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61大阪府

2018年10月28日 (日)

天皇陵ではないけど百舌鳥古墳群の中で最も美しいニサンザイ古墳と日本最古の木造洋式の境燈台

日本で7番目の大きさの前方後円墳であるニサンザイ古墳は、堺市を訪問するまで知りませんでした。

○○天皇陵という呼び名がついておらず、ニサンザイという言葉も聞き慣れないものです。

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↑ファミレスや自動車ディーラーの多い大阪府道28号線の百舌鳥八幡南交差点から少し南東に入ると別世界の光景です。

濠に古墳が映り、きれいです。

↑この古墳は方墳部が南を向いていますから、北西端から見ると左奥が円墳部です。

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↑方墳部の南西端に来たので右奥が円墳部です。

古墳西側には堤に通路があり、南側には道路があるので美しい古墳がよく見えます。

南東端は住宅があり通れなくなっていますが、北東端で再び古墳の濠沿いに行くことができます。

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↑ここには閉鎖されていますが、円墳部に繋がったところがあり、水鳥たちがのんびりしています。

墳丘は宮内庁が反正天皇の空墓という位置付けで「東百舌鳥陵墓参考地」として管理しているため、ここには拝所はありません。

反正天皇陵古墳のほぼ4倍の大きさで、建造時期も5世紀後半とほぼ同じなので、こちらを反正天皇陵と考えている説もあるそうです。

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↑先程通れなかった南東端に向けて濠沿いに通路があります。

たまたま犬の散歩をしていた男性が親切に教えてくれましたが、この通路を一周回れるように全通させようかという話は地元自治会でも話題になったようです。

しかし、そうなると住宅の表も裏も通路になってしまう方もいることから難しいとのことでした。

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↑北東から見た、左が円墳部、右が方墳部になりますが、間に造り出しがあるのがはっきりわかります。

墳丘の規模は全長約300m、後円部径約170m、高さ約24.6m、前方部幅約224m、高さ約25.9mです。

百舌鳥古墳群の中で最も精美といわれ、かつ最も新しいものです。

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↑堺市役所展望ロビーからですが、右から順に履中天皇陵、大仙公園、仁徳天皇陵大仙陵古墳が見えますが、その奥に小さく見えているのがニサンザイ古墳です。

気になっていたニサンザイとは陵(みささぎ)が語源と考えられています。

かなり離れているので小さく見えますが、全国でも7番目の規模です。

そしてそれを見ているここも、大きな立派な建物です。

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2018年10月21日 (日)

築造の順序が不可思議な履中天皇陵と方違神社から見る反正天皇陵は前方後円墳の形が感じられる

大仙陵古墳(仁徳天皇陵)は大き過ぎて、しかも三重の濠があるため、カギ穴型の前方後円墳の特徴的な形が実物を見ても実感できませんでした。

大仙陵古墳の南側の大仙公園のさらに南にある履中天皇陵古墳はどうでしょう。

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↑堺市役所の21階展望ロビーから見ると、中央の塔のようなものより左が仁徳天皇陵、右が大仙公園と履中天皇陵です。

現地に行ってみると、北側から後円墳部分が見られる場所があり、しかも見やすいようにちょっとだけ高い位置から見ることが出来るようになっています。

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↑南西側の濠を見ていますが、円墳らしさがわかります。

墳丘の全長約365m、後円部径205 m、高さ約27.6m、前方部幅約235m、高さ約25.3mの規模の日本で3番目に大きい前方後円墳です。

↓南東側を見ても同様に円墳らしいです。

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時計の反対回りで一周してみます。

西側の面には濠に沿って道路がありますが、濠の周りが少し盛土されているため常に古墳が見えているわけではありません。

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↑この辺りがくびれ部と思われますが、この西側のくびれ部には造出しがあるようです。

仁徳天皇陵古墳より古く5世紀前半頃に造られたといいますから不思議です。

履中天皇は仁徳天皇の第一皇子ですから、親子で古墳築造年次が逆転してしまっています。

こういったことから、学校の時に仁徳天皇陵古墳と習ったものが今では大仙陵古墳と表記されるようになっているようです。

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↑南西端では濠の内側に前方部の四角形の角を感じることができます。

一重の盾形周濠と堤がめぐっていますが、元々は外側に10メートルほどの二重目の周濠もあったそうです。

ここから古墳南側には沿った道路がありませんから、少し離れて住宅街を通ることになります。

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↑やがてかなり道幅の広い大阪府道34号線に出て少し進むと拝所があります。

アプローチの道は仁徳天皇陵よりもかなり狭いですが、道路に大きな看板があるので見落とすことはありません。

宮内庁としての正式名称は百舌鳥耳原南陵(もずみみはらのみなみのみささぎ)です。

この先も古墳の南側に沿った道はありませんが、住宅街を北に向かう道路から、南東端を見ることはできます。

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2018年10月14日 (日)

仁徳天皇陵といわれる大仙陵古墳は近くで見ても地上80メートルの21階から見ても大き過ぎる

歴史の教科書に載っていた日本最大の仁徳天皇陵古墳のカギ穴型の写真は、今でも覚えていて頭に浮かびます。

近年、大仙陵古墳と教科書には表記されるようになったといいます。

本物をぜひ一度見てみたいと思っており、大阪府堺市に行って来ました。

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堺市役所の21階に展望ロビーがあり、地上80メートルという高いところからから見ることが出来るということなので、まずはカギ穴の形を見ようと行きました。

↑右が前方部で中央付近が後円部となりますが、残念なことに木が鬱蒼とした小山にしか見えません。

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↑では間近で見てみようと、レンタサイクルで行くことにしました。

さかいコミュニティサイクルといい、堺市内に8カ所のサイクルポートがあってどこへも返却することができ、300円で1日利用もできるシステムです。

ただし、市役所前のサイクルポートは無人なので、1日利用者は手続きのため、300メートル程離れた有人のサイクルポートに行く必要がありました。

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10月とは思えないような暑い日でしたから、快適なサイクリングとも言えませんでしたが、仁徳天皇陵の後円部のある北端に到着です。

↑国道319号線が中央環状線から高野街道に分岐する交差点の歩道橋があるので、その歩道橋の上から古墳の東側に沿って見ています。

↓こちらは西側に沿って見たものです。

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仁徳天皇陵古墳には濠があり、かつ大き過ぎて形がよく分かりません。

しかも、台風の影響により木が北に向けて倒れているため、余計見づらくなっています。

エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界三大墳墓の一つといわれ、5世紀中頃に約20年をかけて築造されたといいます。

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↑周回できる自転車歩行者道があるので時計と反対周りスタートしてしばらく進むと、正面まで左に1600メートル、右に1250メートルと表示されています。

一周3キロ近くあるのですから、やはり大きいのだと改めて感じます。

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↑南西端に着くと、前方部の四角形の角を見ることができ、初めて古墳の形を実感出来ました。

南側に通っている御陵通りの向こう側には大仙公園があり、園内の堺市博物館では無料シアターで百舌鳥古墳群の解説映像を見ることができます。

12分ほどの2種類の映像が30分ごとに上映されていますので、両方とも見て勉強しました。

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