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2020年11月

2020年11月29日 (日)

砂川用水の二ツ塚緑道と上鈴木稲荷神社にある陸軍経理学校の神社本殿

小平市に府中街道と五日市街道の交わる上水本町交差点があります。

地名になっているように、ここから400メートル程北には玉川上水が流れています。

その途中には玉川上水と平行する東西方向に「二ツ塚緑道」という表示があります。

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これは砂川用水(砂川分水)の敷地で小平市の愛称公募により名付けられました。

一方、交差点を東に少し進むと「五日市街道立坑」と書かれた小さな建物があります。

これは武蔵野線の地下トンネルへの出入り口であることは既に知ったところです。

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↑その隣には上水本町ビオトープ公園があります。

狭いところなのですが南北方向の水路らしきものがあり「砂川用水」と書かれています。

ここは玉川上水から南へ300メートル程のところです。

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↑「明暦3年(1657)開削 流れているのは多摩川本流の自然水です」と書かれています。

玉川上水には多摩川の水が羽村から取り入れられていますが、東大和市駅近くの小平監視所からは地下で東村山浄水場へと水は流れています。

つまり、この辺りの玉川上水の水は東京都の清流復活事業による高度二次処理下水が流れているはずです。

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↑少し北に行くと、右側の敷地は「武6」と書かれており、地図を見ると左の建物手前地下には武蔵野線の地下トンネルが通っているようです。

ここは先程の砂川用水両方の流れを辿った先になるのですが、水路に蓋かけされたようなところが見えます。

多摩川の水の件を調べてみると、砂川用水は文字通り砂川付近の松中橋辺りの玉川上水から取水されているので、その水が流れてきているのなら,玉川上水とは違って本当に多摩川の水ということになります。

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↑ここには上鈴木稲荷神社があります。

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2020年11月22日 (日)

大宮からの新幹線沿いに走っている新交通とその終着駅内宿と元終着駅羽貫

東北新幹線や上越新幹線に乗っていると、大宮駅からその両側に新交通システムが走っているのやその駅が車窓に見えます。

ふと気付くと見えなくなっており、どこの駅が終点でどこにあるのかわかっていませんでした。

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実際にその新交通に乗って行ってみました。

↑間もなく終点となりますが、ここは内宿駅といい、右側には新幹線の線路があります。

新交通はゴムタイヤで走るため線路はありませんが、この辺りは単線で島式ホームがあり両側に分かれます。

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↑埼玉新都市交通伊奈線といいますが、あまり伊奈線とは呼ばれていません。

一般的には「ニューシャトル」と言われているので、どこにあるかの印象がありませんが、終点の内宿駅は埼玉県伊奈町になります。

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↑終着駅ですから、当然にこの奥には線路というか軌道はありません。

右側には新幹線がすごいスピードと音で走り抜けて行きます。

左側ホームはラッシュの一部時間以外は使われていないようです。

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大宮駅を出発したニューシャトルは複線として東北新幹線と上越新幹線の両側を、つまり下りも上りも新幹線の外側を通っています。

両新幹線の分かれた先の丸山駅から単線となり、上越新幹線の下り線左側を走っています。

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↑内宿駅から大宮駅方面を見ていますが、どの駅も新幹線のいい撮影スポットかもしれません。

ただし、ニューシャトルは昼間も10分間隔ですが、上越、北陸新幹線はそれより間隔が長く意外と来ません。

しかも、接近放送や踏切などの警報機もないので前触れもなく、しかもスピードが速いので、スマホで写真を撮るのは難しいです。

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↑ニューシャトルは先程乗ってきた2000系という2007年に導入された車両のほか、2020系という2015年に導入された新型車両もあります。

次に終着駅の外の様子も見てみます。

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2020年11月15日 (日)

どこなのか謎の本殿から2000 メートル離れた元遥拝所の須賀神社とその前の350メートルだけの広い道路

武蔵村山市岸二丁目に須賀神社があります。

当然に海沿いではないのに、なぜ「岸」という地名なのか不思議です。

狭山湖のある狭山丘陵に沿っているとも言えますが、あの湖は貯水池としての人造湖です。

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そもそもからして、明治時代まで多摩郡岸村だったといいます。

