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51埼玉県

2017年11月12日 (日)

入間航空祭2017ではなかなか帰らない帰投見物人がロープで少しずつ追い出されるが、誘導路をバスで走れたからまあ良かった

前回に引き続き、入間航空祭2017の話です。

ブルーインパルスの展示飛行が終わり、F-15JとF-2が帰投してしまい15時になると、「全てのプログラムは終了しました。この他に本日帰投する航空機はありません。」とのアナウンスが流れました。

でも、帰らない人が大勢います。

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混雑で展示されているヘリコプターを見ていなかったので、写真を撮ろうかと思いましたが、近づけないほどの人がいます。

↑期待通りというか、海上自衛隊の哨戒ヘリSH-60J(シーホーク)のジェットエンジン音が鳴り響き始めました。

飛び立つかと、さらに人の輪が広がっていきますが、このアイドリングが長いことは3年前の経験から知っています。

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↑予想通り、15分ほど経ってから飛び立ちました。

このヘリは今年8月に青森沖で墜落したものと同型機なので、こんな間近だとちょっと不安感も感じちゃいます。

だからではありませんが、後方からだったのでいい写真は撮れませんでしたが、今日はこういうちょっと引いたスタンスですから構いません。

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↑続いて陸上自衛隊の対戦車ヘリAH-1S(コブラ)も飛び立ちました。

これまでは陸自からは、観測ヘリOH-1(ニンジャ)や多用途ヘリUH-1J(ヒューイ)も来ていましたが、今回は1機だけのようです。

次に埼玉県警のヘリも飛び立ちます。

むさし、みつみね、さきたまの3機があるようですが、残念ながら名称はわかりませんでした。

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見物客が多くいるため、派手な飛行で帰って行くへりが多いのですが、この埼玉県警ヘリはバックしながら上昇するという技を見せてくれました。

迷彩色の自衛隊ヘリに比べて、警察のヘリは色も派手できれいです。

時間としては15時半過ぎになりましたが、みんな帰らないので、自衛官の方が滑走路前の規制線のロープを少しずつ後退させていきます。

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でも、航空自衛隊の輸送機C-130H(ハーキュリーズ)のエンジンが始動してプロペラが回り始めましたから、写真を撮る人が大勢いて帰ろうとしません。

そうした中でも規制線のロープはどんどん後ろに下げられていき、見物人もカメラを構えながら後退し、滑走路からは大分後退し少しずつ出口に向かって歩いていくことになっています。

↑そのため、C-130Hが滑走路の北側から離陸を始める時には、たまたまラッキーなことにロープ前の先頭に立っていました。

アメリカ空軍の軽輸送機C-12(ヒューロン)も手前の誘導路を北に向かっていきます。

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↑ブルーインパルスが駐機している向こう側からC-130Hが飛び立っていきました。

アメリカ空軍のUH-1(ヒューイ)が飛び立とうと少し浮き上がりましたが、なかなか飛んで行きません。

どうしたのかと思っていると、

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2017年11月 5日 (日)

入場者が減少傾向という入間航空祭2017に3年ぶりに行ってみれば逆に増加して客層も変化

入間基地の入間航空祭には4年前(2013年)に初めて行きましたが、その年はテレビドラマ「空飛ぶ広報室」が放映され、32万人という入場者で大混雑でした。

西武池袋線もその影響でダイヤが乱れて、下り臨時改札口から基地内の会場に行く踏切が開かなくて大変だったものです。

しかも、ブルーインパルスの展示飛行はドクターヘリが飛行したことから途中で中止になったので、3年前(2014年)にも見に行ったところ、入場者はやはり29万人で大混雑でした。

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人混みは嫌いなので、それからは2回連続で行きませんでしたが、その間の入場者は20万人、13万人と減少したといいます。

↑このペースなら今年は10万人割れかなと思い、3年ぶりに行ってみることにしました。

午後のブルーインパルスの演技直前に到着したのですが、あまり混雑ぶりは変わっていません。

西武池袋線稲荷山公園駅は混雑すると思い、新宿線狭山市駅から早歩きで20分ちょっとでしたが、こちらから歩いている人はむしろ増えているように思えました。

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↑13時5分のウォークダウンが始まる頃に到着しましたが、13時25分ようやく出発です。

