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2018年12月 2日 (日)

立川ではなくて所沢にある国指定重要文化財の砂川遺跡と砂川の源泉

砂川遺跡という名前を聞くと、砂川事件を連想するので、立川の周辺にあるのかと思ってしまいます。

在日米軍立川基地拡張に関する事件の裁判ですが、東京都北多摩郡砂川町、現在の立川市の話だったはずです。

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しかし、この砂川遺跡は埼玉県所沢市三ヶ島にあります。

所沢市で最初に発見された旧石器時代の遺跡だそうです。

畑の間のあまり広くない道路沿いで、案内板が無ければ気付かずに通り過ぎてしまうようなところです。

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ナイフ形石器を含む769点もの石片が出土し、1万3000年前のものといいます。

いつもながら、こうした遺跡の年代を聞くと、気の遠くなるくらいの時間の長さを感じます。

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ここは「砂川遺跡都市緑地」として整備されています。

調査では、石器類の出土地点の全記録と出土した石器類の接合という作業が初めて試みられ、ナイフ形石器等の製作工程が明らかとなりました。

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石器類が集中しA地点↑とF地点↓から出土したということで、そこはブロックで囲い表示してあります。

出土した石器類は、「埼玉県砂川遺跡出土品」として国の重要文化財に指定され、明治大学博物館等に所蔵されているそうです。

ここには展示施設はありません。

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また調査により、当時の人々が常に石を携行して移動し、そこで石器を作ったり、他の場所で作ったものが持ち込まれたり、他の場所へ持ち去ったりするなど、人々の生活や動きが実証されました。

日本の旧石器時代研究に大きな成果をあげたそうです。

ここはのどかな田園風景で、昔を感じさせてくれるいいところです。

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でも、遠くに見える小手指駅前のタワーマンションが現在とのミスマッチ感を出しています。

ところで、立川ではないのに砂川という名が付いているのは、砂川という川が流れているからです。

久しぶりに、砂川で川の源泉探しをしてみました。

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↑上流に向かうと、細くなった砂川は早稲田大学所沢キャンパスの西側で暗渠となっています。

三芳町辺りで「砂川堀」という川を見ることがありますが、その上流部のようです。

下流部は「砂川堀都市下水路」、埼玉県HPを調べてみると、「砂川堀雨水幹線」という流域下水道ということでした。

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↑右手前のところで再び姿を見せますが、道路を挟んだ反対側の池というか湿地から流れてきているようです。

この道路の右には早稲田大学のフロンティア・リサーチセンターがあります。

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↑手前の部分はだいぶ水が溜まっていますが、奥の方は涸れています。

奥の方へ道路沿いにしばらく進んでいきました。

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↑木道らしきものがあり、中に入り歩いてみたいですが、民有地かもしれないので勝手に入る訳にもいきません。

調べてみると、やはり早稲田大学の敷地のようです。

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↑道路の方も、車道にはゲートがあり、誰でも入っていい訳でもないようです。

歩道の方のゲートは開いており、特に立ち入り禁止とも書かれてはいませんでしたが、やはりこれ以上進むのは止めておきました。

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↑戻って、左奥の森にもこの後行こうとしてみましたが、早稲田大学の演習林のようで、「実験中につき立入禁止」という看板がありました。

地図で見てみると、やはりこの湿地少し奥に池があるようで、その辺りが砂川の源泉のようです。

砂川堀というのは、ここから流れていたとは思ってもいませんでした。

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