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2020年3月

2020年3月29日 (日)

富士見市にある関東に2つしかないという阿蘇神社は境内社が数多い

埼玉県富士見市東大久保の道路を車で走っている時に、「鎮守阿蘇神社入口」という看板を見かけました。

阿蘇神社とは珍しいなと立ち寄ってみました。

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関東には、羽村市とここにしかないそうです。

富士見市の観光パンフに、そのように書かれていました。

松の木が立派だなと思い参道を進むと、手水舎の横にある境内社がいくつも並んでおり印象的でした。

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神社の説明板には境内社の名として、八坂社、山神社、子安社、疱瘡社、稲荷社、琴平社と書かれています。

阿蘇神社の祭神は阿蘇比女之命(アソヒノミコト)といい、女性の神です。

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阿蘇神社という名から、阿蘇山が御神体なのかと思っていましたが、神武天皇の孫が神となる神話があるようです。

そして、こちらの祭神は、そのストーリーにある健磐龍命の妃となります。

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↑拝殿と覆殿と隙間から見える本殿は趣があります。

さらに、この参道の左にも鳥居があって、もう一本の参道があります。

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2020年3月22日 (日)

練馬区で着実に進む石神井川の河川改修工事と桜の開花

ここ数日はとても温かくなり、東京都内でも桜が咲き始め、一部は早くも満開です。

春分の日に練馬区で見てみると、やはり桜が咲き始めていました。

そうした中、夏のゲリラ豪雨や秋の台風に備えた石神井川の河川改修工事も着実に進んでいます。

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↑西武新宿線の上石神井駅と池袋線の大泉学園駅を結ぶバス通りである上石神井通りの「愛宕橋」から下流側は、川幅も20メートル程となり、ほぼ工事は完了しています。

「あたご橋」というバス停名にもなっているこの橋は、しばらく前までは河川拡幅に伴い、橋の架け替え工事が行われていました。

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↑そのすぐ上流にあるここが拡幅工事の前後の境界となっています。

鋼矢板による護岸はありますが、上流は川幅がかなり狭くなっています。

石神井川河川整備計画では、現況6~8メートルの河道を拡幅して、1時間当たり50mmの降雨に対応できるようにしており、こうした工事が進められています。

また、それさえも超過する集中豪雨が増加しているため、75mmに目標整備水準を引き上げ、調整池を組み合わせて対策を実施しているといいます。

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↑この辺りも間もなく工事が行われるようで、ここ小ケ谷戸橋も拡幅に伴い3月末には通行止となると書かれていました。

このすぐ上流の新青梅街道の扇橋は、はるか高い位置を高架橋のように通っています。

それにしても、道路の下にあんなに太い土管が通っているとは驚きました。

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↑扇橋の上に登って上から見てみると、手前は川幅が狭く奥の下流は広くなっています。

ポツポツと咲き始めた桜もきれいです。

次に新青梅街道から反対側、つまり上流側も見てみます。

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2020年3月15日 (日)

茶畑の中のこんもり林にある三輪神社とそこにあった渋沢栄一書の記念碑

入間市西部には「茶どころ通り」という道路もあるくらいで、広大な茶畑が広がっています。

そうした茶畑の中に、こんもりとした林があります。

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↑埼玉県から「ふるさとの森」に指定されています。

入間市三輪神社社叢ふるさとの森です。

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↑その名の通り、三輪神社の境内林になります。

ここは地名も中神といいます。

かつて琵琶を弾く翁と媼がいて、村人は国津神と敬い、村を中神村、ここを比和野と呼んだそうです。

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承平6年(936)藤原秀郷が狩りの際に彼らに出会うと、宇賀彦、宇賀姫であるといわれ、ここに比和野大明神として社を建立したといいます。

万次2年(1659)には三輪山をご神体とする大神(おおみわ)神社を勧請して、社号を三輪大明神と改めたそうです。

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万延元年(1860)に拝殿を改築する時に書かれた天井絵は幅約6.1メートル、奥行き約3メートルの雲竜の墨絵で、入間市指定有形文化財となっています。

拝殿、幣殿、本殿と並ぶ立派な社殿です。

こんな茶畑の真ん中に?と思うくらい素晴らしいところです。

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2020年3月 8日 (日)

朝霞市指定史跡らしく感じられない広沢の池とその水の出口と広沢観音

東武東上線朝霞駅から600メートル程の距離を真っ直に南に向かうと「広沢の池」があります。

京都にも同じ名前の有名な池があるようですが、こちらは朝霞市指定史跡となっています。

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東西50メートル、南北25メートルで面積約1000平方メートルと、それほど大きくはありません。

広沢の池の崖上には、かつては雑木林の広沢原が広がっており、それらの地下水が崖下に湧き出る湧水地です。

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↑確かに西側の朝霞中央公園の方から見ると、結構な高低差があることが分かり、建物2階の屋根しか見えません。

江戸幕府により文政年間にまとめられた「新編武蔵風土記稿」にも記載があり、広沢の池の水が東に流れ、七ツ釜の水と合流して越戸川となり、灌漑用水として利用されていたといいます。

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↑池際には不動明王像があります。

背中合わせにあるのは、池の横なので弁天様でしょうか。

さらに西側の敷地には、広沢観音があります。

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かつては、もっと南の山の上にあったのですが、天正18年(1590)北条氏照により城山合戦の際に焼かれてしまったといいます。

そこを堂山というそうですが、今ではどこかわかりません。

入間郡の城山合戦というと、いくつか思い出すところがあります。

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2020年3月 1日 (日)

川越市古谷にあるのに古尾谷八幡神社という県指定文化財である神社と灌頂院

JR埼京線というか正式には川越線の終点川越駅一つ手前には南古谷駅があります。

地名も古谷本郷の、さらに古谷八幡通り沿いに「古尾谷八幡神社」はあります。

古尾谷庄総鎮守であり、名称は古谷ではなく古尾谷といい、縣社にもなっていました。

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隣りには広い駐車場もある大きな神社です。

一ノ鳥居の先にはニノ鳥居、三ノ鳥居まで見えます。

慈覚大師が石清水八幡宮の分霊を祀り、貞観4年(863)に創建したといい、この辺り古尾谷庄は石清水八幡宮の荘園だったそうです。

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↑ニノ鳥居は明和年間(1764〜1772)のもので、道を挟んである三ノ鳥居は慶長元年(1648)に建立されたものといいます。

源頼朝や北条氏政、当地領主であった古尾谷氏などの崇敬を集め、天正19年(1591)には徳川家康から社領50石の御朱印状を拝領し、その寄進状は川越市指定文化財となっています。

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↑ちょっと左を見ると、境内に稲荷社もあります。

赤い鳥居が数多く立てられておりキレイですが、こちらの鳥居は新しいようです。

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↑古尾谷八幡神社に戻り、手水舎も風情があります。

ここは南古谷駅からもかなり離れているし、住宅地でもなく、人通りは少ないところです。

参拝者も少ないせいか水が無いのがちょっと残念でした。

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↑参道正面には拝殿、そして後ろには本殿があります。

こちらは埼玉県指定有形文化財といいますが、ちょっと新しそうなのが不思議です。

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