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2019年7月

2019年7月28日 (日)

富士見市の武蔵野台地の端に突き出た氷川神社とそこにある湧水

国道254号線バイパス沿いに沿っては、ららぽーと富士見、またすぐ隣には市役所もあります。

この辺りは、武蔵野台地が舌状台地となって突き出た部分との間の高低差を見ることが出来ます。

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↑鶴瀬駅のある南西方向に向けては、道路も登り坂となっており、高さの差は10メートルほどになっています。

奥に見える木々の生い茂ったところは、氷川神社の鎮守の杜となっています。

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道路を挟んで、諏訪神社とこの氷川神社は向かい合っています。

どちらも、古代の住居址が数多くあるところに建立された神社です。

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↑狛犬は溶岩の上にいて迫力があります。

獅子山というそうです。

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↑拝殿にはネコが昼寝していましたが、割とこれは日常的な風景だそうです。

創建は不明ですが、江戸時代の正徳元年(1711)に社殿が再建されたという棟札が現存しています。

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↑参道の途中には、下に向けて降りて行く階段があり、「雲居の瀧」と書かれています。

本当に滝があるのでしょうか。

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2019年7月21日 (日)

以前は滝山城跡にあり北条氏照によって移された蔵王権現社であった丹木御嶽神社

国道411号線滝山街道沿いの小高い丘の上に御嶽神社があるというので行って来ました。

八王子市丹木町の滝山城跡のすぐ近くなのですが、登り口が分かりませんでした。

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Googleマップにも載っていませんでしたが、南側からのルートの見当をつけて行ってみました。

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↑急な上り石段があります。

村社御嶽神社と書かれています。

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↑途中で後ろを振り返っても急坂であることが分かります。

やがて南東方面からのもう一つの参道につきます。

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ここを左に行くと、御嶽神社本殿です。

その歴史は古く、往古蔵王権現社と称し高月村にあり、今の滝山城跡山頂に蔵王堂が鎮座していたと言います。

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社の立は推古天皇代(595年)といいますから、滝山城があるはずもない頃の話です。

藤原時代の康平2年(1059年)源義家が社を再興し社殿を新築したといいます。

その後、現地への移転が行われることになります。

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2019年7月14日 (日)

崖の上にあり豊富な湧水となぜか神社もある日野市立中央図書館

JR中央線の豊田駅近くにある日野市立中央図書館のすぐ裏は木々があり林となっています。

そして、そこは崖となっています。

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図書館建物の裏に行けるようになっており、そこには八幡神社があります。

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その図書館の木々の生い茂った裏庭のようなところから南側は、崖になっています。

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日野市には数多くの湧水がありますが、ここもその一つがあります。

「中央図書館下湧水」といい、毎秒17リットルの水が湧き出ているそうです。

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この左からも既に水が流れて来ていますが、すぐ先のコンクリートと地面の隙間から流れて来ています。

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崖の林にしみ込んだ水が大量にあるのでしょう。

図書館下湧水は、東京都環境局による東京の名湧水57選の一つに入っています。

この南側から図書館に向かうには、鳥居をくぐって行くという不思議な風景となっています。

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2019年7月 7日 (日)

本富士警察の名前の由来となった本郷にある富士浅間神社と東大内の庭園

文京区本郷に本富士警察という警察署があります。

左隣にある消防署は本郷消防署という名称ですから、警察はなぜ「本富士」なのか不思議でした。

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これまで存在に気付いていなかった神社がすぐ近くのビルの隙間にありました。

そこにあった文京区教育委員会による説明板で謎が解けました。

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ここは明治5年(1872)から昭和40年(1965)まで「本富士町」という町名だったといいます。

なぜかというと、加賀藩本郷邸の跡地であった東京大学本郷キャンパスに「富士浅間神社」があったからだそうです。

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江戸時代には「椿山」と呼ばれる小丘があり、それが「富士山」「富士塚」などと呼ばれ、富士浅間神社が祀られていました。

現在のこの位置ではなく、数百メートルほど離れた東大赤門を入った右側の辺りだそうで、今では面影はありません。

ではここになぜこの場所に神社があるかというと、明治維新により加賀藩本郷邸は明治4年に国に接収されましたことによります。

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そのため、前田家は旧加賀藩邸の南西一角に移転し、祀られていた富士浅間神社もその敷地内に移転しました。

さらに前田家が昭和3年に駒場へ移転して、地元の町会がここを管理しているという経緯だそうです。

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↑神社の道路を挟んだ向かい側には、いいチャーチゴシックの建物があります。

「日本基督教団本郷中央教会」で、昭和時代の建物ですが、東京都登録有形文化財となっています。

また、本富士警察署のすぐ奥にある東大の竜岡門横には、東京都選定歴史的建造物があります。

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