なるべく空いているところを探して、エプロンの一番北寄りから見ることとしました。

これまでの経験から滑走路の南から北に向けて離陸するので、見やすい南側が混雑すると思ったからです。

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↑離陸前にもスモークを噴き出して、いよいよ離陸ということですが、今日は北から南に向けて離陸のようです。

考えてみれば、航空機は向かい風になるように離着陸するのですから、風向きで方向が変わるのは当たり前です。

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これまで1.5回ブルーインパルスを見て感動したものの、実はあまり印象が残っていません。

↑なぜかと思えば、こうしてブルーインパルスの機影を撮ろうと必死になって、あまり演技を見ることが出来ていなかったのです。

ですから、今回はカメラ越しではなく、じっくり目で見ることとしました。

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そして、スモークで作られた雲の模様というか造形を中心に写すこととしました。

おかげで、目の前で向かい合う2機がギリギリにすれ違ったり、背面飛行や90°ずつ回転しながら飛ぶアクロバット飛行をじっくり見ることが出来ました。

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↑2機でハートを空に描いていきます。

バーティカルキューピッドという演目だそうですから、どうなるのか楽しみです。

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2017年10月29日 (日)

彩の国 音かおりの里は木々の音や鳥の声を聴けるいいところだがちょっと古くなっているかも

またまた地図を見ていて気になった「彩の国 音かおりの里」というところに行って来ました。

大宮駅から西へ2.5kmほどのところで、さいたま市大宮区の境界から西区に入ったところになります。

北の方から向かい入口を探しましたが、大宮西高校グラウンドに面した南側にありました。

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↑撮影した角度が悪く、「か」が抜けて「彩の国音おりの里」となってしまいました。

1997年に隣の「さいたま市鴨川みずべの里」とともに公園となっており、こちらは名称に「彩の国」とついているように、埼玉県が設置したもので、管理はさいたま市がしているようです。

音やかおりに親しむことにより、身の回りで発生する騒音や悪臭について考えてみようという目的があるそうです。

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↑(クリックすると拡大します)自然の音とかおりの小さな博物館とも書かれています。

まず、「かおりの花の広場」がありますが、強い雨が降り、風も強いせいか、あまり四季の花のかおりは感じることができませんでした。

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↑次に「かおりの音の家、水底のベンチ」があります。

ここには屋根があり、木の筒でできた音具があるはずなのですが、壊れてしまっているのか音はしていません。

雨の音も聞けるということですが同じで、雨も風は強いのに残念です。

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↑「ささやきの壁」といい、手前の半径4m長さ8mの小さい円弧と奥の半径30m長さ50mの大きい円弧があり、端でささやいた声が反対の端で聞こえるというもので、大きさによる違いを試せるようになっています。

子どもが楽しく学べるように作られているのでしょうけれど、非常に寒い雨の日ですので子どもはいませんでした。

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↑長い壁の円弧の中心点には足形の石があり、ここで壁に向かって手を叩くと、反射音がよく聞こえます。

壁との間にあるのは「足音のみち」といい、木の板や金属の板の上を歩いて、音の違いを感じられるようになっています。

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この道の途中にある椅子は「聞き耳のイス」といい、ここの他にもいくつか設置されていて、回転式でいろいろな方向を向くことができ、座ると耳の後ろの部分に集音板が付いています。

これにより、水辺で休む鳥たちの声が聞けると書かれていますが、ちょっと不思議です。

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2017年10月 1日 (日)

橋台、橋脚が早くも完成した東所沢の東京狭山線工事とおいしい珈琲が飲める店

弊ブログでは何回か話題としてきている、都道と埼玉県道である練馬所沢線となる東京狭山線(新東京所沢線)の東所沢周辺の工事進捗の様子を見に行きました。

国道16号線の狭山市から所沢方面に向かう片側2車線の広い道路なのに、東所沢のところで行き止まりになって東京都につながっていないあの道です。

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↑空堀川と柳瀬川の合流する小金井街道の清瀬橋方面、つまり東京都側から行ったのですが、平成28年ゴールデンウィークからは1年半しか経っていないというのに、驚くほど工事は進んでいました。

