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07武蔵村山市

2016年6月19日 (日)

多摩地域を不自然に南北に流れる残堀川の謎を探ってみる

残堀川は、瑞穂町から武蔵村山市を通り、立川市、ちょっと昭島市、再び立川市から多摩川に流れ込んでいますが、以前から不思議に思っていることがありました。

東京都区内や北多摩地域内を流れる川は、北東に流れて荒川に合流するか、南東に流れて多摩川に合流するかに分かれます。

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↑東京都建設局HP「東京都河川分布図」より

江戸時代には玉川上水が、多摩川の水を江戸市中に引くために開削されましたが、それはこの東京の分水嶺、分水界というか、西東京の尾根筋に作られました。

この件には興味があり、3年3か月ほど前にも自転車で調べてまわったことがあります。

残堀川は不思議なことに、この話の例外な存在なのです。

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この残堀川は玉川上水と交差しています。

玉川上水が分水界なら、それを横断する川は無いはずだというのに…

↑右から左に残堀川は流れており、奥から手前に向けて玉川上水は流れています。

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そのために、わざわざ残堀川の下を玉川上水が伏越すという、川の立体交差化がされています。

↑玉川上水上流から下流を見ると、こうして水の流れは地下に入っていきます。

そして、残堀川が左から右方向に流れていくため、道路にも橋が架かっています。

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ふせこし工法はサイホンの原理を応用しているそうです。

下流部から上流側を振り返ると、こうして水が出てきます。

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3年ちょっと前に玉川上水の取水口を目指して走り、ここを通った時には、説明板はまだ無かったように思われますが、この日にはあって組みもわかりました。

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明治時代には今とは逆で残堀川が下を潜るように工事されていたようです。

また、そこには重要なこともありました。

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やはりというべきかもしれませんが、驚くべきことが何気なく書かれていました。

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2016年3月20日 (日)

イオンモールむさし村山や若葉ケヤキモールの客足は、ららぽーと立川立飛オープンで減ったか

2006年(平成18年)11月に、華々しくオープンした「ダイヤモンドシティ・ミュー」は、現在は「イオンモールむさし村山」という名前です。

敷地面積137000平方メートル、店舗面積84000平方メートルという広大な面積に、店舗数は約180もあり、当時は近隣に大型ショッピングモールもなかったため、人があふれていました。

そこに昨年末、4.5kmほど離れた場所に大きなライバルが出現したので、どんな様子になっているか、車で見に行ってみました。

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休日とはいえ、予想外にというか、周辺道路は渋滞していて、駐車台数4000台という駐車場も満車で、車を停める場所探しに苦労しました。

店舗内も、オープン当初よりは少ないとはいえ、混雑していました。

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ここには当初は、大きな核店舗として三越とジャスコの2つがありましたが、2009年(平成21年)に三越が撤退してしまいました。

その跡地がどうなってしまうのか不安でしたが、1階はFLAXUSという衣料品店、2階にはスポーツ用品店Victoria、3階に家電量販店のnojimaノジマが入っています。

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2007年(平成19年)、運営会社のダイヤモンドシティがイオンモールと合併したことに伴い、「ダイヤモンドシティ・ミュー」から「イオンモールむさし村山ミュー」に、さらに、2011年(平成23年)、今の「イオンモールむさし村山」に再改称しています。

「ミュー」という名称は微妙でしたが、消えてしまうと寂しいものです。

同じ時期、もう一つの核店舗「ジャスコ」は「イオン」に名称変更されています。

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シネマコンプレックスの「ワーナー・マイカル・シネマズむさし村山」も「イオンシネマむさし村山」と名称変更されていますが、数多くの人がいました。

4か月ほど前の、2015年(平成27年)12月に「三井ショッピングパーク ららぽーと立川立飛」がオープンして、大きな影響を受けて、空いてしまっているかと思っていましたが、そうでもないようで安心しました。

フードコートにもたくさんの人がいます。

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そうなると、同じ立川市にある比較的小さなショッピングモールの方が、打撃を受けてしまっているのかも気になるので、行ってみます。

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2015年10月11日 (日)

