ロンヤス会談が行われていたのをニュースで見たことのある自然いっぱいの日の出山荘
日本の総理大臣は、アメリカの大統領とファーストネームで呼び合うような密接な関係を築こうとしています。
その先駆けは中曽根首相であり、パートナーはレーガン大統領でしょう。
それを印象付ける歴史的舞台としてニュースに登場したのが、日の出山荘でした。
↑日の出町にありますが、駐車場の辺りから今来た道を振り返れば、都内とは思えないようないい景色です。
少し手前に広い駐車場がありましたが一台も停まっておらず、「この先にも駐車場あります」という看板もあり250メートルほどですので、そちらに行ってみることとします。
↑100メートルほどすると、真ん中の細い道のところに小さく「日の出山荘」と書かれた表示板があります。
車一台がやっと通れるくらいの道幅です。
総理大臣と大統領が来たところと思い甘く見ていましたが、やはり山荘です。
路面を川のように水が流れており、対向車が来たらどうしようかとヒヤヒヤしながら100メートルほど登り坂を進むと、車が数台は停められるスペースがありました。
やはり、ここにも車はありませんでした。
↑道の横には小川が流れており、小さな滝もあります。
↑少し徒歩で登り坂を行くと、日の出山荘はあります。
さらに「中曽根康弘・ロナルドレーガン日米首脳会談記念館」と書かれています。
しかも「中曽根康弘 書」とありますから、本人の自筆のようです。
日の出山荘は中曽根元総理から日の出町に寄贈され、町による指定管理者の運営する記念館となっています。
↑入場料300円を支払ってパンフレットをもらい受付の建物の外に出ると、案内図があります。
大きくは三つの建物があるようです。
↑「青雲堂」といいますが、江戸時代末期に建てられた古民家です。
昭和37年(1962)に中曽根首相がここを別荘とし、そう名付けたそうです。
故郷である高崎市の政治活動の拠点である青雲塾の名前が由来といいます。
↑中に入ると、玄関前はすぐ部屋となっており、新聞やニュースで見た写真が飾られています。
昭和58年(1983)11月11日のことです。
中曽根首相が自らたてた茶の湯でレーガン大統領夫妻をもてなしているところです。
確かに見たことがあります。
両夫妻とも、ちゃんちゃんこを着ているというのも記憶に残っています。
↑すぐ隣の部屋では、同じく会食をしている写真もあります。
まだ政治に興味のない若い頃でしたが、これらの映像はインパクトがありました。
中曽根首相はロナルドを「ロン」と、レーガン大統領は康弘の「ヤス」とお互いに呼び、両者間を「ロンヤス関係」といわれていました。
建物は萱葺き平屋建てで、面積もさほど大きいわけではなく91平方メートルです。
保存されている古民家というと地方の豪農の大きな家をよく見ます。
そのため、もっと大きな建物を想像していましたからちょっと予想外でした。
↑建物のすぐ前には「ロナルドレーガン大統領記念植樹」と書かれた表示板があります。
ここにハナミズキを植えたといいます。
後に見ていくのですが、これは敷地内の一等地であることから、中曽根首相が日米関係を重視していたことがわかります。
その他にも日の出山荘にはいろいろありますので、次回に続きます。
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