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2021年2月21日 (日)

與瀬神社(与瀬神社)からの帰り道に立ち寄った相模湖と御供岩

前回見てきた、中央高速道路を参道で跨いで行く與瀬神社(与瀬神社)にはいくつもの境内社があります。

神社の後ろは山の切り立った斜面となっています。

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↑右は熊野神社、客神社、天神社と書かれており、左は平安神社です。

輿瀬神社は江戸時代には蔵王社と呼ばれるようになっていましたが、元は熊野権現が氏神で、熊野神社が鎮座していたところに、蔵王権現を祀ったといいます。

そして、熊野神社は境内社として祀られたとのことですですが、この辺りの縁起譚もある経緯については、後に立ち寄った相模湖に行って理解できました。

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↑社殿のすぐ左にあるのは幸の神で、陰陽和合が万物発動の元だということです。

拝殿と本殿の間にある彫刻は見事なものでした。

本殿の方から振り返ると、拝殿の右前に位置する建物(写真中央)は参拝者控所と書かれていましたが、絵馬殿のようで二階建てのものです。

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新編武蔵風土紀稿によると、大和国吉野から遷座したため、この辺りには吉野、與瀬、小原という地名になったとあります。

確かに、小原宿本陣が相模湖駅の東にあり、藤野町に合併する前は吉野町があり、JR中央線には相模湖駅の隣に藤野駅があります。

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↑やはり帰り道も、社殿と神門の間の石段は急で、ゆっくり行かないと下るのは怖いです。

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↑神門前の石段も下ると、その先は見晴らしも良い緩やかな下り坂で、隣の慈眼寺の鐘楼と三之鳥居越しに相模湖が見えてきます。

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↑鳥居を潜って左を見ると、與瀬神社と慈眼寺の共用参道として中央高速道路に架けられた橋というかテラスがあり、その大きさがわかります。

奥の方にあるはずの相模ダムはちょっと見えません。

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↑右の方は午後の日差しで逆光になって見えづらいですが、相模湖の水面が輝いています。

高圧線の鉄塔が邪魔にも見えますが重要な電気を供給しているのだから感謝しなくてはなりません。

こうした景色を見ると、やはり、湖を間近で見たくなります。

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↑相模湖駅近くの相模湖公園まで来てみました。

與瀬神社一之鳥居から1キロほど東になります。

スワンボートがありますが、寒いせいか乗っている人はいませんでした。

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↑湖畔に沿って細い道を西の方に向かうと、石と鳥居がありました。

與瀬神社の縁起譚としての伝承にある御供岩になります。

昔ヤヨ・キヨという二人が相模川で漁をしていたら御神体が上がったので、村の中段に祠を造り祀りました。

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しかし、疫病や火災も起きるので、與瀬神社の地に祀ったところ収まったということです。

一人が御神体を上げて二瀬越という川辺岩にのせたことから御供岩というそうです。

ダム湖の湖底となるため、この地に移したとありました。

輿瀬神社は時の権力者等の力により祀られた神社ではなく、民間信仰の力によって祀られ伝えられてきた神社なのだということのようです。

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ここは相模湖八景となっており、西を見ると吊り橋も見えます。

案内板は相模湖町と相模湖観光協会によるものでしたが、今では合併によりここは相模原市緑区となっており、政令指定都市の一部ですから不思議です。

今から4年半ほど前に相模ダムを見に来た時に見た相模湖とは、季節や天気も違うため全然違うところのようでした。

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