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2018年8月

2018年8月26日 (日)

狭山池緑地にある狭山神社は埼玉県狭山市ではなく東京都瑞穂町にある

この前来た「さやま花多来里の郷」は東京都瑞穂町にありました。

あの時「さやま」という名前についてはあまり触れませんでしたが、埼玉県狭山市からはかなり離れています。

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↑花多来里の郷の隣りは、「狭山池緑地」となっています。

この近くには2年ほど前に来た、残堀川の源泉の一つである狭山池があります。

考えてみれば、ここは狭山湖のすぐ西側であり、その狭山湖は所沢市、一部が入間市です。

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↑この緑地は小さな山のようになっていて、そこには「狭山神社」があります。

狭山市という名前の印象が強くあるため、東京都内の瑞穂町にある「狭山」に違和感を感じていました。

しかし、狭山丘陵全体を考えれば、ここに「狭山」という名前が付いていても不思議ではありません。

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↑コンクリート造の鳥居を多く見る中、木造の鳥居が美しいです。

急な階段を登って行った先に狭山神社はあります。

かつては、箱根権現や三社大権現といわれ、祭神の箱根大神ですが、永承年間(1046~1053年)源義家の奥州征伐の折、筥の池(狭山池)辺に陣営、箱根権現の霊夢に感じ、当地に勧請、凱旋の時に奉賽したといいます。

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↑階段を登ると、幕末と明治の火災の後、昭和26年に再建された拝殿です

JR八高線の駅名であり、ここの地名でもある「箱根ヶ崎」は箱根権現から来ているのでしょうか。

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祭神の木花咲耶姫命他二柱は源頼朝の関東五百社勧請の一社、主祭神の伊邪那岐、伊邪那美二神と泉津事解男命はそれ以前の奉斎だそうです。

境内には、勝海舟による題額の碑もあるといいます。

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2018年8月19日 (日)

子ども達で大賑わいかと思っていたのに予想外に静かだった大宮花の丘の親水広場

ほとんど花が咲いていない12月に行った大宮花の丘農林公苑に、今度は花がたくさん咲いているであろう8月に行きました。

夏には子どもが水と触れ合える親水広場があったはずです。

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↑来てみると、前回には無かった水があります。

今年の夏は暑いし、さぞかし大賑わいで子ども達の歓声がうるさい程かなと心配していました。

しかし、シーンとしているし、そもそも水はあるものの流れていないようです。

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↑お知らせが貼ってあります。

猛暑による水温上昇の影響で水質悪化が確認されたため利用できないとのことです。

確かに今夏は本当に暑い日が多いです。

公苑ブログによると、ここ数日涼しくなったためか、この直後の8月16日から利用できるようになったようです。

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↑親水広場に沿った通路沿いには、サルスベリの花が咲いています。

やはり夏は冬と違って花を見ることが出来ます。

でもサルスベリは街路樹でもよく見かけますから、普段見ない他の花にも期待です。

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↑マリーゴールドの花です。

ここ大宮花の丘はこうした花壇だけでなく、あたり一面花畑という空間もあったはずですから、そちらに行きましょう。

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↑やはり夏といえばという感じで、ヒマワリが咲いていました。

一般的に想像する人の背丈と同じくらいのものではなく、かなりミニの品種のようです。

ここではサルビアが有名ですから、そちらを見てみます。

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2018年8月12日 (日)

県指定史跡である毛呂氏館跡を廻りながら毛呂山町の由来を考えてみる

埼玉県毛呂山町にある毛呂氏館跡に行って来ました。

JR八高線毛呂駅から1kmも離れておらず、県道30号線から毛呂山霊園の案内板のところを曲がれば行ける、分かりやすいところにあります。

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↑金嶋山長栄寺の山門から入っていきます。

ここ長栄寺と裏山が毛呂氏館のあったところです。

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↑埼玉県指定史跡となっており、毛呂顕季が館を廃し寺を建てたと、ここにある埼玉県・毛呂山町教育委員会の標柱には書かれています。

しかし、埼玉県HPの史跡・名勝の紹介には毛呂顕重により創建と書かれています。

まあいずれにせよ、毛呂氏がその館跡を長栄寺としたようです。

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↑長栄寺から北側の裏山に向けて坂道を登ったすぐ先には毛呂氏墓があります。

↓ここには毛呂氏供養塔があり、説明板もありました。

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毛呂氏の祖である季光(すえみつ)は、治承4年(1180年)源頼朝挙兵以来その側近としてつかえ、毛呂郷地頭職の外、豊後の国守なども歴任していました。

頼朝の死後起きた重臣間の争いを避け、職を辞して毛呂郷に帰ったといわれています。

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↑長栄寺と背後の石尊山の中腹までが毛呂氏の館跡と考えられており、その分岐点には標識があり、ここから山中に入っていきます。

城跡めぐりに夏は向いておらず、踏み分け道にも雑草の下草は多く、歩きづらいしヘビの心配もしなくてはいけません。

クモの巣をかき分けながら進んでいきます。

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2018年8月 5日 (日)

鎌北湖は少し水嵩が増えただけで不思議と美しさも増して見える

1年2ヶ月ぶりに埼玉県毛呂山町の鎌北湖に行って来ました。

県道が途中から急坂道となりますが、鉄塔の立っている山の向こう側辺りに湖はあります。

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この日は車で来ていますから、坂道も楽々です。

まず、上流側の川から水が流れ込んで来る辺りに行ってみました。

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↑前回見た時と景色が違う気がします。

木々が水面に映りとても美しい光景となっています。

↓戻ってから改めて、ほぼ同じところで撮影した写真を見て比較してみると、だいぶ水嵩が増しているのが分かります。

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この辺りは水辺まで近づけるので行ってみると、気温が違いました。

猛暑日が続いている中ですが、水の近くは明らかに涼しいです。

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↑キレイな水が流れ込んできますが、川沿いにこれより上流には行けなくなっていました。

↓川は左側の道の下をくぐり、右側の道に沿って上流から流れて来ています。

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川の周囲に木が生い茂っていて、水面の写真も撮ったのですがよく見えないので載せてはいません。

左の道が林道権現堂線と書かれているところが、山間部に来たことを感じさせます。

さて、鎌北湖の方を見てみます。

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