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2021年10月

2021年10月31日 (日)

お台場と思われている青海で閉館になっている大江戸温泉物語と変わっていく青海埠頭

大江戸温泉物語といえば臨海副都心のテレコムセンター駅前にある温泉です。

東京お台場大江戸温泉物語という名ですが、グループ会社としていつのまにか全国で39もの温泉旅館や温浴施設を運営していました。

その中心がなんと閉館しており解体工事が行われています。

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2021年9月5日をもって閉館となっていたそうです。

コロナの影響なのかなと思いましたがそうではなく、地主である東京都との事業用定期借地権設定契約が2021年12月に期限を迎えるからということです。

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創業の地でもあり営業継続を模索したものの、契約締結当時の借地借家法では契約最長期間は20年で、それ以上の延長が認められていませんでした。

当時がいつかというと、20年前であり2003年(平成15年)3月に開業していますから2001年12月か2002年1月に契約したのでしょう。

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契約期間中に建物を建設し、また解体、撤去して更地にした上で土地を返還する必要があるのです。

なおこうした課題もあるため、2008年(平成20年)には50年まで契約期間は長くできるように法改正されています。

年間約100万人の利用客があったというから残念ですが法は遡及できませんから仕方ありません。

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↑温泉の隣には青海ふ頭南公園があります。

青海コンテナふ頭に接岸している大きな貨物船もガントリークレーンも見られます。

海上保安庁の船が停まっている桟橋は新たにできています。

そう、ここは江東区青海で、港区台場ではありません。

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2021年10月24日 (日)

豊田の総鎮守という若宮神社と豊田南地区の区画整理により出来つつある水路

日野市の豊田駅周辺は浅川の河岸段丘によるものであろう高低差があり、湧水に恵まれたところです。

そのJR中央線北側の湧水はかつて見に行きましたが、線路南側にも高低差はあります。

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↑そこには石段があり若宮神社があります。

日野市ではいくつかの土地区画整理事業が行われており、ここ豊田南地区の87.1ヘクタールでも施行中です。

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↑石段の上まで行って振り返ると遠くまで見渡せますが、ちょうど石段の登り始めの辺りに、都市計画道路である日野3・4・15号線が通ることになっています。

区画整理の事業期間は昭和61年度から令和10年度までの予定ですから、かなりの長期に及んでいますし、さらに期間は延伸されることでしょう。

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↑一旦下りて少し南東に行くと、北が高くなる地形の高低差のためにある東豊田陸橋の手前のところは、道路と水路とビニールハウスというありふれた風景となっています。

しかし、これも区画整理事業をしているところのようです。

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↑日野市HPを見ると、豊田南地区の令和元年度から5年度までの新5か年計画があり、右上に書かれていますが令和2年度としてはこの区画道路と湧水路の整備が行われることとなっています。

畑のところにあった説明幕があり書かれていますから、あれが整備後の姿なのでしょう。

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それとも整備が遅れているのか分かりません。

因みに、この手前の道路は3年度計画で整備する予定であるところですが、こんな感じです。

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2021年10月17日 (日)

飯能大河原地区の龍崖山公園にある調節池と謎のトンネル

能ビッグヒルズというU R都市開発機構が進めてきたプロジェクトがあります。

3地区の292ヘクタールにも及ぶ土地区画整理事業で、これまでにも3月には飯能美杉台のゆうひ山公園4月にはあさひ山公園を見てきました

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↑その3番目の区画整理事業である飯能大河原地区に龍崖山公園があります。

ここにある公園は地形を利用した小高い丘や山の上にあるのですが、行ってみました。

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↑入口から入ってすぐに芝生がきれいな調節池が見えてきます。

工業用地が中心の138ヘクタールに及ぶ開発ですから、これまで地中にしみ込んでいた大雨対策としてこうした調節池が必要となります。

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↑ここにはトンネルらしきものがあります。

位置的に人や車の通り道ではなく、水のためであることは分かります。

都内では環状7号線の地下などに大雨による河川氾濫を避けるための施設はありますが、あれは土地がないところです。

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↑調節池の下流側にはダムが見えます。

↓UR都市開発機構の資料によると、ここでは2ヶ所の調節池があり、それを連結する地下貯留施設として延長約 1000メートルのトンネルを整備したとのことです。

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従来型の単独オープン貯留方式による現況谷戸の斜面緑地の大規模掘削を避けました。

