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03東村山市

2016年11月13日 (日)

東村山市内の空堀川の旧河川敷をたどると野口橋も位置が変わっていた

今週は空堀川を上流方面に向かいますが、東村山市内では河川改修工事も終了しているようで、川沿いには自転車で気持ちよく走れる歩行者自転車専用道が整備されています。

久米川駅の近辺で、空堀川は西武新宿線の下を流れているのですが、この道も西武新宿線をアンダーパスしていきます。

その上流側のスロープを登りきった地点はなぜか、川から少しズレた位置になります。

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↑空堀川はやや左に流れており、右に見えるのは線路をオーバーパスしている新青梅街道の栄町陸橋です。

そして、この目の前には閉鎖された細長い空間があります。

どうやら、河川改修前の空堀川の流れがあったところのようです。

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↑少し先の道路から見ても、同じような空間が続いています。

家にあった少し前の地図を見てみると、やはりこちらが以前までの空堀川の流れだったようです。

1時間当たりの雨量50mmに対応するための河川改修工事が行われ、蛇行する川の流れを真っ直ぐに変えたようです。

今でもこの旧川敷が、この辺りの町名の本町と栄町の境になっています。

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↑新青梅街道の渋滞情報などでよく見る、野口橋交差点は府中街道との交差点ですが、その野口橋はこの細い空堀川の橋の名前だったということです。

交差点から南の府中街道を片側2車線ずつに拡幅する際に、空堀川の野口橋も新たに設けられたようです。

現在は少し盛り土されており、橋の面影はありません。

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↑新しい野口橋は川幅も50m近くになっており幅広いため、立派なものに架け替えられています。

こうして、ところどころに親水のために川面に降りられる階段もあります。

この府中街道は新青梅街道の北側は片側1車線ずつで、しかも西武新宿線とは踏切交差します。

その解消と拡幅のため、東村山駅周辺の連続立体交差化工事が進められています。

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↑野口橋から西の上流部にも、旧河川の細長い空間が新青梅街道に沿って続いています。

もう少し行ってみました。

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2016年9月 4日 (日)

復旧工事現場を3回に渡って見に行ってきた西武多摩湖線のかなり早い開通

前回ご報告したように、台風9号の影響で立ち往生していた西武多摩湖線の電車は、約一週間ぶりに牽引されて、現地から搬出されました。

法面崩壊による土砂流入と架線柱の倒壊という大きな被害ですから、復旧まで一ヶ月程度かかると西武鉄道は報道発表していました。

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↑8月28日の電車が動かされる時の様子では、この上り電車の進行方向である武蔵大和駅方面(右側)の架線柱はありますが、左側には架線柱は立ってなく、架線は手前側の下の方に垂れ下がった状態だし、法面もかなり崩壊していました。

それが当初予定よりだいぶ早く、9月6日(火)には開通するということが西武鉄道より報道発表されたので、復旧後の様子を9月3日(土)夕方に再び見に行ってみました。

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↑ブルーシートの位置から見てみると、確かに、左側には新しい架線柱が立てられ、架線も張られていました。

しかし、まだ、線路の上に何やら覆工板かゴムシートかわかりませんが敷かれており、これは西武遊園地駅方面にしばらく続きます。

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↑8月28日の150mほど西武遊園地駅寄りの様子ですが、この部分は線路を剥がして作業をしているのだと思っていました。

ここは唯一、近接している道路から出入りできるところなのです。

↓9月3日に改めてよく見て気付きましたが、こうして小型重機が通れるように線路の上に土嚢を乗せて、さらにその上に覆工板を敷いているようです。

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西武鉄道HPでは9月2日(金)現在では、8月25日レール撤去は既に行われて、レール敷設はまだ行われていないことになっています。

では、線路を新たに敷くとしたら、土曜日にこのような状況で、火曜日の開通に間に合うのでしょうか。

月曜日には試運転もするでしょうから、日曜日にはレールが敷設?され、少なくともこの覆工板が無くなっていなくてはいけないはずです。

ということで、9月4日(日)夕方、またまた見に行きました。

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↑翌日の同じ位置には、見事に線路はきれいに敷かれており、上には何も無くなっていました。

事故から約2週間ぶりに線路が姿を現し、明日は試運転も行われることでしょう。

法面崩壊したところがどのように変化したかも、工事前後での様子を見てみます。

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2016年8月28日 (日)

台風で動けなくなっていた西武多摩湖線の電車を見に行ったら牽引して動きだした

台風9号により各地で被害がありましたが、西武多摩湖線では法面(線路わきの斜面)崩壊による線路への土砂流入で、電車が持ち上げられてしまい動けなくなってしまいました。

