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2021年4月

2021年4月25日 (日)

ふじみ野市の川崎にある白山神社の明治時代には珍しかった石鳥居と江戸時代から栄えた福岡河岸

ふじみ野市に川崎という地名があります。

新河岸川が大きく蛇行した内側にあり、川に突き出たようになっていることから川崎と名づけられたといいます。

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↑市の北部に位置し、新河岸川の養老橋から右岸上流方向を見ると、何となくわかるような気がします。

さらに先には川崎橋という橋もあり、その川崎には古くから人が住んでおり縄文時代の遺跡も多くあります。

川沿いの森というか丘には白山神社があります。

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入り口がわかりづらいとの評判のようですが、新河岸川沿いの道から階段を登った先にありました。

江戸時代の元禄年間(1688〜1704)の「川崎村屋敷検地水帳」には記載があるといいます。

新河岸川から上がってくると、鳥居の右側に出てきます。

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↑ 石鳥居は明治24年(1891)に建立されたものですが、当時地方の神社には石の鳥居は極めて少なかったそうです。

石の鳥居を七つ潜ると七難を免れるという伝説から、多くの参詣人で賑わったそうです。

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↑社殿左から後ろへ末社の八坂神社・稲荷神社・水天宮の小祠があり、右にも注連縄があります。

ここには柊(ヒイラギ)の木があり大六天というそうです。

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↑新河岸川沿いに戻り、同じく養老橋から左岸下流方向を見ると、そこは川越市古市場になります。

新河岸川は江戸時代には川越と江戸を結ぶ舟運が盛んに行われていました。

両岸に河岸があり、左岸には醤油醸造所があり古市場河岸といいました。

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↑反対に左岸から右岸側を見ると、福岡河岸跡があります。

江戸時代後期に開設された福岡河岸の辺りには、回漕店や料理や、船頭の履く足袋・股引の専門店などがあり、大正初期まで大変なにぎわいであったといいます。

大正時代末期の新河岸川の河川改修により舟運禁止となり河岸も閉じられました。

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↑右岸は、ふじみ野市福岡で、市指定文化財である回漕問屋の福田屋の建物は「福岡河岸記念館」となっています。

4年前にすぐ近くの権現山古墳を見に来た時にも通りましたが、16時過ぎており閉館後でした。

今回も3回目の緊急事態宣言が出るよりも前のことだったから開いてはいたはずですが、夕方だったため、同じく門が閉まっており中は見学出来ませんでした。

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2021年4月18日 (日)

南大塚の菅原神社にあるのになぜか菅原神社東古墳という名称

南大塚というと山手線大塚駅の南方、つまり丸の内線新大塚駅辺りを連想するでしょうか。

西武新宿線の終点である本川越駅の一つ手前も南大塚駅といいます。

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↑その国道16号沿いに菅原神社があり、地名から南大塚菅原神社ともいわれます。

隣りに、練馬タクシーがあるので一層どこなのかがわかりづらくなっていますが、川越市の南大塚です。

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菅原神社社伝によれば南北朝期の創建だといいますから、700年も経っています。

本殿と拝殿は川越市指定文化財となっています。拝殿と本殿とは反橋で結ばれており、連続する空間を形成するという珍しい社殿構成となっているといいます。

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拝殿前の灯篭と狛犬があったであろう台座がフェンスで囲まれて保護されていますが、特に説明板等には本殿と拝殿のことだけしか書かれていませんでした。

ここは、菅原神社東古墳でもあります。

確かに社殿の裏は少し高くなっており、20メートルほどの円墳だといいます。

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埼玉県選定重要遺跡の南大塚古墳群の一つで、1年少し前に見た山王塚古墳もありました。

ところで、菅原神社「東」古墳という名称が気になります。

後ろの北西側からの見ても、「菅原神社古墳」そのままではないのでしょうか。

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wikiでの参考文献でもある「埼玉の古墳 北足立・入間」も調べてみましたが、はっきりした理由はわかりませんでした。

北東側からも見てみます。

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wikiでの参考文献でもある「埼玉の古墳 北足立・入間」 記載の中に「大正5年には菅原神社の社務所を建設するにあたって二つ塚といわれていた墳丘の盛り土を採土したところ」という部分がありました。

ここではなく、南大塚古墳群には二ツ塚古墳というのがあります。

「このほか菅原神社東古墳などの円墳」という記載もありました。

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↑神社南側の国道16号の歩道橋から参道を見ると、左に社務所があるのがわかります。

この社務所の位置を菅原神社だとすれば、社殿は東にあるから「東古墳」ということ?

