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2019年12月

2019年12月29日 (日)

首都高速のさいたま市与野でループを描く不思議な道路形状と与野ジャンクション

首都高速5号池袋線を走っていくと、荒川を渡り埼玉県内では新大宮バイパス上を通っており、美女木ジャンクションからS5号大宮線となります。

その与野出入口のところを北側から見ると、首都高速道路は大きく東西に分かれていくように見えます。

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近くのイオンモール与野の駐車場からも、北に向けては左右に広がっていく高架道路が見られます。

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しかし、実際には首都高速道路自体は東西に別れずに、上り下り車線とも東に向かい、S2号新都心線となっています。

下り車線は西に向かわず、ループを描いていきます。

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どうしてこんな形状となっているのか不思議なところです。

実は、まあ誰でも想像する通り、新大宮バイパスの上部を北へと向かう道路計画があります。

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新大宮上尾道路という、さいたま市中央区から鴻巣市に至る延長25.1kmの高架構造の自動車専用道路です。

与野から上尾南までの8キロメートルから先に整備されるようです。

与野ジャンクションとなるために、こんな特殊な道路形状となっています。

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↑円阿弥交差点北東側から南を見ていますが、あるはずの3本の道路は見えません。

左はS2号線上り車線、右は与野出入口です。

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↑なぜか、交差点北西側から見ても2本の道路に見えます。

左が与野出入口、右がS2号線下り車線です。

将来、ジャンクションとすることを想定して、いわゆる「イカの耳」があります。

ループのところも下から見てみましょう。

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2019年12月22日 (日)

ヘリテージとプレステージの2ブランドとしてThe Okura Tokyoになったホテルオークラとそこにある庭園

ホテルオークラといえば、日本を代表するホテルの一つです。

それが2019年9月に「The Okura Tokyo」に生まれ変わったといいます。

海外を中心に展開していた「オークラ プレステージ」ブランドと新たに創設された「オークラ ヘリテージ」ブランドの2つのブランドを一体で運営するショーケースとなるホテルだということです。

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↑左が「オークラ ヘリテージウイング」で、17階建に140の客室があります。

右が「オークラ プレステージタワー」で、41階建に368の客室があります。

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↑高層棟であるこちらの客室は28階以上に配置され、その下はオフィスとなっています。

一方、中層棟のヘリテージウイングの方は、日本の美のエッセンスで創り込む唯一無二のラグジュアリーホテルということで、オフィスとの併設ではないというこだわりがあるようです。

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2.6ヘクタールの敷地面積のうち1.3ヘクタール余りを緑地・庭園としました。

ホテル庭園というと、2年前に見てきたホテルニューオータニ庭園が有名ですが、こちらにはオークラ庭園が整備されました。

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滝、池、湿地などの水の動きや流れを石や砂利を用いて「水の道」として、枯山水の庭園としたといいます。

竹林の間の通路は、プレステージタワーのオフィスの入口へと繋がっていました。

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同じプレステージタワーの宴会場ロビーへは別の入口となっています。

そのロビーからは庭園が目の前に見られるようになっています。

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2019年12月15日 (日)

昔の面影のある崖線上の鎌倉街道と三芳町唯一の湧水のある竹間沢こぶしの里

国道463号線浦和所沢バイパスは交通量の非常に多い道路ですが、100メートルほど道から横に入るだけで自然いっぱいの場所もあります。

OSCデオシティ新座やマクドナルドのすぐ近くですが、鎌倉時代当時のような鎌倉街道に出会えます。

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最初は地形が分からなかったのですが、周囲を歩き回ってみると崖線の上の縁を通っているようです。

近くを流れる柳瀬川により形成された崖線でしょうか。

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↑ここにこんな鎌倉街道があるとは知りませんでしたが、三芳町歴史民俗資料館のところにある地図で知りました。

その道の曲がった箇所に「こぶしの里と鎌倉街道」との表示板があります。

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少し進むと、古井戸山の石仏のところで、崖を下りていく「竹間沢こぶしの里」の入口があります。

この角には、宝暦8年(1758年)に造立された馬頭明王像と地蔵菩薩立像(古井戸地蔵)があります。

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この辺りは三芳町唯一の湧水池と町のHPに書かれていましたが、ここだけで湧水箇所は多数あるようです。

林の中を下の方を見ると、かなりの高低差があるようです。

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調べてみると、18メートルほどあるということです。

水音が聞こえてきます。

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↑下に着くと、思っていた以上に大きな池がありました。

水音の元を辿って見に行ってみます。

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2019年12月 8日 (日)

ときがわ町の雀川にある砂防ダムは公園が併設されていて駐車場もある

砂防ダムまたは砂防堰堤といえば、通常は目にすることのないような山奥にひっそりとあるというイメージです。

現に前回は、赤坂沢の砂防ダムにたどり着くことが出来ませんでした。

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↑ときがわ町にある雀川砂防ダムは公園内にあり、しかも駐車場もありますから、気軽に行くことのできる珍しい砂防ダムです。

埼玉県道30号線からの西に向かう入口は標高106メートルほどで、そこには案内看板もあります。

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↑雀川砂防ダム公園といい、その地形を生かして、お花見・イベント広場、展望広場、渓流広場の3つのゾーンに分かれています。

ダムを下から見ることができるところが、お花見・イベント広場です、ここの標高は150メートルほどです。

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↑メインのダムの手前にもう一つ少し小さなダムもあるようです。

確かに砂防ダムというと、川の急流部にいくつか連続で設置されているイメージがあります。

砂防ダムは土石流を食い止めますが、いくつか設置することで、川の勾配が緩やかになり、流れのスピードが落ちることで大きな石から堆積するといいます。

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砂防ダムというと、あまり大きくないものをイメージしていました。

↑しかし、メインの雀川砂防ダムはダム高17メートルもあり迫力があります。

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↑この2基の他にも、公園のすぐ下流に別の砂防ダムはありました。

続いて、眺望を期待して、展望広場に行きます。

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2019年12月 1日 (日)

八高線から見える越生総社の春日神社と諸般の事情でたどり着くことが出来なかった赤坂沢

JR八高線の越生駅から少し高崎方面に向かうと、車窓からは右に神社が見えます。

車でその前を通ったので立ち寄りました。

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↑高麗川から先は電化されていないため架線がないので、八高線も写っている写真を撮ろうかとしました。

しかし、この辺りは1時間に1本程度しか走っていないため、列車とのセット写真は撮れませんでした。

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↑越生総社春日神社と刻まれています。

延暦元年(782年)創建とされ、内裏山獅子岩の傍に祭祀されていたものを、征夷大将軍坂上田村麻呂が東夷征伐の際に、この地に宮殿を築いて内裏大明神を祀ったといいます。

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↑随神門もあります。

さらに、平将門が当地に内裏を置いたとされ、延喜年中に将門の伯父である平国香が修繕したともいいます。

社伝にしても、有名人がずらりと出てきます。

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↑左は拝殿、右は神楽殿ではなく舞殿と書かれていました。

松山城主上田能登守の再建を経て、寛政10年(1798)に内裏大明神春日大明神を改め、春日神社として越生十六郷総鎮守と定められました。

これにより、越生総社と書かれていたようです。

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↑拝殿の奥にある本殿も趣のあるいい建物です。

ところで、本日の目的地は標高70メートルのここではなく、もっと山奥なのでそちらに向かいます。

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