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2019年11月 3日 (日)

所沢市と三芳町に跨がる三富地域の総鎮守である神明社と教科書にもあった人々の名

所沢市に中富と下富が、三芳町に上富という地名があります。

これは江戸時代の上富村、中富村、下富村の名残です。

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↑所沢市中富にある「村社 神明社」です。

元禄9年(1696年)に川越城主であった柳沢吉保がこの辺りを新田開発し、上富村、中富村、下富村の三ヶ村を開いたといいます。

三富新田といわれています。

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↑手水舎と神楽殿の向こう側は、引き続き多聞院の敷地になります。

開村の際、ここに一寺一社の制に基づき、鎮守の宮として毘沙門社と多聞院を創立したといいます。

宝暦11年(1761年)(入間郡誌では宝暦8年)には境内に神明社を勧請しました。

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↑その神明社の拝殿です。

明治時代になって神仏分離令により、神明社と多聞院に敷地が分けられるようになっています。

明治45年には、享保年間には幕府直轄領として開発された所沢新田等の富岡地域の七社も合祀されたといいます。

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↑本殿は比較的最近に再建されたようでキレイです。

この神社は三富地域、富岡地域の総鎮守ですから、結構な範囲です。

また、この辺りは「川越いも」特に「富の川越イモ」ともいわれるサツマイモの名産地で、境内には「いも神社」もありました。

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甘藷乃神(いものかみ)として、この地にサツマイモの導入を図った吉田弥右衛門と、関東地方でサツマイモの試作に最初に成功した青木昆陽が祀られています。

青木昆陽というと日本史の教科書にも江戸時代に甘藷の栽培を広めたとして載っていました。

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↑境内社としては、菅原道真を祀った「天神宮」もあります。

また、敷地内には鎮守の杜のほかに、「月の原 花の小径」もあるとの看板がありました。

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しかし、もう11月ですから、わずかに見えるツワブキが咲いているだけでした。

ちなみに、月の原とはここの小字だそうです。

ところで、隣接地の土塁らしきものが気になりました。

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調べてみても、ここに城があったという話は見つからないので、単なる勘違いのようで残念です。

柳沢吉保も、徳川5代将軍綱吉の側用人として日本史の教科書に載っていたことも思い出しました。

政治的にはあまりいい印象のない人ですが、この辺りの新田開発をしたとは知りませんでしたから、懐かしいことを思い出す小さな旅になりました。

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