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2019年10月13日 (日)

入間市宮寺にひっそりと鎮座する出雲祝神社が延喜式神名帳の入間郡5座か

多摩湖や狭山湖のある狭山丘陵の北を通る県道所沢青梅線を西に向かい、所沢市を抜けると入間市宮寺です。

県道からは奥まった小高い丘の上に出雲祝神社があります。

北側からの参道は通行できなくなっていました。

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表参道は東側にあるようです。

村社出雲祝神社と書かれています。

説明板には、延喜式内社で第十二代景行天皇の時に創建され、大宝2年(702)に再建されたとあり、その棟札もあるようです。

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平安時代の延喜式神名帳にある入間郡5座のうちのひとつということです。

しかし、階段を数段上ると一ノ鳥居があり、そこには寄木宮と書かれています。

鳥居の奥の参道の右には旗竿と思われる長い木が屋根付きで置かれています。

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延喜式内社の出雲イワイ神社は、いくつかの論社があるようです。

2年前に行った毛呂山町にある出雲伊波比神社も論社の一つです。

参道を進むと、さらに階段があり、二の鳥居へと続きます。

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↓二の鳥居の奥に拝殿があります。

右には境内社の八雲神社、左には護国神社があります。

その右には社務所らしい建て替え中の建物がありました。

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出雲伊波比神社の本殿は室町時代の建築で重要文化財にも指定されていましたが、出雲祝神社の方は歴史的なそういった建築物はないようです。

しかし、こちらには戦国時代の弘治3年(1557)の北条氏康からの朱印状が残されており、そこに「出雲祝神社」と記されています。

その他の状況はどうでしょう。

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↑覆殿の中に本殿はあるのでしょう、見ることはできませんでした。

江戸時代の天正19年(1591)徳川家康の朱印状には「大明神」と書かれているといいますし、江戸時代には一の鳥居にあった「寄木宮」と呼ばれていたとも言います。

拝殿から二の鳥居方向を振り返って見ると、右に手水舎、左に神楽殿があります。

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これら二通の出雲祝神社文書は、古文書として入間市指定文化財となっています。

出雲伊波比神社の方は、明治時代になってからその名称を名乗ることになったという説もあります。

延喜式神名帳にあるのがどちらなのかは明確にはわかりません。

本殿のさらに奥には碑が立っており、左は重闢茶場碑で、「かさねてひらくちゃじょうのひ」と読むそうです。

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天保3年(1832)に撰されたもので、狭山茶の由来が記されています。

右は茶場後碑で明治9年(1876)に建てられたもので、その後の狭山茶業の歩みが記されています。

どちらも、史跡として入間市指定文化財になっています。

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↑神社のすぐ東にある西久保観世音の境内にあるカヤの木も、天然記念物として市指定文化財です。

根回り4.3メートル、高さ23メートル、枝張り15メートルの巨木で、伝説によると、奈良時代宝亀年間に植えたといいます。

市HPによると樹齢約800年で市内第一の古木とありますから、鎌倉時代のものでしょうか。

いずれにしても、長い歴史を感じさせるところです。

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