フォト
無料ブログはココログ

ランキングに参加しております。いずれかポチッとお願いします。

« ソフトバンク本社が入る東京ポートシティ竹芝のロビーフロアとスキップテラスの眺め | トップページ | 北条政子による国指定重要文化財の廣徳寺大御堂とそこに古墳もある川島町 »

2020年10月 4日 (日)

新田義貞兜掛けの松がある所沢市久米の鳩峯八幡神社と水天宮

東村山市と所沢市の市境付近には新田義貞に関する遺跡というか多くの伝説が残っています。
鎌倉街道が南北に通っていて、久米川古戦場や小手指ヶ原古戦場があります。
Img_0735-500x375
↑その二つの古戦場の中間に森となった小高い丘陵があります。
この所沢市久米には鳩峯八幡神社があります。
延喜21年(921)に京都の石清水八幡宮を分祀し勧請したと伝えられています。
Img_0736-500x375
明治5年には村社、大正10年には郷社に列せられましたといいます。
ちょっと不思議で調べてみたら、明治14年(1881)に久米村の一部である金山が所沢村に編入され所沢町になったというので、これが理由のようです。
Img_0738-500x375
↑参道を少し進むと、左側には神社らしくなく鐘楼があります。
明治時代に神仏分離される前の名残りなのでしょう。
江戸時代には、天正19年(1591)徳川家康から社領御朱印五石を寄進され、代々将軍より幕末まで寄進されたりしたといいます。
Img_0742-500x375
そして、ここにも新田義貞伝説が残っています。
元弘3年(1333)5月、新田義貞による鎌倉攻めの折、八國山の将軍塚に陣して、当社に参拝して戦勝を祈願したと伝えられています。
Img_0744-500x375
↑参拝時に兜をかけた「兜掛けの松」があり、その旧蹟の碑もあります。
しかし、当時の松は枯れてしまって、小振りな松がありました。
もう一つここには旧蹟があるといいます。
Img_0748-500x375
同じく、新田義貞が参拝の際に鎧を置いたところを祀った「鎧稲荷」の祠があります。
↑覆殿の左側にはいくつかの末社らしい祠がありますが、その一つがそうでした。
また、覆殿の中にある本殿は一間社流れ造り、見世棚形式の木造建築で、埼玉県内に数少ない室町時代以前の古社建造物といいます。
Img_0750-500x375
鳩峯八幡神社にはいくつもの末社がありますが、かなり大きなものもあります。
↑久米水天宮です。
所沢市で西武不動産が大規模開発した住宅街である松が丘にも、水天宮下というバス停がありますから、こちらの方が有名なくらいです。
Img_0753-500x375
久米水天宮は鳩峯八幡神社よりも南側の丘陵斜面の少し低くなったところにあります。
しかし、両社は入口も別で、末社とは知らない人も多いでしょう。
さらに下ったところに、両社の社務所がありました。
Img_0754-500x375
↑二つの神社の間には、西に向かって山道があります。
この辺りはトラスト取得地であるトトロの森2号地や鳩峯公園となっています。
久米という地名は、ここ埼玉県所沢市にありますが、久米川町は東京都東村山市にあります。
どちらも西武新宿線の久米川駅からは離れています。
Img_0758-500x375
↑元の参道に戻り、丘陵を北に降りていくと、所沢駅近くのタワーマンション群が見えてきます。
ここは所沢市の自然と開発の両面の見られる風景です。
.
.
.

« ソフトバンク本社が入る東京ポートシティ竹芝のロビーフロアとスキップテラスの眺め | トップページ | 北条政子による国指定重要文化財の廣徳寺大御堂とそこに古墳もある川島町 »

51埼玉県」カテゴリの記事

神社」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ソフトバンク本社が入る東京ポートシティ竹芝のロビーフロアとスキップテラスの眺め | トップページ | 北条政子による国指定重要文化財の廣徳寺大御堂とそこに古墳もある川島町 »