が、新橋・横浜間に開業しました。

廃刀令より4年も前で、明治維新から数年しか経っていない、明治5年という時期を改めて考えると、政府が鉄道開業にかなり力を入れていたことがわかります。

その旧新橋停車場跡は、国指定史跡となっており、駅舎は再建されています。

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大日本帝国憲法が発布された1889年(明治22年)には、神戸まで東海道線は全通しましたので、ここ新橋は東京の玄関として、日本の近代化を象徴する場所となりました。

開業当時の鮮明な駅舎の写真が残っていたため、往時と同じ外観の建物を同じ場所に再建できたようです。

プラットホームも25mだけと短くはなっていますが、再建されており、先端のガラスで囲った部分は史跡をじかに見ることができます。↓

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駅舎の建物は、東日本鉄道文化財団が運営する「鉄道歴史展示室」となっています。

線路はさらに短いのですが、「0哩標識」とともに再建されています。

「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり」と鉄道唱歌にもある、東海道線の起点です。

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せっかくだから、線路はもう少し長くすればいいのにと思いますが、当時用いられたレール1本の長さ24フィート(7.3m)のようです。

開業当時の軌道は、木枕木に大釘で固定した鋳鉄製の台座(チェア)に、錬鉄製の「双頭レール」を木製の楔で固定していましたが、今回再現する軌道も同じ方法で作りました。

この双頭レールは、民間工場で使用されていた1873年英国製のものを譲り受けた貴重なもののようで、短くてもやむを得ないようです。

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ここから東海道線は出発していたのに、いつからか東京駅が起点となりました。

関東大震災のころからなのでしょうか、ちょっと調べてみました。

答えは意外と簡単で、昨年末の記念Suica発売で大騒ぎだった「東京駅開業100周年記念」から逆算すればいいことがわかりました。

日本鉄道(東北本線)始発の上野と官設鉄道(東海道本線)始発の新橋との間を高架の鉄道で結び、丸の内に「中央停車場」を建設し、丸の内界隈を市街地化することが明治20年代に計画されました。

そして、1914年(大正3年)12月20日に、「中央停車場」は「東京駅」として開業しました。

↓ちなみに、大人気のこのSuica(2000円)の申し込みは明日2月9日までだそうです。(私は遠慮しておきますが)

Suica

第一次世界大戦が勃発した1914年に、東海道本線の起点は、新橋停車場から東京駅へと移ったということですから、思ったより長い42年間もの間、新橋が起点だったということです。

そして、東京の玄関だった「新橋停車場」は「汐留駅」と駅名を変え、貨物専用の駅となり、その後1923年(大正12年)の関東大震災で駅舎は焼失してしまいました。

戦後、汐留貨物駅は東京の貨物ターミナルとして繁栄しますが、1986年(昭和61年)には使命を終えて廃止され、跡地は再開発されています。

再建された線路の先は、再開発により、ちょっとシュールな景色です。

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