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2024年3月 3日 (日)

相模川沿いの水郷田名と小沢頭首工という名称の水郷と頭首工の意味

いつもよりちょっと遠出して、車で相模原市の水郷田名に行きました。

相模川沿いに水郷という場所があるなんて知りませんでしたし、興味もありました。

Suigotana

↑(国土地理院マップより)

相模川に架かる神奈川県道54号相模原愛川線の高田橋の北側です。

川の土手に「水郷田名の歴史」という説明板がありました。

Img_4658a

田名地区の中でも相模川に面した久所(くぞ)を中心とした地域をいうそうで、田名地区の歴史は古く、原始、古代の時代に遡ることができるという。

江戸時代後半には、橋本から下九沢を通る大山参りのための大山街道が通っていて、ここから「渡し」で相模川対岸の小沢に行っていました。

Img_4657a

相模川は水上交通の流通路として筏、高瀬舟などが往来していました。

その後、もともと盛んだった鮎漁に観光的要素をもつ鵜飼も加わり、旅館などが立ち並ぶ歓楽街として繁盛し、「水郷」と呼ばれるようになったということです。

Img_4659a

私のイメージしていた「水郷」とはちょっと違うものようなので調べてみました。

水郷とは、河川や湖沼の多くある景勝地、河川の下流域や湖沼周辺などの低平な湿地の広い地域をいうということです。

Img_4656a

読みも「すいごう」より「すいきょう」の方がむしろ一般的のようで、利根川下流、霞ヶ浦近くの「水郷」と呼ばれる一帯のイメージに私は引きずられすぎているみたいです。

もう一つあったのですが、ここにある堰は「小沢頭首工」という名称です。

「頭首工」も知りませんでしたが、農業用水、灌漑用水の取水のための堰を頭首工というそうです。

Img_4661a

水郷田名を歩いてみましたが、住宅街であり水田はありません。

かつて江戸時代後半に、この辺りの領主であった下野国烏山藩の大久保氏が、田名川原に水田を開墾するために隧道を掘らせて相模川の水を引きました。

Img_4660a

この用水は間もなく洪水によって荒廃しましたが、地元の江成久兵衛は私財を費やして烏山用水を掘り下げ、堤防を築いたと言うことです。

右の木に隠れてしまっていますが、江成久兵衛翁像があります。

Img_4663a

烏山用水や新堀用水と呼ばれていましたが、宅地化により水田がなくなり、水路も荒廃していたところ、現在はきれいに復元されています。

昭和10年(1935)に神奈川の観光名所45選に「水郷田名」も選ばれて、栄えていましたが、上流のダム建設などで往時の賑わいは失われてしまっています。

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55神奈川県」カテゴリの記事

コメント

今回のテーマの頭首工という言葉について、私も最近まで知りませんでした。
武蔵野周辺での多摩川・荒川の周辺では、○○堰という名前が一般的で、頭首工はあまり聞いたことがありません。

2022年「豊田市の明治用水頭首工で大規模漏水」というニュースを聞いたときに初めて知りました。

関東も相模川まで行くと頭首工という言葉が使われるのですね。
勉強になります。

きれいに整備された用水路は趣があっていいです。

ひらさん、コメントありがとうございます。

堰については興味もあり、通常よりは知っているつもりでいましたが、
比較的身近で頭首工という言葉が使われているとは知らず、まだまだ
いろいろ調べなければと感じました。

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