二ツ塚古墳との関係からも、ちょっと無理がありそうな考え方です。

結局、謎のままです。

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2021年4月11日 (日)

あさひ山展望公園からの眺望とちょっとしたハイキングと間近に見る美杉台調整池ダム

数週間前に飯能市ゆうひ山公園から見た時に、是非行ってみたいと思ったあさひ山公園に行ってみました。

飯能ビッグヒルズとして開発された美杉台の一角にあります。

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展望を売りにしているのか「あさひ山展望公園」というようです。

おそらく元々あった地形をそのまま活かしたのでしょう、芝生の美しい小高い丘となっています。

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↑193段の階段を登ってみると、予想通りに眺望はよく、前回行ったゆうひ山公園が南の正面に見えます。

手前には西武バス飯能営業所、さらには観光バス車庫、そして区画整理事業により整然と整備された住宅街です。

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↑東にも景色はよく、さいたま新都心や大宮もよく見えます。

ここの標高は200メートルありますから、飯能で有名な天覧山の195メートル(正しくは197メートル)よりも高い位置になります。

観光協会パンフでも、ここは270度の眺望が見られると紹介されています。

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↑頂上の広場には日時計があり、この時の時刻16時を正確に刻んでいました。

美杉台から西側でも、飯能大河原地区として平成4年から25年まで138.1ヘクタールの区画整理事業が行われてきました。

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こちらは住宅よりも工場が目立ちますが、平成17年に社会情勢の変化を踏まえて都市計画が大きく変更されたものです。

宅地面積は40.8ヘクタークから13.5ヘクタールと大きく減らされ、計画戸数も2050戸から600戸に減少されました。

北はさすがに山があり、遠くの景色は見られません。

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ハイキングコースがあるようですが、ヘビやハチに注意との看板がありました。

ヘビに噛まれたら病院に行くように書かれていて、妙にリアリティがありちょっと怖くなります。

景色を見ていたら、再びゆうひ山公園にも行きたくなりました。

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↑歩いてみると頂上から見るほど遠くなく、住宅街を10分も歩かずに公園の下に着きます。

改めて比べてみると、同じような名前の公園ですが登る道も全く違います。

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2021年4月 4日 (日)

川越線の単線の荒川橋梁とその先にあるちょっと不思議な階段

一年前にも行った川越市の古尾谷八幡神社のすぐ裏には荒川が流れており、JR川越線の荒川橋梁があります。

川越線開通の昭和15年(1940)に合わせて、少し前の昭和13年には竣工した全長791メートルの橋梁です。

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左右はプレートガーター橋で、中央はワーレントラス橋となっています。

この右岸堤防(上の写真では左側)から100メートルほどのところに、線路に向かっている不思議な階段がありました。

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階段の先は当然線路となって電車が走るのですが、警報機も遮断機もありません。

田舎とかに行くとある、両者のない第4種踏切でもないようで、立ち入り禁止との札がかかっています。

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↑すぐ隣には薬師堂があり、その右は墓地となっています。

この階段は何なのかと、向こう側には何があるのか気になります。

荒川堤防の上には道路が通っているので、様子を見てみました。

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↑この先、南古谷駅に向かい線路は下りながら右へカーブしていて、先がよく見えません。

↓その堤防上には踏切があるので渡って見てみると、こちら側にも墓地はあるようでますが、その先はカーブしていてよく見えません。

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階段の謎の解明の前に、まず振り返り、この堤防上の踏切のところから線路の橋梁部分を見てみました。

埼京線では川越行きの快速電車などをよく見かけますから、埼京線だけでなく川越線も当然に複線だと思い込んでいました。

しかし、この踏切から荒川方面を見て改めて気付いたのですが、このように川越線は単線でした。↓

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