里山がそのまま公園になった野山北・六道山公園は自然が身近

狭山丘陵にある多摩湖や狭山湖は、水道水のための貯水池と水源林となっているため、多摩湖自転車道のような一部分だけしか、丘陵の中には入ることができなくなっています。

しかし、地図を見ると、その狭山丘陵の西端は広い公園となっているので、一度行ってみたいと思っていました。

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↑公園公式HPより

武蔵村山市の「村山温泉かたくりの湯」のある辺りに、この「都立野山北・六道山公園」の東の入口があります。

ここは、遊びの森、冒険の森といった子どもがフィールドアスレチックを楽しめるような施設があります。

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標高は入口では130m位ですが、一気に急な階段を登るので、200mほど北に行った狭山湖敷地との境にある尾根道辺りでは、標高155mとなります。

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公園といっても、施設があるのはこの東端など一部だけで、ほとんどの部分は里山そのものです。

尾根道以外にも、雑木林の中に歩道はありますが、周囲は林です。

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雑木林の中を西に向かい適当に歩いて行くと、今度は急坂を下りて、谷戸にでます。

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↑工ケ入(エゲイリ)谷戸です。

効率良く歩くためには、地図で尾根道を確認して歩かなくては、疲れてしまいます。

再び、高いところに登り大将山を目指します。

ここは南西に視界が広がるため、横田基地方面が見渡せます。

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かなりの山の中を上がったり下がったりしながら歩いてきたのに、こうして見てみると、市街地が近くてびっくりします。

さらに西に行くと、360度見渡せる展望台があるというので気になります。

しかし、午後遅く出かけたので、8796歩、6.96kmしか歩いていませんが、日も暮れそうなので、翌日再び出かけました。

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展望台といっても、あの公園の中にこんな建物があるとは予想外でした。

階段を上ると標高205mといいますから、どんな景色が見られるのでしょうか。

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2013年7月28日 (日)

日産村山工場跡地とイオンモールと広いひまわり畑

武蔵村山市と立川市に跨って、かつてあった日産自動車村山工場跡地に行きました。

1962年にプリンス自動車工業の工場として、グロリア、スカイラインなどを生産し、日産自動車と合併後も、数多くの名車を生産してきた工場でした。

以前は日産のディーラーは、後にレッドステージとなるプリンス店、サニー店、チェリー店と、後にブルーステージとなる日産店、モーター店に分かれており、販売車種も異なっていましたが、ここにはすべての車種を取り扱う日産アプリーテ武蔵村山も、工場正門横にありました。

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車両生産工場としては2001年、部品工場としては2004年に閉鎖され、建物は取り壊され更地化されましたが、このディーラーらしい建物だけは営業していないものの、なぜか残っていました。

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工場跡地の敷地面積は約140haもあり、そのうち約4分の3の106haは宗教法人が取得したとのことです。

工場跡地のうち、残りの北地区といわれる敷地には大型商業施設や病院などが既に建っています。

日産工場だった名残は、プリンスの丘公園があることくらいです。

ここには「スカイラインGT-R発祥の地」との記念碑があります。

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北地区だけでも34haという相当な広さなので、大規模商業施設といっても、こんな小さく見えます。

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2012年6月 9日 (土)

ひばりが丘団地行の中島航空金属専用線と、たての緑地

ひばりが丘って何市にあるかご存知ですか?

西武池袋線のひばりヶ丘駅は西東京市、公団ひばりが丘団地は東久留米市と西東京市の両市にまたがって建っています。

東久留米駅近辺からこの団地まで、いい道が通っています。

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東京電力の高圧線沿いですが歩行者自転車道となっており、

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細長いですが「たての緑地」という都市計画緑地とされています。

実は、この緑地・道は中島航空金属田無工場と西武池袋線(当時の武蔵野鉄道)を結ぶ専用線の廃線跡だそうです。

東久留米駅周辺は緑道にはなっていませんが、黒目川を渡る築堤らしきものが残っています。その奥は変電所として利用されており、さらに進むと東久留米駅です。

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では、緑道を工場(現在の団地)方面に向かいます。

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落合川の支流である立野川が下を流れているところでは、周囲より少し高いところに道があります。

高圧鉄塔のあるところでは、道が左右に分かれて狭くなります。

 

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ここに「中島航空金属専用線」が走っていた風景を想像しながら、気持ちよく進んでいくと、すぐに「たての緑地」は終点です。