そのため、8月22日(月)昼頃から萩山駅から西武遊園地駅間で運休となっており、復旧には1か月程度かかる見込みといいます。

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ニュース、新聞の報道によれば、線路の両側が法面とのことですから、場所は多摩湖沿いの都立狭山公園のすぐ横のはずなので、見に行ってみました。

↑本日8月28日(日)15時過ぎ、電車の進行方向の前面に機関車のような車両が連結されて、作業が行われています。

奥が西武遊園地駅、手前が武蔵大和駅、国分寺駅行きの電車は手前に向かって走っていたところで、左側は狭山公園になります。

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↑ブルーシートで覆われたところが崩壊した法面ですが、すぐ横が住宅地でびっくりしました。

住宅に被害がなく良かったです。

しばらく電車は動けないものかと思っていましたが、短い警笛が鳴って、少し動きました。

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流入した土砂で動けなくなっていたということでしたが、無事土砂を取り除き、動かせたのでしょう。

少し動かしてから、再び復旧作業をするのかと思い、最後尾の方を見に行こうかと歩いていると、再び短い警笛が鳴って、電車がゆっくり動き出します。

普段は公園内でもあまり人のいないエリアですが、今日は家族連れや高級そうなカメラを持った鉄ちゃんらしき人など数多くの人がいます。

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雨上がりで土はツルツルした斜面ですが、走り出す人もいます。

私も、見やすいところに戻ります。

↑武蔵大和駅ホーム近くまで、ゆっくりしたスピードで先頭車両が来ます。

係員の方々が目視で、歩きながら安全を確認しながらの走行ですから、まさに歩くのと同じ速さです。

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↑4両編成の最後部の車両も武蔵大和駅ホームに到着です。

月曜日に立ち往生して、ようやく日曜日に次の駅に到着です。

この後、どこまで行くのか追いかけてみましょうか。

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2015年11月 1日 (日)

柳瀬川の支流である東村山市、東大和市を流れる前川の源泉を探しに行く

2か月ほど前には、都県境の柳瀬川支流の「北川」の源泉をたどって、多摩湖近くの宅部池に行きました。

今回は、同じく柳瀬川支流の「前川」の源泉探しに、久しぶりに自転車で出かけます。

西武新宿線すぐ脇の北川と柳瀬川の合流地点である二瀬橋から数百m上流で、前川と北川は合流しています。

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↑この前は右の「北川」に沿っていきましたが、今回は左の「前川」です。

標高は60mほどです。

この辺りは住宅街であり、また久米川古戦場跡のすぐ近くでもあります。

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↑徳蔵寺橋の向こうに見えるのが、徳蔵寺ですが、国重要文化財に指定されている「元弘の板碑」があるところです。

今回は立ち寄りませんでしたが、徳蔵寺板碑保存館があり、その他にも数多くの板碑が展示されているようです。

川沿いの道も途切れがちで、西武西武園線も川から少し離れた踏切で横断します。

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↑水流に段差があり、周囲は木の生い茂った涼しげな風景です。

やがて、弁天橋という名の不思議な橋があります。

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川の上流は南西方向ですが、この西には弁天池公園があり、その名の通りに小さな池がありますから、この水も前川に流れ込んでいるのでしょうか。

東村山駅の近くを通り、シチズンの東村山総合グランドがある辺りからは、前川に沿って道があります。

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しばらく進むと、高架の西武多摩湖線の武蔵大和駅の近くから、川は道路下に入ってしまいます。

この駅の向こう側は東大和市になります。

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ここでは交差点改良工事が進められており、自動車の流れは少し変更されるようです

工事前は橋の向こうは開渠となっており、水の流れが見えていたはずですが、道路工事とともに暗渠化されてしまいました。

多摩湖自転車道を走っていると、鉄道をトンネルでくぐり、ここらの交差点を渡ると、平坦な道から急に坂道になるところです。

200mほどの暗渠から顔をだした前川は、すっかり水量が少なくなっています。

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どうしてなのでしょうか。

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2015年9月13日 (日)

北川の源泉は多摩湖なのか、それにしては水流が少ないけれど

柳瀬川の支流である北川の源泉探しをする自転車めぐりの続きです。

東村山市多摩湖町の住宅地の間を東から西へ、北川は流れています。

東に進むと、水道橋という名の立派な橋があります。

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南の方を見てみると、数メートル幅の緑地が奥まで続いています。

