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2024年4月

2024年4月28日 (日)

池袋駅すぐ近くにあった島田牧場跡地にある池袋の森

池袋にある病院に行く用があり、出かけた時のことです。

駅西口から北へ徒歩5分ほどのところなのですが、すぐ近くには意外と大きな木のある場所がありました。

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周辺は、いかがわしいホテル街で、そこに何棟もある病院も場違いでしたが、この木々も場違いな感じです。

↑南側の入り口は閉鎖されていますが、豊島区と書かれていますから区の施設のようです。

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↑西側の平和通りの方から入れるようになっていました。

あえて探さなければ気づかなそうな入り口ですが、「豊島区立池袋の森」と書かれています。

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よくある区立の公園とは違い、4月から9月でも8時から5時までしか開いていないようです。

10月から3月はもっと短く9時から4時です。

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ここは日本を代表する林政学者で東京大学農学部名誉教授の島田錦蔵氏の屋敷跡だということです。

↑園内ほとんどの樹木は研究用に育てていた当時のもので、左の大きなユリノキは日本にこの樹木が定着する前に、研究のため昭和25年(1952)に植えられたそうです。

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↑ 大きな樹木は他にもあり、左からヒマラヤスギ、コウヨウザン、ラクウショウです。

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2024年4月21日 (日)

多摩川に翻弄された青柳村の常夜燈と稲荷神社、どちらかわからない青柳2号墳

平成19年(2007)に日野バイパスができるまでは国道20号として甲州街道であった、都道256号八王子日野線沿いの国立市青柳に「元青柳村の常夜燈」があります。

江戸時代の寛政11年(1799)のものです。

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常夜燈とは聞き慣れたものですが、案内板によれば、秋葉燈とも呼ばれるということで、江戸時代に町を火から守るために油屋近くに建てられたものだそうです。

秋葉というのは火伏せの神である秋葉神社への信仰です。

常夜燈といいながら形は石灯籠です。

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↑甲州街道沿いですから、現在の街灯の役割だとばかり思いましたが、関係あってか無くてか、脇には鳥居があります。

多摩川や府中用水のある南に向いた道の左右には民家への入り口があり、この参道は古くから地元に使われていたことがわかります。

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↑車は通れない参道の先に二の鳥居があり青柳稲荷神社です。

宝暦5年(1755)に創建されたといいますが、ここに青柳村が存在するにあたって重たい経緯があったそうです。

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青柳は昔から多摩川北岸のここ国立市青柳にあったわけではなく、多摩川南岸の現在の府中市本宿の青柳島にありました。

寛文11年(1671)多摩川の大洪水によって青柳島が流失したため、村人たちは四ツ谷村を経てこの地に移住し、新たに青柳村を開拓したということです。

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国立市石田も同じ時、府中市石田から移住してきたようです。

青柳稲荷神社は青柳と石田の鎮守でした。

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2024年4月14日 (日)

多摩川で隣り合う府中用水取入れ口と緑川排水樋管

多摩川左岸側の桜咲く土手に水門があります。

感覚的には立川市かと思っていましたが、国立市青柳のようです。

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実は府中用水取入れ口がここにあると来たのですが、ちょっと違うようです。

緑川排水樋管と書かれています。

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川辺の方から見上げてみると、割と大きなものです。

高低差からして取水するためのものでないのは一目瞭然です。

もう4年前になりますが矢川緑地の湧水を見た時にあった擁壁は緑川の暗渠によるものでした。

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↑土手から振り返ると道路になっていますが、この下に緑川が流れているのです。

緑川といいますが、昭和22年(1947)に開通した人工の立川排水路だったものです。

旧陸軍立川飛行場の排水のためのもので、現在は暗渠化されており、立川市環境下水道部下水道管理課が管理しています。

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↑河原に戻ると、緑川排水樋管のすぐ上流にも水門らしいものがあります。

こちらが府中用水取入れ口のようです。

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2024年4月 7日 (日)

水面に浮かんでいるようだという浮島神社と他県に迷惑かけないための霞川調節池

霞川という一級河川が東京都に流れていますが、都内であまり知名度は高くないでしょう。

青梅市に流れており、埼玉県に入り入間川に流れ込む川です。

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そんな霞川沿いに浮島神社があります。

川の左岸で青梅市今井にあり、山根通りに面して一の鳥居があり、参道を入った正面が霞川です。

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二の鳥居から川に沿うように直角に参道は曲がり、正面が社殿です。

↑傍には少し高くなった位置に東屋があり、休憩したり霞川を眺めたりできるようになっています。

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浮島神社は創建年次は不詳ですが、安土桃山時代の文禄3年(1594)に再建されたという記録が残っています。

江戸時代の新編武蔵国風土記稿には浮嶋天満宮として載っています。

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その記載に、霞川が氾濫した際も沈まず水面に浮かんだ島のようだということで呼ばれたとあります。

↑そのことからか、社殿裏側には小さな池があり、弁天様と思われる祠がありました。

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