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この鉄塔の向こう側はひばりが丘団地です。

団地側から振り返ると、

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こんな景色で緑道があることさえ、見えなくわかりません。

団地内に入ると、外周部にそれらしい道はあります。

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中島航空金属の工場跡地は、一部、住友重機械工業田無製造所となった他、かなり広大な部分が昭和30年代以降、公団ひばりが丘団地として生まれ変わりました。

この道は団地内で途切れてしまっています。

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団地ができた当初は、日本住宅公団の造成した国内最大の2700戸を超える団地であり、昭和35年には当時の皇太子・皇太子妃(今上天皇・皇后)も視察に訪れたという最先端の団地でした。

しかし、現在は老朽化により、このひばりが丘団地は建て替え中であり、「ひばりが丘パークヒルズ」として再度生まれ変わろうとしています。

既に建替えられて高層化した建物もあります。

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まさに建て替えの最中といった様子で、解体中の建物もあれば、以前のままの懐かしい感じの建物もあります。

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また、高層化に伴って現在のUR都市機構が、団地として建て替えで利用しない部分は、民間企業により一戸建て住宅として売り出されるようです。

団地のほんの一部なのですが、元々の規模が大きいため、115戸もの戸建住宅プロジェクトです。

以前、団地にはならなかった住友重機械工業田無製造所の工場も、10年程に比べてだいぶ狭くなっており、

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以前工場だったところのかなりの部分も、20階建てのマンションや戸建て住宅になっていました。

50年前に大きく様変わりしたこの地域は、今また大きく変わっているようです。



この団地内に「東久留米市立ひばりが丘図書館」があります。

市の南部地域センターの2階にあり、70000冊くらいの資料があります。

西側に窓があり、雑誌コーナーなどは西側にあるため、晴れた日はちょっと暑いです。

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なお、西東京市にも同じ名前の「ひばりが丘図書館」があり、こちらはひばりヶ丘駅のすぐ近くありますので、今度立ち寄ってみたいと思います。




ところで、気づきましたか?

団地名や図書館名、地名は「ひばりが丘」ですが、西武池袋線の駅名は「ひばりヶ丘」です。

世間では「ヶ」って結構定着していますが、役所では嫌われているんですよね。

「阿佐ヶ谷」駅も地名では「阿佐谷」です。

この日の走行距離は14.8km、平均時速は17.9kmでした。




余談ですが、先ほど「武蔵村山市立歴史民俗資料館」名で、展示室で撮影した写真は撮影許可と掲載許可がされていないため、即刻写真を削除するようにとのコメントがきました。

数週間前にアップした記事についてです。

まあ確かに許可をとっていないのは事実なので、資料館の名前、建物外観写真、内部の写真すべて削除しました。



ただ文面に、通常のビジネス文書で普通にある「平素より弊社業務に関しましては・・・」とか「来館いただき・・・」とか、いっさい書いていないものでした。

ほんとうに市の職員が勤務時間中にブログのチェックしているんですかねえ、それとも、やはり暇な誰かのいたずら? 

気分はdownですけど、まあ数多くの人に見てもらえているとポジティブシンキングしてup、梅雨入りしてしまいましたが頑張っていきましょうhappy01

2012年5月26日 (土)

軽便鉄道羽村山口線と空堀川の源泉(後篇)

不思議な森の中から出て、またいくつかの自転車道のトンネルを抜け、横田トンネルの出口まで戻ってきました。

ここから、かなり川幅の狭くなった空堀川に沿って北に向かおうとすると、

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すぐに上流端の看板です。

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しかし、この先にも、いわゆるドブ板で蓋かけされた川があるので、先を目指します。

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途中グラウンドの横などを進んでいくと、再び、水の流れがあります。

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そしてすぐ先には池がありました。

ここが空堀川の源泉のようです。

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釣りをしている人などのいる、のどかな雰囲気です。

案内板によると市立野山北公園のようですが、気になるのは私一人しか自転車に乗っていないことです。

自転車を降りて、おして歩いていくこととします。

入り口まで行ってわかったのですが、自転車進入禁止との看板がありました。

私は正式な入口でない、川沿いの(正確には川の上の)小道を通って来たので看板がなかったようです。

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この市立公園の周辺は、広大な都立野山北・六道山公園となっています。

村山温泉かたくりの湯も隣接しています。

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日帰り温泉なので立ち寄りたかったのですが、残念ながら9月末までリニューアル工事中でした。

