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2018年8月12日 (日)

県指定史跡である毛呂氏館跡を廻りながら毛呂山町の由来を考えてみる

埼玉県毛呂山町にある毛呂氏館跡に行って来ました。

JR八高線毛呂駅から1kmも離れておらず、県道30号線から毛呂山霊園の案内板のところを曲がれば行ける、分かりやすいところにあります。

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↑金嶋山長栄寺の山門から入っていきます。

ここ長栄寺と裏山が毛呂氏館のあったところです。

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↑埼玉県指定史跡となっており、毛呂顕季が館を廃し寺を建てたと、ここにある埼玉県・毛呂山町教育委員会の標柱には書かれています。

しかし、埼玉県HPの史跡・名勝の紹介には毛呂顕重により創建と書かれています。

まあいずれにせよ、毛呂氏がその館跡を長栄寺としたようです。

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↑長栄寺から北側の裏山に向けて坂道を登ったすぐ先には毛呂氏墓があります。

↓ここには毛呂氏供養塔があり、説明板もありました。

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毛呂氏の祖である季光(すえみつ)は、治承4年(1180年)源頼朝挙兵以来その側近としてつかえ、毛呂郷地頭職の外、豊後の国守なども歴任していました。

頼朝の死後起きた重臣間の争いを避け、職を辞して毛呂郷に帰ったといわれています。

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↑長栄寺と背後の石尊山の中腹までが毛呂氏の館跡と考えられており、その分岐点には標識があり、ここから山中に入っていきます。

城跡めぐりに夏は向いておらず、踏み分け道にも雑草の下草は多く、歩きづらいしヘビの心配もしなくてはいけません。

クモの巣をかき分けながら進んでいきます。

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↑でも、割とすぐに毛呂氏館跡と書かれたところにつきます。

確かに少し平らな空間はありますが、木々が生い茂っています。

登ってきた南側、さらには東側と北側は山の斜面になっています。

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↑西側は逆に上に向かって石尊山の緩やかな斜面へと続いているため、こちら側の防御をしなくてはいけないため土塁が築かれています。

鎌倉時代の源氏から北条氏、室町時代の足利氏と支配関係は変わっていきますが、毛呂氏は代々毛呂郷の地頭職として、さらに領地は越生郷から比企郡の一部にまで拡大していったといいます。

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↑分かりづらいですが、土塁の向こう側には西側には空堀もありました。

これでは西側の守りが弱い気がしますが、やはり戦闘の時は別のところに城を築いていたようです。

この毛呂氏館を廃し、大永5年(1525年)には長栄寺が開山しています。

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戦国時代には当主毛呂秋重は、小田原北条氏に属し武蔵、相模各地で戦っています。

豊臣秀吉による天正18年(1590年)小田原攻めがあり、秋重以下一門は小田原の支城である八王子城の守備に任じられていました。

そこで毛呂氏一門は討死にし、四百余年に亘った毛呂氏は滅びました。

↑先程の墓所は高所にあるため、東面に向かって毛呂山町の街並みを見ることができます。

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↑長栄寺とその裏山全体に毛呂氏館はあったといいます。

ところで、毛呂氏がいたから毛呂山町という町名になり毛呂駅という駅名になったと当たり前に思っていました。

しかし、毛呂山町HPによると毛呂郷に来た藤原氏が毛呂という姓を名乗ったから毛呂氏となったということで、毛呂山町の由来は別に諸説ありわからないそうです。

思い込みというのは良くないことだと改めて感じました。

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