20mもの高低差がある地形のため、橋梁及び堀割形式で整備しているのですが、この舗装された面の奥に向かって橋梁として上に上がっていく設計です。

ちなみに、左に見える道は下り方面が渋滞している小金井街道です。

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↑行けるところまで近づいてみると、掘割部分のボックスカルバートは出来上がっているようで、向こうの東所沢側が見通せるようになっています。

橋梁部分の橋台や橋脚も出来ています。

途中にいくつかこの計画道路を横断する道があるので、近くに行って見ることにします。

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↑アップで見ると、やはり7%の勾配の道路を下側から支える橋台は頑丈そうなものです。

前回の復習になりますが、この工事の様子は全体像がわかりづらいので、工事の概況の説明です(クリックすると拡大します)。

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橋脚は4本あるようなので、さらに西側の道路に向かい、東側の橋脚を振り返ってみます。

高さこそそう高くはないものの、立派な橋脚です。

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この道から上の方の橋台を見てみると、やはり両側4車線の20m幅員の道路を支えるだけあって、やはり大きいです。

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工事看板によると、工期は平成28年9月29日までとなっていますから、当初予定通りに橋梁下部工が終わったということでしょう。

擁壁となると思われる鋼矢杭が見えるのですが、これがどういう形態で完成するのかが、ちょっと不思議です。

高低差20mを登るのはきついですが、上の様子も見に行くことにします。

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2017年9月 3日 (日)

鉄道カフェSTEAM LOCOMOTIVEではいくつものジオラマに鉄道模型が走りまくっている

ららぽーと富士見は立川立飛より少し早く、平成27年4月にオープンしました。

以前休日に国道254号線バイパスを通った際、ここの駐車場へ入っていく非常に数多い車を見て、さぞや混雑しているのだろうと思っていました。

しかし、平日に行ってみると、さすがに空いていました。

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↑ジオラマの右側にあるのは、ららぽーと富士見の建物ですが、実際には鉄道はすぐ近くに通ってはおらず、東武東上線鶴瀬駅からバスで6分ほどのところにあります。

無料シャトルバスは運用されていません。

駐車場は4600台分あり、平日も休日も終日無料です。

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このジオラマはその3階の「鉄道カフェSTEAM LOCOMOTIVE with ポポンデッタ」にあるものです。

模型店であるポポンデッタに鉄道カフェSTEAM LOCOMOTIVEが併設されているのです。

どんなところか興味があり入ってみました。

先ほどのららぽーと富士見のジオラマは店の外側からも見られますが、着席して、ジオラマの中を走っている鉄道模型をじっくりと見るためには、何か注文する必要があります。

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セルフ方式で、自分で座席を確保してからレジで注文する仕組みのようです。

さほど空腹でもなかったのですが、ピザトースト680円を頼みました。

340円の飲み物も平日は200円でセットにできるということで、アイスコーヒーと合計880円です。

大きなジオラマが一つあって、その周りに座席があるのかと思っていましたが、そうではなくいくつもあります。

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↑こちらは先程とは別のジオラマで、ついたての両側から向かい合う形で、右側はカウンター、左側はテーブル席となっています。

来ているお客さんは、お母さんと小さい男の子という組合せが何組もいました。

奥に見える入口近くに写っているタワーのようなものは何でしょうか。

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2017年8月27日 (日)

イオン狭山のすぐ裏にある入間川の上奥富用水堰からの流れは滝のようで美しい

狭山市の国道16号線沿いには、イオン狭山とイオン武蔵狭山の2つがあります。

狭山市駅からこの2店舗を循環する無料シャトルバス送迎バスも1時間に3本運行されています。

1kmも離れていないところに立地していて不自然に思われますが、カルフールが日本から撤退してイオンに売却されたため、そこがイオン狭山となっています。

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↑その店舗のすぐ裏側には入間川が流れているので、買い物のついでに川沿いの様子を見に行ってみました。

5年前の春に、入間川の左岸側にある入間川自転車道を走ったことはありますが、こちら右岸側は初めて来ました。

入間川の流れを見てみると、大量の水があり湖のようです。

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↑上流側で、奥に見えるのは埼玉県道261号線の昭代橋です。

↓下流側を見ると、堰により水がせき止められているようです。

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思った以上に大規模な堰ですが、農業用水のためのもののようで、「上奥富用水堰」だそうです。