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北側も奥まで続いているようで、こちらは仲良し広場として子供の遊び場となっています。

水道管が地下にあり、その上部が利用されているのでしょうか。

さらに進むと、この辺りでは、道路としての橋というよりも、川沿いの家に出入りするための橋が数多く架かっています。

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雑草が生い茂り、川の流れが見えづらくなっています。

やがて、川の上流は西武多摩湖線のガードをくぐり、都立狭山公園の敷地に入ります。

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公園内に入ると、木が生い茂っている部分の向こうには芝生の広場が広がっています。

さらに先には多摩湖の堤体が見えます。

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やはり、北川の源泉は多摩湖なのでしょうか。

しかし、多摩湖は人造湖である村山貯水池だし、この川幅と水量を考えると、ちょっと疑問を感じます。

少し上流に行くと、2つの水の流れが合流しているようです。

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2015年9月 6日 (日)

柳瀬川支流の北川の源泉をめざして、のどかな北山公園からさらに

1年ほど前に、東京都と埼玉県境を流れる柳瀬川の源泉を探しに行きましたが、今回はその支流である「北川」の源泉探しに自転車で行ってきました。

西武新宿線東村山所沢間の線路のすぐ西側にある二瀬橋のところで、2つの川は合流しています。

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↑右奥から流れてくるのが柳瀬川、左奥から流れてくるのが北川です。

右下に向かって流れて行くことや川幅から見ても、北川の方が本流のように思えます。

住宅街の中を上流を目指すと、勝陣場橋があります。

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この辺りは、鎌倉時代に新田義貞が鎌倉攻めをした時の久米川古戦場跡があります。

そのため、将軍塚や柳瀬川の勢揃橋のようにゆかりの名前の橋があります。

少し上流では、さらに前川と分岐します。

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↑下流から上流に向かっているから「分岐」に感じますが、水の流れを考えれば「合流」で、左が前川、右が北川です。

北川を進むと、少し先には勝陣場橋もあります。

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この辺りでは片側だけですが、川沿いに走りやすい道があります。

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やがて西武西武園線の踏切の近くで、川沿いの道がなくなってしまいます。

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ここからしばらくは大きく迂回しなければなりません。

いつもは闇雲にあたりを走り回って川を探しますが、この辺りはある程度土地勘もあるので南に大回りして上流に向かいます。

やがて、景色のいいところに出ます。

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2015年5月17日 (日)

東村山駅と新秋津駅との都市計画道路はあってもいいと思っていたが違った

東村山駅東口から東にまっすぐに進む、東村山都市計画道路3・4・27号線ができてから数年経ち、沿道にも数多くの店舗や飲食店などができました。

ここに以前から工場のある、ソース会社ポールスタアのソースや黒焼きそばも有名になってきました。

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この道は、駅から1km強の東村山市民スポーツセンターのところで、斜めに北東に向きを変えますが、南東方向にも道路計画があります。

そちらは、東久留米の滝山団地に向かうのだけれど、ほんとうにニーズがあるのかなあという話を、昨年10月にこのブログでも紹介しました。

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北東に向かう方の道は、スポーツセンターのすぐ横で行き止まりになっており、どうするつもりなのかなあと思っていました。

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久しぶりに行ってみると、その先も用地買収がされており、道路導入空間が確保されているようなので、どこに繋がるのか興味があり、探りに行ってみました。

しかし、ほんの100m程行くと 、まだ畑や家屋があり、道路ができるのは当分先のような感じでした。

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と思いながら、さらに200m位進んで、びっくり。

突然、道路ができています。

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閉鎖されており、車はもちろん、自転車や歩行者を入れず、」交通開放はされていませんが、一体どこに行くためにこんな道があるのでしょうか。

後ろ(南西)を振り返ると、

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2014年12月 6日 (土)

東村山では縄文時代から漆を塗っていたんだって

東村山市多摩湖町では「下宅部遺跡(しもやけべいせき)」が、1995年に都営住宅建て替え工事の際発見され、6年間にわたる発掘調査が行われました。

その一部が「下宅部遺跡はっけんのもり」として公園になって保存されています。

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ここは多摩湖から流れる北川に面しており、豊富な湧水により、通常では残りづらい木の道具や水辺の施設などが見つかった、縄文時代後期・晩期、古墳時代、奈良時代、平安時代にかけての低湿地遺跡です。

復元された河道に湧水が流されています。

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↑奥に見えるのは、トトロの森 八国山緑地です。
↓池状遺構も復元されています。

