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2023年11月

2023年11月26日 (日)

あすまと読む西遊馬氷川神社の秋と馬宮という地名の中心地

さいたま市西区の荒川左岸堤防のすぐ近くに西遊馬氷川神社があります。

遊馬と書いてゆうまと読むのだと思いましたが、あすまと読むそうです。

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難読地名は多くあるものです。

調べていくうち混乱しましたが、草加市にも遊馬があるようです。

この地の話に戻ると、戦国時代の「市場之祭文写」に足立郡遊馬郷指扇村市祭成之と書かれています。

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中世末にこの辺りは遊馬郷という名であり既に開発されていたようです。

この氷川神社の創建は不明ですが、すぐ近くの寺院が戦国時代からあったことから、神社もあったのではと考えられています。

江戸時代の新編武蔵国風土記稿には、既に氷川社として記載されています。

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かつての遊馬村の鎮守で、「宿の氷川様」と呼ばれていました。

宿ということから宿場町だったのか思いましたが、そういう記載は特になくわかりません。

市による案内板で「当地は大宮と川越のほぼ中間に位置し、「宿」の名が示すように、遊馬では神社前の道の両側に集落が営まれていました」とあります。

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↑鳥居前の道は、江戸時代から大宮と川越を結ぶ重要な道だったそうです。

道はこのあたりの荒川の流れと並行するように北西と南東に向かっているので、大宮も川越もどう行くのかイメージが湧きづらいですが、大宮へはまず南東に向かうそうです。

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2023年11月19日 (日)

川越市にあるむさし野という地名とそこにある奥只見幹線からの南川越変電所

川越市の関越自動車道と国道16号の交差する南東辺りにあるスーパーベルクは、川越むさし野店という名です。

なんでここに「むさし野」店なんだろうと思いましたが、ここの地名が「むさし野」だということでした。

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確かに吉祥寺のある武蔵野市があることから中央線沿線のイメージがありますが、概念はもっと広いものです。

しかし調べたら、川越市のこの地名の歴史は新しく、平成20年(2008)に川越市内の新宿、今福、大仙波、大塚新田、南大塚の一部からできた地名でした。

近くのバスの停留所名はどうかと見てみると、「四都野台南」となっています。

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しかし、一つ左隣りのバス停はやはり「武蔵野小学校」です。

この後ろにある電力関係らしき設備は、かなり大規模なものでした。

ちなみに、四都野台はむさし野の北にある地名で、予想外にヨツヤダイと読むそうです。

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↑この写真を撮ったバス通りの北側にある公園が、「よつや公園」と書かれており、なんでここに四谷なのかとこちらも不思議だったのですが、四都野だと戻ってから知りました。

大規模電力施設は、電源開発の南川越変電所で、東京電力のものではありませんでした。

↑左上に見える北からくる高圧電線で、ここへ電力供給されているようです。

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↑鉄塔を見ると、手前が「只見幹線456」、奥は「只見幹線455」と表示されています。

二本ありますが、奥只見からずっと長く二系統でここまで引かれているのではないようです。

只見幹線という名称にも聞き覚えがあるので思い出してみると、10年も前に東村山市で501の鉄塔を見ていました

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2023年11月12日 (日)

道路で寸断されたのではなさそうな、金色の仏像のたくさんある滝不動尊は24時間の無人施設もある

国道299号の飯能から秩父に行く道は山坂道であるため、所々で短絡できるバイパス化が進められています。

飯能市と日高市の境界辺りもその一つで、2017年に新路線ができたため、気付くと通らなくなっていたところに滝不動があります。

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滝不動前交差点にある清珠院千手山瀧不動尊です。

↑右側の狭いところに本堂があり左には庭園があります。

日高市台にあるため台滝不動尊とも言われています。

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↑やはり、滝をまず見ようかと庭園の方に行ってみましたが、そこには数多くの仏像があります。

黄金色に輝く釈迦如来像が目に入りますし、七福神像もあります。

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↑橋の向こうには十一面観世音菩薩像もありました。

ここは道路に分断されてしまったように感じられますが、この道は旧道の方ですからそうでもない気がします。

橋を渡る手前から下方に滝があり、不動明王像があります。

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台滝不動尊は日高市ホームページによると「江戸時代末期に台山大沢堀を作り、円福寺庭の不動様を移して祀り、1900年(明治33年)に現所在地に移設」とありました。

高麗駅の方の巾着田の近くに清珠院千手山円福寺がありますから、その別院のようです。

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↑道路に近い対岸側から見た方が滝の流れの全体が見渡せます。

特に大きな滝ではありませんが、やはり滝を見るのはいいものです。

滝の上流側には池があり庭園風になっています。

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2023年11月 5日 (日)

渋谷本町は昔の渋谷の中心地だったのかとそこにある大隧道通りと不動通り

本町という地名は、現在だけでなく以前のその町や村の中心地である場合に付けられています。

渋谷区の本町は京王線初台駅北側にあり、昔はここが渋谷で栄えていたところだったのかと不思議に思っていました。

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↑行ってみるとそこは住宅街であり、渋谷区立渋谷本町図書館もそんな中にあります。

調べてみると、江戸時代の幡ヶ谷村に本村、中幡ヶ谷、笹塚など5つの小字があり、そのうちの本村等が昭和7年(1932)の東京市編入の時、幡ヶ谷本町になりました。

そして昭和35年(1960)に幡ヶ谷本町が本町になったということでした。

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幡ヶ谷の本村、本町だったものが幡ヶ谷が外れたため、渋谷区にそのまま本町という名で残っているわけです。

そのため、私は勝手に渋谷の本町だったのかと勘違いしていたわけです。

↑その本町図書館西側を南北に通る道路は、Googleマップでは大隧道通りとされており、こちらも何だろうと思いました。

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↑この通りを100メートルほど北に行くと、道路をアンダーパスするトンネルつまり隧道は一応あります。

こちらも調べてみたら、本村隧道というものでした。

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明治時代に淀橋浄水場を作るにあたって同時に作られたものだといいます。

江戸時代からの玉川上水はもう少し南側を流れていましたが、その水を途中の明大前あたりから現在の西新宿の超高層ビル街である淀橋に持ってくるには、自然の地形のままでは水路を作ることができませんでした。

そこで和田堀給水所から築堤で高さを一定にして新水路を作る必要があり、旧幡ヶ谷村が南北に縦断されてしまうので、下には3つの隧道が作られたのです。

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↑本村隧道は明治26年(1893)に竣工したもので、南だけでなく北側から見ても、パルテノン神殿を思わせるような荘厳な造りをしており、全幅は4.5メートルです。

当時作られた3つの隧道の中で現存するのはこの本村隧道だけです。

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