堰から流れる水を見てみると、きれいです。

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真横だと分かりづらいかもしれませんが、少し大げさに言えば「ナイアガラの滝」のように幅広い美しい水流です。

テトラポットも規則正しく整然と並んでいます。

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水面間近で下から見上げて見てみたいものですが、近くには行けないようです。

少し下流に向けて歩いてみます。

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2017年8月13日 (日)

さきたま古墳群より200年古く、家康も来ていたという新河岸川沿いの権現山古墳群

埼玉県にある古墳といえば、行田市にある「埼玉(さきたま)古墳群」が有名であり、埼玉県という名称の起源とも言われており、4年前に見に行きました。

しかし、それより200年前の3世紀後半の古墳が、ふじみ野市にあるというので行って来ました。

邪馬台国の卑弥呼が3世紀前半の239年ですから、そのたった50年後ということですから驚きです。

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「権現山古墳群」といい、武蔵野台地が新河岸川と接する崖の上の見晴らしのいい場所に造られた古墳12基からなる古墳群です。

今から1700年前の古墳時代前期の古墳が現存することは少なく、埼玉県指定史跡となっています。

↑「権現山古墳群史跡の森」として保全されていますが、全体が小高い丘のようになっています。

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↑一番大きい2号墳は、全長32mの前方後方墳です。

よく耳にする前方後円墳ではなく、前も後ろも「方」、つまり四角形です。

この辺り一帯を治める首長の墓と考えられています。

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手前が前方部ですが、正方形ではなく、扇を広げたように手前部分の方が長くなっていて、初期古墳の特徴を示しているそうです。

↑今では木々に覆われてよくわかりませんが、奥には新河岸川越しに遠くまで見渡せるところです。

道路を挟んで、その新河岸川の崖があります。

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↑見づらいですが下の方の明るいところが新河岸川の流れで、崖から人が誤って落ちないように柵があります。

古墳群は、先程の2号墳以外は、残りはすべて四角形の方墳です。

2号墳と↓の7号墳からは、底にわざと穴をあけた土器が出土されました。

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埋葬儀礼に使われ、後に埴輪に発展する前段階のものと考えられています。

荒川下流域にも古墳文化があり、そんなものもで出土していたとは知りませんでした。

ところで、何でここを「権現山」というのか不思議に思っていました。

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2017年7月16日 (日)

川越にある国指定史跡になっている河越館跡は土塁や空堀もある芝生の広い公園

こんなに暑くなっていない、しばらく前の話になりますが、川越市にある河越館跡に行きました。

川越城は川越市街地からそれほど遠くない1.5km程度のところにあり、先日利用した自転車シェアリング駐輪場もありましたが、こちら河越館跡にはありません。

本川越駅からは3km以上北西に離れていており、入間川を渡った先ですから、シェアサイクルで来ることは想定されていないようですが、車で来ることは考えられていて、無料駐車場はありました。

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国指定史跡である河越館跡は「河越館跡史跡公園」として整備されており、空堀や土塁も保存されています。

1969(昭和44)年に国指定に向けた検討が開始され、1984年(昭和59年)には指定されましたが、調査、発掘などを経て、2009年(平成21年)史跡公園としてようやくオープンしました。

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この場所に居を構えていた河越氏は、平安時代末(12世紀後半)から南北朝時代(14世紀中頃)にかけて、武蔵国で勢力を誇った武士です。

1184(元暦元)年、河越重頼の娘は源義経の正妻として嫁ぐなど隆盛を極めましたが、義経の縁者として源頼朝に滅ぼされ、勢力を失いました。

鎌倉時代中期以降、武蔵国の筆頭格となるなど回復しましたが、1368(応安元)年に平一揆(へいいっき)を組織した河越直重が、鎌倉府に河越館の戦いで敗れ、歴史の表舞台から姿を消しました。

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↑当時の井戸跡ですが、武蔵国では素掘りの井戸が多く、このように板材で囲った井戸は珍しかったようです。

↓ここには周囲を溝に囲まれて盛土に礫を葺いた塚状の遺構があったようです。

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おそらく霊廟や納骨堂だったと推測されています。

河越氏の屋敷地を区画していた堀があり、その外側の道路跡があります。

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河越氏がいなくなった以降も、ここは戦いの拠点でした。

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2017年7月 2日 (日)

