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51埼玉県

2020年6月21日 (日)

ちょっと来るのが早かったか富士見市せせらぎ菖蒲園と紫陽花の名前と漢字の不思議

富士見市が市制施行20周年記念して整備したという山崎公園、通称せせらぎ菖蒲園に行きました。
と言っても、富士見市は昭和47年(1972)からですので、整備されて既に30年近く経っています。
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昭和31年(1956)に鶴瀬、南畑、水谷の3村が合併して富士見村となり、昭和39年(1964)富士見町、そして8年後に市になりました。
↑通称と言いながらも大きな石碑に「せせらぎ菖蒲園」と刻まれていますから、花菖蒲が期待できます。
公園内に、広さ1000平方メートルの菖蒲田があります。
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八ツ橋もあるのですが、新型コロナの3密対策として、その八ツ橋部分は立ち入り禁止となっています。
雨も降っていて人はいませんでしたから、入っても3密は大丈夫でしょうが、やはり外から観賞することとしました。
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パンフによると花菖蒲の見頃は5月下旬から6月とありましたが、まだちょっと早かったようです。
5000株60種類も植えられているといいますから満開となると壮観でしょう。
区別が難しいですが、アヤメは乾燥地に5月上中旬に咲き、花菖蒲は湿地に咲きます。
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カキツバタは湿地に5月中下旬に咲くとのことです。
↑渓流ゾーンもあり、気付かず行きませんでしたが、奥には滝もあるそうです。
もう一つのこの時期の花も見ようと来ました。

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2020年4月26日 (日)

本殿に三面ある江戸時代の彫刻を見ることができる大和田氷川神社

4月25日から5月6日までの「ステイホーム週間」前の先週末のことです。
新座市のOSCデオシティ新座に近い柳瀬川沿いには、多くの人が散歩などをしていました。
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外とはいいながらも、この人道橋の上などは「3密」が心配となるような感じでした。
所用で行った新座市大和田のこのすぐ近くに、氷川神社があるというので立ち寄ってきました。
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↑道路である埼玉県道113号川越新座線からの入口には赤い神橋があり、蓋掛けされていますが間に水路があったようです。
大和田の氷川神社は、縁起によると延暦21年(802)の創建といわれる神社です。
平安時代初期ということになります。
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↑赤い三ノ鳥居は、両部作りといわれるものでした。
この氷川神社のある大和田一帯は、古くから鎌倉幕府の支配する土地である国衙領だったそうで「大和田郷」といわれていました。
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↑狛犬のすぐ奥には、さらに一対の狛犬がいますが、こちらは江戸時代のもののようです。
拝殿には、やはり氷川神社だなあと感じられる太く立派な注連縄が飾られていました。
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↑入母屋造りの本殿は、江戸時代の享和年間に再建されたものです。
正面に千鳥破風と唐破風の向拝を付けています。
さらに、この本殿には素晴らしい彫刻があり、しかも見ることが出来ます。

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2020年4月12日 (日)

富士塚のある三芳町上富の浅間神社と様々な名前の石碑

埼玉県道56号さいたまふじみ野所沢線は、三芳町上富の辺りでは、特産品である「富の川越いも」を生産している農家が軒を連ねることから、「いも街道」と言われています。

その三芳町の北端に近い道路沿いに、浅間神社があります。

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三芳町の設置した文化財の案内柱には、浅間神社と書かれています。

社殿の中の社額には富士嶽神社と書かれていました。

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天保4年(1834)の勧請と伝えられています。

この社殿の北側には富士塚があります。

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八軒家をはじめ近隣の富士講の人々により信仰されていました。

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↑山の中腹には、小室浅間神社という石碑があります。

塚の高さは6メートルほどですが、かなりの急斜面で登山道もなく、上りはなんとか行けるものの、下りはかなり慎重に歩かなければなりません。

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2020年3月29日 (日)

富士見市にある関東に2つしかないという阿蘇神社は境内社が数多い

埼玉県富士見市東大久保の道路を車で走っている時に、「鎮守阿蘇神社入口」という看板を見かけました。

阿蘇神社とは珍しいなと立ち寄ってみました。

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関東には、羽村市とここにしかないそうです。

富士見市の観光パンフに、そのように書かれていました。

松の木が立派だなと思い参道を進むと、手水舎の横にある境内社がいくつも並んでおり印象的でした。

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神社の説明板には境内社の名として、八坂社、山神社、子安社、疱瘡社、稲荷社、琴平社と書かれています。