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水が豊富だったので残されていた漆工関連出土品は、東京都指定有形文化財となっています。

ここで発掘された出土物は、すぐ近くの「八国山たいけんの里」という名の東村山市埋蔵文化財センターに保存されています。↓

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今から3000年から4000年前の縄文時代後期から晩期にかけての、漆塗りの木製品や土器が数多く発見されています。

特に木製品などの有機質は通常では分解されてしまっているものが、ここでは湧水を豊富に含む土壌であったため残っていたそうです。

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漆塗りの弓や木製容器、さらには漆樹液採取の跡の残った木材や樹液を保存する土器も発見されました。

ここには縄文式土器も多数展示してありました。

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次に、ここの施設名称にもなった、「となりのトトロ」の舞台にもなったといわれている「八国山緑地」に立ち寄ってみます。

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2014年10月26日 (日)

滝山団地から東村山に向かう都市計画道路ってニーズはどうでしょう

東久留米市の滝山団地前の、バスも通る東西方向の「滝山中央通り」は、小金井街道の滝山東交差点が起点です。

最近、著作をよく書店で見かけるようになった原武史さんの「滝山コミューン一九七四」の舞台となったのが滝山団地です。

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↑東の起点部方向を向いてますが、マクドナルドと味の民芸のあるところです。

この道は幅員16mの東村山都市計画道路3・4・5号線とされています。

昭和40年代の滝山団地建設とともに、この道路も造られたのでしょう。
街路樹も大きくなっています。

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↑2kmほど行った久留米西団地のところで、道路は右に曲がった細い道となっています。

このたび、40年ぶり?にこの先に道路が建設されるというのです。
10月29日には東久留米市による工事説明会も行われるようです。

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↑黒目川から見ていますが、正面(西)に向けて道路予定地です。

この黒目川の作ったばかりの遊歩道も取り壊して、道路の橋を作るのでしょうか。
左の建物が、説明会の行われる東久留米第十小学校です。

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↑川があるので簡単な工事ではないでしょうが、工事区間はほんの300mほどでして、その先には、実は道路が既にあります。

東久留米市柳窪地区と東村山市恩多地区で区画整理が行われ、昭和59年地区計画も作られており、この地区内のやはり300mほどの区間のみ、都市計画道路道路が整備してあるのです。
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以前にここを通った時は、なぜこんなところに、唐突に広い道路が短区間あるのだろうと非常に不思議に思った記憶があります。

↑出水川の橋から先は、住宅街となっていますが、この先道路はどうなっているのでしょう。

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2014年7月 6日 (日)

雷雨で新青梅街道は小平霊園付近が冠水、その時さいかち窪は

先週の日曜日、6月29日は午前中は晴れていましたが、天気予報では、午後は大気の状態が不安定になり、雷雨になる恐れがあるとのこと。

そんな雰囲気全くないないと思って自転車に乗っていたら、午後2時過ぎころから西の空がかなり暗くなってきて、3時前にはいかにも大雨が降り出しそうな空模様になりました。

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数日前には三鷹市近辺で、雹(ひょう)が降り積もったといいますから、また降ると大変です。
がんばれば、なんとか家まで間に合いそうなので、急いで走り、なんとか辿り着いたところ、すぐに激しい雷雨となりました。
やはり、短時間ではありましたが、雹(ひょう)も降りました。
でも、1時間ほどで雷雨も無事おさまり、雨も上がったようなので、自転車で再び出かけてみて、びっくり…

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新青梅街道が渋滞しているなあ、パトカーが止まっているから事故なのかなあと思いながら見ていると、

小平霊園の付近の道路が冠水しています。

1台車が止まっていますが、駐車するような位置ではないので、冠水で動けなくなったのでしょうか。

今は車なら通れるようで、警察官の交通整理により、片側交互通行しています。
自転車も通れそうなので近づいてみました。Img_2339_500x375
↑写真の手前あたりに黒目川が通っており、右がまぼろしの源泉がある「さいかち窪」で、左に向けて黒目川は流れています。

川や下水に舗装路面に降った雨は流すように設計してあるのでしょうが、大雨で道路排水が追いつかず冠水してしまったのでしょう。
裏道をまわって冠水した交差点に行ってみます。

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新青梅街道は、200mほどに渡って冠水していました。
海岸の波打ち際と同様に、海の車が走ると、波がたって水が押し寄せてきます

道路排水も間に合わないほどということは、このあたりの狭い黒目川はどうなっているのでしょうか。

まさか、氾濫しているのでしょうか。

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