吉見百穴よりも大規模な500基以上あるという黒岩横穴墓群がある八丁湖公園

地図を見ると、埼玉県吉見町にはいくつも池のようなものがあるので、それを見に行ってきました。

その一つは八丁湖公園となっており、駐車場もありそうなので車で行きました。

行きの国道463号線所沢入間バイパスと409号線経由では2時間近くかかってしまいましたが、帰りの254号線バイパス経由では1時間半でした。

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吉見町公式サイトによると、丘陵の裾に人工的な沼が点在していますが、これらは水田耕作のために造られた溜め池ということです。

八丁湖もこうした人工的な沼で、その面積は約52,000㎡です。

湖と名付けられていますが、沼や池という感じです。

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↑湖を一周できるように1600mのウォーキングコースとして整備されています。

少し遠回りをする2100mのジョギングコースもありますが、こちらは途中に結構な坂道も含まれています。

八丁湖はふしぎな形をしており、漢字の「土」という字のような形です

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八丁湖もかつては、八丁八反の沼と呼ばれていましたが、実際の面積は八丁八反だったわけではありません。

八という数字は末広がりで、しかも、多いと言う意味で使われ、重ねると語呂が良いというところから、八百八町、八百八橋という言葉が生まれたのと同じだそうです。

現在の「八丁湖」という呼び名は第二次大戦後に付けられましたといいます。

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↑山というか丘陵に囲まれた自然豊かな所で、鳥の鳴き声が数多く聞こえますが、その鳥の説明ボードは数限りなくあります。

あのオオタカもいるということです。

歩いていると、ホーホケキョというウグイスの声が聞こえてきます。

春のイメージが強い鳥の声を、蒸し暑い梅雨空の下、聞くのも妙な感じです。

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さて、今日のもう一つの目的地は、黒岩横穴墓群で大正14年に埼玉県指定史跡となった横穴墓群です。

この吉見丘陵の北東部に位置する八丁湖に隣接しており、古墳時代後期から終末期といいますから6世紀ころに造られたと考えられています。

なんとなく横穴らしきものがいくつか見えますが、草木が生い茂りわかりづらいです。

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もう5年も前のことですが、吉見百穴を見た時は、いかにも横穴がたくさんありました。

国指定史跡で、しかも入場料も徴収していましたから草刈りとかされていたのでしょう。

こちらは県指定史跡で、しかも無料ですから仕方ないのでしょうか。

はっきり分かるところを探します。

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2017年6月18日 (日)

埼玉県南部唯一の前方後円墳の柊塚古墳と黒目川の終点にあるゼロキロポスト

黒目川沿いを自転車に乗って下流方面に向かって、再び朝霞市まで行きました。

先日行った城山公園の少し先に、埼玉県南部で唯一、墳丘が現存する前方後円墳があるというのです。

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↑黒目川の右岸側すぐ近くですが、中央部の木の生い茂った小高い丘のようなところに位置する「柊塚(ひいらぎづか)古墳」です。

柊塚古墳歴史広場として整備されており、駐輪場だけでなく駐車場までありました。

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↑馬形のモニュメントがありますが、ここからほんとうに馬形埴輪が発掘されたそうです。

墳丘は標高21mの位置にありますが、黒目川下流部のこの辺りは標高3m程度しかありませんので、標高差は20m近くあります。

柊塚古墳は発掘調査の結果、6世紀前葉のものといい、埋葬施設は二カ所あるようですが、誰の墓かはわかりません。

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埼玉県といえば、4年前に行った行田市にある「さきたま古墳群」が有名ですが、県南部にもこんな古墳があったとは知りませんでした。

古墳の墳丘の周りには周濠もあったようです。

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現在でも「後円墳」の部分は形がわかりますが、「前方」(前の方ではなく、前にある四角形)の部分は原型を留めていません。

住宅等で開発されてしまったようです。

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↑右のほうが、前方の部分ですが、切れてしまっています。

円墳の裏側に廻ることができますが、頂上部まで登れる通路があるのですが、入口が閉鎖されています。

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この公園には不思議な形だなと思われる小さな建物がありました。

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