阿蘇神社の祭神は阿蘇比女之命(アソヒノミコト)といい、女性の神です。

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阿蘇神社という名から、阿蘇山が御神体なのかと思っていましたが、神武天皇の孫が神となる神話があるようです。

そして、こちらの祭神は、そのストーリーにある健磐龍命の妃となります。

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↑拝殿と覆殿と隙間から見える本殿は趣があります。

さらに、この参道の左にも鳥居があって、もう一本の参道があります。

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2020年3月15日 (日)

茶畑の中のこんもり林にある三輪神社とそこにあった渋沢栄一書の記念碑

入間市西部には「茶どころ通り」という道路もあるくらいで、広大な茶畑が広がっています。

そうした茶畑の中に、こんもりとした林があります。

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↑埼玉県から「ふるさとの森」に指定されています。

入間市三輪神社社叢ふるさとの森です。

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↑その名の通り、三輪神社の境内林になります。

ここは地名も中神といいます。

かつて琵琶を弾く翁と媼がいて、村人は国津神と敬い、村を中神村、ここを比和野と呼んだそうです。

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承平6年(936)藤原秀郷が狩りの際に彼らに出会うと、宇賀彦、宇賀姫であるといわれ、ここに比和野大明神として社を建立したといいます。

万次2年(1659)には三輪山をご神体とする大神(おおみわ)神社を勧請して、社号を三輪大明神と改めたそうです。

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万延元年(1860)に拝殿を改築する時に書かれた天井絵は幅約6.1メートル、奥行き約3メートルの雲竜の墨絵で、入間市指定有形文化財となっています。

拝殿、幣殿、本殿と並ぶ立派な社殿です。

こんな茶畑の真ん中に?と思うくらい素晴らしいところです。

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2020年3月 8日 (日)

朝霞市指定史跡らしく感じられない広沢の池とその水の出口と広沢観音

東武東上線朝霞駅から600メートル程の距離を真っ直に南に向かうと「広沢の池」があります。

京都にも同じ名前の有名な池があるようですが、こちらは朝霞市指定史跡となっています。

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東西50メートル、南北25メートルで面積約1000平方メートルと、それほど大きくはありません。

広沢の池の崖上には、かつては雑木林の広沢原が広がっており、それらの地下水が崖下に湧き出る湧水地です。

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↑確かに西側の朝霞中央公園の方から見ると、結構な高低差があることが分かり、建物2階の屋根しか見えません。

江戸幕府により文政年間にまとめられた「新編武蔵風土記稿」にも記載があり、広沢の池の水が東に流れ、七ツ釜の水と合流して越戸川となり、灌漑用水として利用されていたといいます。

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↑池際には不動明王像があります。

背中合わせにあるのは、池の横なので弁天様でしょうか。

さらに西側の敷地には、広沢観音があります。

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かつては、もっと南の山の上にあったのですが、天正18年(1590)北条氏照により城山合戦の際に焼かれてしまったといいます。

そこを堂山というそうですが、今ではどこかわかりません。

入間郡の城山合戦というと、いくつか思い出すところがあります。

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2020年3月 1日 (日)

川越市古谷にあるのに古尾谷八幡神社という県指定文化財である神社と灌頂院

JR埼京線というか正式には川越線の終点川越駅一つ手前には南古谷駅があります。

地名も古谷本郷の、さらに古谷八幡通り沿いに「古尾谷八幡神社」はあります。

古尾谷庄総鎮守であり、名称は古谷ではなく古尾谷といい、縣社にもなっていました。

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隣りには広い駐車場もある大きな神社です。

一ノ鳥居の先にはニノ鳥居、三ノ鳥居まで見えます。

慈覚大師が石清水八幡宮の分霊を祀り、貞観4年(863)に創建したといい、この辺り古尾谷庄は石清水八幡宮の荘園だったそうです。

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↑ニノ鳥居は明和年間(1764〜1772)のもので、道を挟んである三ノ鳥居は慶長元年(1648)に建立されたものといいます。

源頼朝や北条氏政、当地領主であった古尾谷氏などの崇敬を集め、天正19年(1591)には徳川家康から社領50石の御朱印状を拝領し、その寄進状は川越市指定文化財となっています。

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↑ちょっと左を見ると、境内に稲荷社もあります。

赤い鳥居が数多く立てられておりキレイですが、こちらの鳥居は新しいようです。

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↑古尾谷八幡神社に戻り、手水舎も風情があります。

ここは南古谷駅からもかなり離れているし、住宅地でもなく、人通りは少ないところです。

参拝者も少ないせいか水が無いのがちょっと残念でした。

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↑参道正面には拝殿、そして後ろには本殿があります。

こちらは埼玉県指定有形文化財といいますが、ちょっと新しそうなのが不思議です。

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2019年12月29日 (日)

