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2022年9月

2022年9月25日 (日)

阿須丘陵へのあけぼの子供の森公園からの急な登り坂のハイキングコースと眺め

入間川右岸側の飯能市と入間市の境界辺りの埼玉県道195号線沿いにはCAINZカインズがありましたが、となりにBelcベルクも開店していました。

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同じ飯能市内の宮沢湖近くにムーミンバレーパークができたので、すっかり影が薄くなってしまった「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」がこれらの店舗のすぐ近くにあります。

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トーベ・ヤンソンとは北欧の童話作家で、ムーミンの原作者です。

平成9年に開園した時は、あけぼの子どもの森公園でしたが、平成29年からトーベ・ヤンソンの名が付きました。

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↑公園内には、きのこの家は有名ですが、小さいながら滝もありました。

この公園の基本理念は自然との共生、自我と自由との共存です。

これは開園当時、トーベ・ヤンソンとの手紙のやり取りから生まれましたと案内板にはありました。

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↑北の阿須丘陵の方に向けては、公園の区域外に出てしまうようですが、階段がありました。

想像以上の急斜面で途中引き返そうかと思うほどでした。

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公園は入間川沿いですので比較的標高の低い80メートル程度のところから、一気に140メートルまで登ってきました。

↑階段を下の方に見ると、逆に下るのが怖いくらい急斜面です。

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↑その分、景色は良く、遠くまで見渡せます。

もう公園の外に出てしまっているようですが、「ハイキングコース2番」との表示がありました。

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2022年9月18日 (日)

住宅街のすぐ先にできた擁壁の向こうの調整池と人口0人だった若松町土地区画整理事業

所沢市こぶし町にあるこぶし団地を北側に抜けたところに真新しい擁壁ができていました。

何かと思い、南東側から見てみると結構大きなコンクリート構造物です。

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地面が北に向けて高くなっていきますから、見てみると調整池のようです。

さらに進むと中が見渡せますが、ちょっとした開発に伴う調整池にしては大き過ぎます。

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こぶし団地はかなり前の1960年代に造られたものですから、そのためとは思えません。

調べてみると、土地区画整理事業によるもののようです。

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若松町土地区画整理事業が令和2年3月から行われています。

面積は8.7ヘクタールの組合施行で、旧逆線引地区だといいます。

ブックスタマ、セブンイレブンや若松ゴルフセンターの南側になりますが、既に宅地化されたところは区域外となったためか、全面的な区画整理のイメージとは異なる図面です。

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↑中を見ると大きさがわかりますが、5746.9平方メートルの広さの調整池です。

区画整理面積の6.6パーセントにもなります。

旧逆線引地区とは、市街化区域であったところを一旦市街化調整区域に編入し、その後土地区画整理事業等が確実になった時点で再び市街化区域に戻すところです。

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↑北東端から西を見ていますが、調整池の周りは造成されて宅地化が進められようとしています。

市街化区域でしたが宅地化が進まない土地が多く存在し、道路・公園等が整備されないままミニ開発等による市街地環境悪化の恐れのあるとされて逆線引きされました。

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2022年9月11日 (日)

石と舟とみち道標の意味と鎌倉街道に沿っている石段を下っていく厳島神社

JR高崎線の北本駅西口駅前からの西中央通りは都市計画道路らしい道幅の広い道です。

埼玉県道57号さいたま鴻巣線との高尾氷川神社入口交差点まで続いています。

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↑そこには、北本市指定歴史資料の道標があります。

享保12年(1727)に建立された「これより石と舟とみち」という道標です。

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↑この「石と舟と」とは石戸河岸のことといいます。

近くを流れる荒川は江戸時代から大正時代頃までの長い間、舟運として利用されていました。

鴻巣市の馬室から石戸宿へ通じる道は鎌倉街道と伝えられています。

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↑道標から80メートル程の区間は自動車も通れなくなっていて、伝鎌倉街道という表示板もあります。

この道沿いは古道の風情が残っています。

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↑道なりに200メートルほど進むと高尾氷川神社があります。

平安時代の貞観11年(869)創建と伝えられる古社です。

しかし、室町時代中頃の文明5年(1473)武蔵国一宮の大宮氷川神社を分祀したということです。

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高尾村等の鎮守で明治時代には村社となっています。

この周辺は高尾宮岡ふるさと緑の景観地となっています。

また、辺り一帯は縄文時代の遺跡があり多くの遺物が出土しており、かつて大きな集落がありました。

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2022年9月 4日 (日)

ねじれまくりの入西のビャクシンと石上神社古墳と成願寺

埼玉県指定の天然記念物にもなっている「入西のビャクシン」を見に行きました。

坂戸市北大塚の石上神社にあり、ここは石上神社古墳でもあります。

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↑前方後円墳だといいますが、東側から見ると石段の上に社殿のあるところが円墳、その右が方墳になっているようにも見えます。

成願寺2号墳ともいい、円墳だという説もあります。

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↑石段を上がりきると、社殿とともにその右にインパクトのある木があります。

入西のビャクシンといい、昭和6年(1931)には埼玉県天然記念物に指定されています。

当時ここは入西村でした。

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幹が右回りにねじれていることから「ねじれっ木」と呼ばれているそうです。

想像以上に見事にねじれています。

ビャクシンは、臨済宗の寺院に多く植えられており、ここ石上神社も近くにある臨済宗成願寺の境内だったようです。

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樹高約12メートル、幹周り約3、5メートル、直径約1メートルと平成25年に坂戸市教育委員会の案内板に書かれていますが、それからも10年近く経っているのでさらに大きくなっているようです。

北側からも石上神社への参道があります。

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前方後円墳の原型を留めていないので、円墳かどちらかわかりません。

北西側からは全体像が見られますが、やはり古墳の形はわかりません。

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