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2020年3月 8日 (日)

朝霞市指定史跡らしく感じられない広沢の池とその水の出口と広沢観音

東武東上線朝霞駅から600メートル程の距離を真っ直に南に向かうと「広沢の池」があります。

京都にも同じ名前の有名な池があるようですが、こちらは朝霞市指定史跡となっています。

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東西50メートル、南北25メートルで面積約1000平方メートルと、それほど大きくはありません。

広沢の池の崖上には、かつては雑木林の広沢原が広がっており、それらの地下水が崖下に湧き出る湧水地です。

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↑確かに西側の朝霞中央公園の方から見ると、結構な高低差があることが分かり、建物2階の屋根しか見えません。

江戸幕府により文政年間にまとめられた「新編武蔵風土記稿」にも記載があり、広沢の池の水が東に流れ、七ツ釜の水と合流して越戸川となり、灌漑用水として利用されていたといいます。

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↑池際には不動明王像があります。

背中合わせにあるのは、池の横なので弁天様でしょうか。

さらに西側の敷地には、広沢観音があります。

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かつては、もっと南の山の上にあったのですが、天正18年(1590)北条氏照により城山合戦の際に焼かれてしまったといいます。

そこを堂山というそうですが、今ではどこかわかりません。

入間郡の城山合戦というと、いくつか思い出すところがあります。

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↑広沢観音のお堂は趣のある建物ですが、調べてもあまり記録が見つからず、観音堂という名の寺院のようです。

城山合戦の場は、2年前に見た狭山市の城山砦のことなのでしょうか。

または、7年も前で城跡への関心があまりない中行った所沢市の滝の城なのでしょうか。

いずれも、ここからは結構離れています。

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↑現在の広沢観音の裏手が先程上からの景色を見た西側の高台になります。

坂道を登って行く階段もあります。

上の方にも祠があります。

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富士塚かとも思い調べてみましたが、そういったものでは無いようです。

↑上にあるブロック塀は、2枚目の写真の奥に写っているものの裏側になります。

広沢の池の方も朝霞市指定史跡という割には、あまり記録がありません。

東に流れる川の流れも現在はありません。

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暗渠か管渠にしても流出口があるはずなので、池のいろいろな方向から見てみました。

↑奥の東側の道路下の開口部に見えるところは、単なる橋の下の部分でした。

どうやら、その左の小さな穴のあるところが水門で、現在は門が閉じた状態となっているようです。

あの左側が大きく開いて、水が地下を流れて行くようになっているということです。

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