首都高速のさいたま市与野でループを描く不思議な道路形状と与野ジャンクション

首都高速5号池袋線を走っていくと、荒川を渡り埼玉県内では新大宮バイパス上を通っており、美女木ジャンクションからS5号大宮線となります。

その与野出入口のところを北側から見ると、首都高速道路は大きく東西に分かれていくように見えます。

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近くのイオンモール与野の駐車場からも、北に向けては左右に広がっていく高架道路が見られます。

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しかし、実際には首都高速道路自体は東西に別れずに、上り下り車線とも東に向かい、S2号新都心線となっています。

下り車線は西に向かわず、ループを描いていきます。

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どうしてこんな形状となっているのか不思議なところです。

実は、まあ誰でも想像する通り、新大宮バイパスの上部を北へと向かう道路計画があります。

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新大宮上尾道路という、さいたま市中央区から鴻巣市に至る延長25.1kmの高架構造の自動車専用道路です。

与野から上尾南までの8キロメートルから先に整備されるようです。

与野ジャンクションとなるために、こんな特殊な道路形状となっています。

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↑円阿弥交差点北東側から南を見ていますが、あるはずの3本の道路は見えません。

左はS2号線上り車線、右は与野出入口です。

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↑なぜか、交差点北西側から見ても2本の道路に見えます。

左が与野出入口、右がS2号線下り車線です。

将来、ジャンクションとすることを想定して、いわゆる「イカの耳」があります。

ループのところも下から見てみましょう。

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2019年12月15日 (日)

昔の面影のある崖線上の鎌倉街道と三芳町唯一の湧水のある竹間沢こぶしの里

国道463号線浦和所沢バイパスは交通量の非常に多い道路ですが、100メートルほど道から横に入るだけで自然いっぱいの場所もあります。

OSCデオシティ新座やマクドナルドのすぐ近くですが、鎌倉時代当時のような鎌倉街道に出会えます。

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最初は地形が分からなかったのですが、周囲を歩き回ってみると崖線の上の縁を通っているようです。

近くを流れる柳瀬川により形成された崖線でしょうか。

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↑ここにこんな鎌倉街道があるとは知りませんでしたが、三芳町歴史民俗資料館のところにある地図で知りました。

その道の曲がった箇所に「こぶしの里と鎌倉街道」との表示板があります。

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少し進むと、古井戸山の石仏のところで、崖を下りていく「竹間沢こぶしの里」の入口があります。

この角には、宝暦8年(1758年)に造立された馬頭明王像と地蔵菩薩立像(古井戸地蔵)があります。

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この辺りは三芳町唯一の湧水池と町のHPに書かれていましたが、ここだけで湧水箇所は多数あるようです。

林の中を下の方を見ると、かなりの高低差があるようです。

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調べてみると、18メートルほどあるということです。

水音が聞こえてきます。

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↑下に着くと、思っていた以上に大きな池がありました。

水音の元を辿って見に行ってみます。

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2019年12月 8日 (日)

ときがわ町の雀川にある砂防ダムは公園が併設されていて駐車場もある

砂防ダムまたは砂防堰堤といえば、通常は目にすることのないような山奥にひっそりとあるというイメージです。

現に前回は、赤坂沢の砂防ダムにたどり着くことが出来ませんでした。

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↑ときがわ町にある雀川砂防ダムは公園内にあり、しかも駐車場もありますから、気軽に行くことのできる珍しい砂防ダムです。

埼玉県道30号線からの西に向かう入口は標高106メートルほどで、そこには案内看板もあります。

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↑雀川砂防ダム公園といい、その地形を生かして、お花見・イベント広場、展望広場、渓流広場の3つのゾーンに分かれています。

ダムを下から見ることができるところが、お花見・イベント広場です、ここの標高は150メートルほどです。

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↑メインのダムの手前にもう一つ少し小さなダムもあるようです。

確かに砂防ダムというと、川の急流部にいくつか連続で設置されているイメージがあります。

砂防ダムは土石流を食い止めますが、いくつか設置することで、川の勾配が緩やかになり、流れのスピードが落ちることで大きな石から堆積するといいます。

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砂防ダムというと、あまり大きくないものをイメージしていました。

↑しかし、メインの雀川砂防ダムはダム高17メートルもあり迫力があります。

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↑この2基の他にも、公園のすぐ下流に別の砂防ダムはありました。

続いて、眺望を期待して、展望広場に行きます。

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