先ほどのトンネルや自転車道のことについては、いろいろ調べたところ、

(写真削除)


大正10年に多摩川の水をひいて貯水池を作ろうとした時、その資材等を運ぶ鉄道を作るとともに、その地下に導水管を埋めたようです。それが今の多摩湖(村山貯水池)です。

工事終了により鉄道は撤去されましたが、さらに、昭和4年には狭山湖(山口貯水池)の堰堤の砂利運搬のために再び鉄道を敷設し、昭和19年の工事終了まで軽便鉄道「羽村山口線」として、利用されたそうです。

この軽便鉄道の軌道敷の跡地が自転車道になったようです。

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先程行った横田トンネルの反対側にも、上の写真のように鉄道跡地が道になっており、野山北公園自転車道と名付けられています。

柵のしてあったトンネルの奥がどうなっているのかにも興味はありましたが、先にあるのが多摩湖や狭山湖だとわかったので、この自転車道を反対に向けて進むこととしました。

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現在でも多摩川の水を、湖(貯水池)に運ぶための導水管が地下にあるため、東京都水道局の敷地のようです。

武蔵村山市境のこの住宅街のところでまで来ましたが

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ここから先は自転車道がありません。

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IHIの工場(航空宇宙事業本部)敷地内にまっすぐ軌道敷跡は伸びていますが、入れません。

ただし、空間はありますから、この感じなら工場の反対側に回れば道はありそうですが、

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すぐ隣は米軍横田基地です。

よく見ると飛行機も見えます。

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工場の南側は基地に隣接しているので、北側から回りました。

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北側も横田基地です。

手前が基地の周りの一般道ですが、フェンスの向こうの基地内にも外周道路があり、時々車も走っていますし、ジョギングしている人もいます。

南北方向に滑走路があるため、フェンスが延々と続きます。

基地内の道路の何もないところに信号機がありましたが、飛行機の離発着時に滑走路北側を通らなくするためのものかと思われます。

そして、ようやく北端に来ました。

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滑走路への着陸空路の延長線上にJR八高線が通っていますが、横田トンネルという名の不思議な所があります。

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以前はトンネルでしたが、電化に伴って屋根部分を撤去したものです。

だったら何でトンネル作ったのかということになりますが、飛行機の着陸地点すぐ近くだから落下物等で列車が危険だと判断したからとの説や、パイロットが着陸時の視界に入らなくするためという説を聞いたことがあります。

いずれにしても、じゃー今はいいのか?と思ってしまいます。

ところで、自転車道の先も気になるところですが、こんな大きな基地敷地の向こう側では、位置の見当もつけられないので、あきらめて、最寄りの箱根ヶ崎駅に向かいました。

(後から地図で確認したところ、横田基地の西側の羽村市内にも、多摩川までの自転車道らしいものがありました。別の機会に行ってみたいと思います。)

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箱根ヶ崎駅は駅前はがらんとしていますが、駅舎は建替えられており立派です。

ここは瑞穂町にあり、東京都では島を除けば、奥多摩町、日の出町とともに三つしかない「町」です。

なお、先程見た多摩都市モノレールは、上北台からここまで延伸しようと計画されています。

ここから輪行して帰ろうと思いますから、開通していれば今日は便利だったでしょうが、需要がどのくらいあるのか、ちょっと心配です。

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東京のローカル線である八高線は運行本数が少なく、駅で30分ほど待つことになりました。

こんなことなら、もう少し自転車で走ればよかったなあと、ホームのベンチで考えているとき、轟音とともに飛行機が着陸していきました。

日曜日なので離発着も無く、静かだなあと思っていたけれども、やはり基地の町であることを改めて実感しました。

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ところで、途中、自転車道のトンネルに入る前、武蔵村山市立中藤地区図書館にも立ち寄りました。

この市では地区館の名称に「地区」という言葉をいれるようですが、市内には「図書館」が2か所、「地区図書館」が4か所あります。

本館と地区館を区別するための名称なら、1と5になりそうですから、規模の違いでしょうか。

この図書館は廃校跡を活用したような作りで、階段などでちょっと懐かしさを感じましたが、

暖かい日曜日の昼だったせいか、利用者はあまりいませんでした。

この日の走行距離は、22.5km、平均時速は19.9kmでした。

2012年5月19日 (土)

軽便鉄道羽村山口線と空堀川の源泉(前篇)

