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2018年11月

2018年11月25日 (日)

三春滝桜の子孫樹とやっと見つけた都立中藤公園の入口とデエダラまつりの元

引き続き、都立中藤公園を探して自転車道周辺を巡っていきます。

御岳トンネルを出ても周辺に行ける接続道がないようななので、次の赤堀トンネルに向かっています。

赤堀トンネルの右手前に「赤堀トンネル上の山桜」との表示があります。

上には山桜があり、手前は逆光ですが、花が咲いているように見えます。

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また、同じく右上の木について、「福島県三春滝桜の子孫樹」と書かれています。

本当に子孫樹なのかは確認出来ませんでした。

前回も見た公園HPによると、赤堀トンネルの上にも一部開園部分があるようです。

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このトンネルを抜けたところから南へ道路を迂回して、行ってみることとします。

どこでどう間違えたのか、赤堀トンネルの上部へ行く道が見つからず、大きく迂回して、一つ手前の御岳トンネル上部の道に行くことになり、そこに辿り着きました。

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↑しかも、先程自転車道を通った時は後ろを振り返らなかったので気付きませんでしたが、階段があり、自転車道と繋がっています。

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↑さらに、トンネル上部の奥の方を見ると、小さな「都立中藤公園」との表示があります。

さらに奥には、東京都による都市計画公園事業のお知らせ表示板もありました。

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かなりの広範囲である57.7ヘクタールが公園区域となっているようです。

そのうち色のついた西側の28.41ヘクタール部分が事業認可を取って、用地取得が進められているようです。

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↑先程の小さな公園表示板のあった入口から公園に入って行くと、斜面に登り坂の通路が整備されています。

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↑隣はみかん畑のようで、数多く実っていました。

整備されている開園面積は広くなく、すぐに展望台のような、ベンチのあるところに到着です。

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2018年11月18日 (日)

これまで知らなかったのに地図にある都立中藤公園を目指して探検気分の山歩き

多摩湖の南西側となる狭山丘陵の中央南部辺りに、Googleマップを見ると「東京都立中藤公園」との表示があります。

もっと西に東京都立野山北・六道山公園があることは知っていましたが、中藤公園は初めて聞いた名前です。

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↑ゆったりした田園風景も見られる住宅街を東西に通るこの道路から、地図を見ると公園や池のある北に向けて道があります。

「この先行き止まり」との看板表示されていますが、おそらく自動車のことで、徒歩では通れることでしょう。

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↑この道の入口には、狭山丘陵の緑地があるためか、東京都水道局の「中藤水源」がありました。

進むとすぐに道路は狭くなり、山道となります。

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ちょっとした探検気分です。

気温も少し低くなった気がします。

やがて左手に「魚つり禁止」と書かれていますから、気付きませんでしたがここに池があるようです。

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池は南北に2つに分かれているようで、その間から見てみると水はほとんどありません。

魚釣りどころか魚が居なさそうです。

歩いていると、引っ切りなしに耳元で虫の羽音が聞こえてくるのですが、これがハチなのか、叩いていい虫なのか分からないのが困りました。

Google マップではこの辺に東京都立中藤公園と表示されているのですが、公園らしさは感じられません。

↑Yahoo!マップでは「中藤公園」との表示です。

先程の魚つり禁止は武蔵村山市の名前でした。

やがて、かなり前に見たことのある景色に出会いました。

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↑トンネルだらけの不思議な自転車道の赤坂トンネルです。

6年半前に来ました。

自転車道はここで終点ですが、100メートルほど北に行くと別世界が広がっていたはずです。

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↑しかし、台風の影響でしょうか、倒木のため行けなくなっていました。

この先は人があまり行かず、特に前に来たのは季節も春だったせいか、蝶が飛び交い、ウグイスの声が聞こえる素晴らしい場所でした。

ところで、場所は分かったものの結局のところ都立公園らしさがありません。

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2018年11月11日 (日)

安積発祥の地といえる安積国造神社で進みゆく紅葉を見る

安積というと安積疏水が有名で、場所的には郡山の辺りかな位しか分かっていませんでした。

郡山に行ったので、郡山駅周辺を歩いていると、西に向かい5分程度のところに「安積国造神社」がありました。

国造といえば、「くにのみやつこ」と読むのを習ったことを思い出しました。

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はるか昔、3代成務天皇5年(135年)のことですが、比止禰命(ひとねのみこと)が、初代安積国造に任ぜられて安積国を建国したといいます。

そして、神社を創建して、和久産巣日神と天湯津彦命禰命を祀り、比止禰命の死後には比止禰命が合祀され国造神社となったそうです。

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安積国の開祖が祀られているということです。

ここは郡山総鎮守、安積発祥之宮である安積国造神社となります。

三の鳥居の先には「安積発祥」という碑と石もありました。

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歴史的にはその後にも、坂上田村麻呂の東征の際には宇佐八幡大神が祀られました。

また、東北遠征時の源頼義が戦勝祈願し、義家は神領を寄進したとあります。

拝殿はすぐ先にあります。

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立派な歴史を感じられる拝殿ですが、1810年(文化7年)に再建されたものです。

郡山市内では数少ない江戸時代の現存する建築物となります。

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↑正面以上に斜めから見ると、一層美しさが際立ちます。

安積というのは、郡山市と合併した旧安積郡の範囲だけでなく、古くはほぼ郡山盆地全体という広い範囲の国名だったそうです。

大化の改新後は陸奥国の一部となりました。

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↑この神社の境内はさほど広くはありませんが、様々な建築物があります。

やはり、本殿が気になるところです。

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2018年11月 4日 (日)

多摩ニュータウン遺跡群に盛り土した縄文の村にある3種類の住居跡を見て改めて縄文時代の長さを思う

多摩ニュータウンは総面積3000ヘクタールという広大な場所ですから、開発により1000カ所もの遺跡があったそうです。

その中の多摩センター駅近くの縄文時代の集落跡は、東京都埋蔵文化財センターとなっています。

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↑そのうち南側の半分は現状のまま盛り土をして保存されています。

縄文時代前期の住居跡2軒、中期の住居跡5軒のほか、落とし穴なども発掘されたそうです。

盛り土の上は遺跡庭園「縄文の村」となっています。

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↑縄文時代前期の竪穴住居です。

発掘調査当時の位置に復元されたといい、床は長軸7m、短軸4.5mの長方形で、面積約30平方メートルとかなり広く、5~6人くらいは十分に住めたようです。

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6500年前のものですが、中の様子です。

焦げ臭いようなにおいがしますが、火焚きを各住居で順番にしているからのようです。

住居の棟の上には、屋根が浮き上がらないように土で押さえ、さらに草が植えられているそうです。

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↑縄文時代中期後半の住居跡で、こちらは4500~5000年前(両方の表示がありました)のものです。

敷地内に現在ある高圧鉄塔の東側に発見された住居をモデルに復元した住居です。

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壁沿いの5本の柱で屋根が支えられていて、床は長径5.3m、短径4.8mの楕円形で、面積約15平方メートルと縄文時代中期の標準的な大きさだそうです。

周囲は「縄文の森」となっています。

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