残堀川の河岸というのも無理を感じます。

須賀神社の創立は古く、元々の社殿は寛永10年(1663)に建立されました。

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村内の悪病鎮護のため2000メートル余り隔てた丘山に奉祭されていました。

その後こちらに寛政2年(1790)に遙拝所を創立しました。

昭和32年(1957)に木造神明造を新築し、昭和51年(1976)には遙拝所を本殿と定めたといいます。

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↑社殿の裏側は小山のようになっており、北側には道があります。

そこには、縁結びの木というものもありました。

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木が繋がったようになっています。

ところで、以前の本殿がどこだったのか気になります。

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↑こうして北の方に見える山というか丘の上にあったのでしょうか。

これらの丘陵は、都立野山北・六道山公園となっています。

その公園パンフレットに、「須賀神社(奥の院)」というのがあります。

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2020年11月 8日 (日)

石神井川下流部の王子駅周辺の流れを探して音無親水公園とトンネルの川バイパス

石神井川というと西東京市から練馬区を流れている河川としてのイメージが強く、下流部は王子付近から隅田川へと流れているとは知っていました。

しかし、実際に下流部は見たことはありませんでした。

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王子駅北口の西側へ出ると、目の前に川があります。

↑東側から見ているので、奥にあるJR改札口や鉄道高架の下に川は流れて行きます。

実はこれは石神井川の旧流路だといいます。

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↑ここは「音無親水公園」として整備されているので、川面に近づくことができます。

この辺りでは石神井川は音無川と呼ばれており、江戸時代にはここは音無渓谷として、歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれています。

親水公園として、公園の中の下流部は船・橋・水車等を配して川と人間とのかかわりを表現しているそうです。

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↑ 水車の上の方に架かっていた白木作りの「舟串橋」は、かつて明治40年(2007)に架けられていたもので、昭和33年(1958)の狩野川台風で流されてしまったものを復元したものです。

公園中流部は、玉石やせせらぎが配置されています。

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↑後から知ったのですが、この右は、かつての王子七滝のひとつ「権現の滝」を再現したものがあったようです。

北区HPによると。流量は毎分1トンとありますが、前回見た「名主の滝公園」の滝と同様に水は流れていませんでした。

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↑公園上流部には荒々しい岩組みや流木を配置したといいます。

この音無橋の下の大きな流木はインパクトがありました。

音無親水公園は、日本の都市公園100選に選ばれています。

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↑この岩組みのあるところのさらに上流は、石神井川の本流があります。

ダムのような高い擁壁があります。

その本流を見てみます。

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2020年11月 1日 (日)

王子の4つの滝に期待したがちょっと残念だった名主の滝公園とそこにいたカワセミ

北区王子に「名主の滝公園」があります。

王子村の名主「畑野孫八」が自邸に開いたのが始まりで名前の由来もここから来ました。

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それが江戸時代の安政年間(1854~1860)であると北区公式HPにあり、そこにあるリンクのパンフレットには寛永年間(1848〜1854)となっています。

明治時代以降の感覚と違い、この頃までは一つの年号が短いのでどちらにしろ江戸時代の終わり頃です。

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同じくパンフには、近世末期には庶民にも開放され、将軍も鷹狩りのついでに立ち寄って休息するなどその名が広く知れ渡るようになったとあります。

明治元年が1868年であることを考えると、幕末もイメージが変わります。

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池のある回遊式庭園ですが、江戸百景の庭園として整備されたのは、明治の中頃で、垣内徳三郎の所有になってからで、明治時代の造園方法を残しているそうです。

武蔵野台地の突端である王子近辺には滝が多く、かつて「王子七滝」と呼ばれる7つの滝がありましたが、「名主の滝」だけが現存する唯一の滝となっています。

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↑王子駅から徒歩10分程度でまず最初に見た薬医門から入ると池があり、案内図では手前の木橋は池の中のはずですが、水がありません。

この辺りは台地と低地の間で、かなりの高低差のある土地ですから湧水はあってよさそうなところです。

渇水期ではないはずですが、奥にあるはずの滝も心配になります。

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↑「女滝」がある場所でその表示もありますが、水は流れていません。

ここには4つの滝があり壮大であるとパンフレットにも書かれています。

他の滝も見てみます。

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