空堀川という川が多摩北部を流れていて、清瀬と所沢の都県境で柳瀬川と合流し、荒川へと注いていきます。

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その名の通り、水のないときは、単なる空の堀です。(上の写真は現在ではなく、3月終わり頃のものです)

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東村山市からこの川の源泉を目指してみました。

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両側に自転車歩行者道が整備されており、上流に向かっていくと、奥に都営東村山本町アパートが見えます。

その先、新青梅街道を北から南へ横断した後、再び渡って北側へ戻ります。

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道路上の斜めの線が、道と橋のつなぎ目です。公園のように見えるのは、東村山浄水場です。

改めて写真を見てびっくりしましたが、なるべく車が写らないように写真を撮ったものの、新青梅街道に車がいない風景はとても違和感があります。

早朝ではなく、日曜日午後1時頃の様子です。

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こうした川沿いの道がインターロッキング舗装されていることは多いですが、この浄水場沿いの所は、ガタガタで自転車で走りずらいものです。特に小径車だとかなりきついです。

西武多摩湖線との交差部は、踏切でなく、新青梅街道はオーバーの、空堀川沿いの道はアンダーの立体交差になっており、

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川の水面より低いところを走りますから、大雨の時は注意が必要です。

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所々には、川に降りられる親水空間もあり、快適に走ってきましたが、

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東大和市の途中から上流は、河川改修工事がまだ完了していないため、自転車歩行者道は終わってしまいます。

河川幅はぐっと狭まり、道もないため、川から近づいたり離れたりしながら進みます。

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小さく曲がりくねった川を、大きなカーブで結ぶ新しい川を作っていくため、こんな珍しい場所もあります。

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現在の川は上下方向に流れていますが、新しい川を左右の方向に作っているので、立体交差のようになっています。

新しい川は遊水池となっているようで、水はありますが流れていません。

その端はこんな感じです。

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ところで、東大和市のこの辺りの新青梅街道沿いに、多摩都市モノレールの上北台駅があります。

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この路線は、多摩センターから高幡不動、立川などを通っており、ここ上北台が始発であり終着駅です。

平成10年から12年にかけて開業しましたが、ここから西に向かい、JR八高線の箱根ヶ崎駅まで新青梅街道上に延伸する計画があります。

途中の武蔵村山市はかなり熱心に延伸要望しているようです。

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南から北へ向かってきた路線が、西向きに行けるよう導入空間も確保してありますし、わかりづらいかもしれませんが、軌道桁がわずかに西に向けてあります。

東京都内の市のなかで、鉄道が通っていないのは、武蔵村山市だけということで是非とも延伸をしたいと頑張っているようです。(モノレールが鉄道なのかは少し疑問ですが)

さて、空堀川に戻ります。

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武蔵村山市内に入ってからも、現河川の周囲の所々に新しい河川が作られており、今は遊水池などになっています。

武蔵村山市本町と中央の辺りでは、川は南北方向に流れていますが、東西方向に走る自転車道と交差します。

ここの道は不思議なことに、自転車道らしくなくトンネルとなっています。

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「横田トンネル 自転車道」と書かれています。

入ってみると少し涼しいですが、200m位ですぐおわりです。

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ちょっと外に出ると、また100m位のトンネルが2つあります。

どこも、所々の天井から地下水がポツリポツリと落ちてきて冷たいです。

その後しばらく外を走ると、番太池があり、再びトンネルです。

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「赤坂トンネル」とありますが、看板をよく見ると夜間通行止めのようです。

自転車道は「野山北自転車道」という名前のようです。

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夏は午後7時、冬は6時にはシャッターを閉めて、朝の7時まで通れないようです。これは他のトンネルも同じです。

このトンネルを抜けると異空間でした。

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突然、森の中に迷い込んだような雰囲気で、空気はひんやりしているし、鶯の「ホーホケキョ」という声しか聞こえません。

車止め策のところで舗装は終わっていますが、道はまだあるので少し歩きました。

途中木が倒れていたりしましたが、100m位ですぐ行き止まりです。

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トンネルはあるのですが、閉鎖されています。

方角的には北東ですから、多摩湖や狭山湖があるはずですが、標高的にここよりかなり上の方にあるはずです。

ここで行き止まりなので、空堀川に戻るとともに、このトンネルの先も調べてみることとします。