2ヶ所の調節池の規模の縮小を実現し、自然環境、景観に配慮した緑地保全型防災調節池を整備したといいます。

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2021年10月10日 (日)

埼玉県元狭山村の四神社を合祀しているのに東京都にある元狭山神社

かつて東京都西多摩郡瑞穂町では駒形富士山探しをしたことがありました。

狭山神社があったりもしましたが、同じ瑞穂町には元狭山神社もあります。

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埼玉県入間郡元狭山村の四つの地区にあった四社を村の中央に移転合祀して、大正7年(1918)社号を元狭山神社と改めました。

とはいうものの、ここは東京都西多摩郡瑞穂町です。

明治22年(1889)町村制の施行の際、二本木村、高根村、駒形富士山村、富士山栗原新田が合併して埼玉県入間郡元狭山村となりました。

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↑参道右側の社務所はちょっと気になる建物です。

調べてみたら、明治27年(1894)落成の元狭山尋常小学校の旧校舎を移築したもので、現在の瑞穂町内における近代和風建築(日本在来工法でつくられた洋風建築)の典型だということです。

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↑参道左側の石燈籠も立派で、奥に見える通常サイズと比べると遠近感を差し引いても巨大なのがわかります。

話は戦後になり、昭和28年(1953)の市町村合併促進法により、翌年には元狭山村議会が東京都西多摩郡瑞穂町に編入することを決議しました。

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しかし、埼玉県は反対して埼玉県入間郡武蔵町との合併を要求して、ここの住民の意見も割れたようです。

結局、昭和33年(1958)に元狭山村のうち南のかなりの部分は東京都となり、北の一部は埼玉県に分かれてしまうこととなりました。

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元狭山村の四つの村落にあった四社は、駒形村にあった駒形神社、高根村にあった高根神社、駒形富士山村にあった八雲神社、富士山栗原新田にあった子安神社です。

本殿の後ろは林となっています。

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2021年10月 3日 (日)

大河ドラマを目指している太田道灌の山吹の里と如意にある関東最古の如意輪観音

埼玉県道30号飯能寄居線バイパス沿いの越生町の山吹大橋交差点近くに「山吹の里歴史公園」があります。

腰辺川に架かるその橋があり、渡ればJR八高線と東武越生線の越生駅の近くです。

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↑史跡とありますが、伝山吹の里として埼玉県指定旧跡となっているようです。

越生町は太田道灌と縁があるようで「伝山吹の里」、「太田道真(道灌の父)退隠地」、道灌生誕の地とされる「山枝庵」などの史跡や文化財があります。

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↑右には水車小屋、そして左の建物の手前にはノボリ旗があり「太田道灌を大河ドラマに」と書かれており、署名帳もあります。

道灌ゆかりの自治体や民間団体による「太田道灌をNHK大河ドラマに!推進実行委員会」というのがあり、平成26年から署名活動を行っているそうです。

また、道灌の足跡や伝説は、関東一円に残されていますが、会長に生誕地として越生町長、副会長には終焉地として伊勢原市長と道灌山のある荒川区長がなっています。

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↑この山吹の里については、江戸城築城で有名な太田道灌が若い頃の話です。

鷹狩りの途中にわか雨に遭い、蓑を借りに貧しい民家を訪ねました。

すると、出てきた少女は何も言わずに一枝の山吹を差し出したといいます。

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こうした公園にはよくある案内図が見当たりませんが、石段があるので登ってみました。

↑思いの外、長い石段でしたが登り切ると広場になっており、木々の隙間からながら越生駅周辺を見渡せます。

ですが、この広場というか空地は特に何があるというわけではなく、四阿とベンチがあるだけです。

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山吹の里の話に戻りますと、その時道灌には山吹の意味が理解出来ませんでした。

後に「蓑がない」悲しさを「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞかなしき」という古い和歌に託した少女の想いを知りました。

自分を恥じた道灌は歌道を志し、文武両道の名将になったという逸話の故地だという事です。

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