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2018年5月13日 (日)

鶴岡ではなく亀岡八幡宮を居城を移すたびに作った伊達氏の梁川八幡神社

伊達市には福島県指定文化財の史跡・名勝が「梁川城跡及び庭園」だけでなく、もう一つあります。

「旧梁川八幡宮並びに別当寺境域」です。

梁川城からは20分近く歩いてくると参道がありますが、かつては城から八幡宮まで延々と続く松並木の参道があったようです。

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前にも書いたように、文治5年(1189年)源頼朝が奥州平泉の藤原泰衡を討つ際に活躍した中村入道念西一族が、頼朝から恩賞として伊達郡を拝領し、姓を伊達としました。

最初は高子岡に居城して、鎮護の神として亀岡八幡宮を山上に祀りました。

11代伊達持宗が居城を梁川に移すと、八幡宮も梁川に移したと言います。

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↑境内にあるこの鬼石観音堂は信達三十三観音の最終札所として信仰を集めたそうです。

伊達氏の氏神として、鎌倉の鶴岡八幡宮に分霊を請じ迎えて祀ったのが亀岡八幡宮です。

梁川城を鶴が岡、八幡神社を亀が岡と呼び、かつては伊達氏の総鎮守でした。

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↑周囲には池がありますが、これは当時のものが一部現存しているものです。

その後、14代伊達植宗が居城を西山桑折へと移した際、八幡宮も桑折に移されました。

次に米沢に移った後には、再びここ梁川に戻されたそうです。

天正10年(1582年)には、有名な17代の独眼竜政宗が、初陣の際、必勝祈願のために参詣しましたといいます。

居城が仙台城に移ると、八幡宮も仙台に移されました。

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↑現在は梁川八幡神社と言いますが、その拝殿の屋根の上には一部シートが被せられています。

瓦崩落危険と書かれたロープが張られています。

ここから先は入れないのかと思いましたが、軒先の瓦が落ちてこない横のところから入って参拝できるようになっていました。

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↑残念なことに、本殿は本格的に修理工事中のようで、全てがシートに覆われていました。

こちらは延享2年(1745年)に改築されたものだと言いますから、見たかったものです。

でも代わりと言っては何ですが、素晴らしいものがすぐ横にありました。

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↑鐘楼ですから別当寺のものでしょうか。

八幡神社のすぐ東には、別当寺龍寳寺があります。

この鐘楼はその山門の外側にあります。

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↑山門は、萱葺屋根、一間一戸の薬医門で、屋根は東風のふくらみがある「むくり屋根」というものです。

切妻にも地方色のある巧みな切り込みが施されているといいます。

建立は近世と推定されていますが、中世の城門、社寺門の遺風が見られているそうです。

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↑参道を戻る途中、行きは気づかなかった礎石がありました。

社伝によると、梁川八幡神社は平安時代中期に石清水八幡宮を勧請して創建され、藤原秀衡の命により家臣の佐藤庄司基治が三重の塔を建てたと言います。

そこに高子岡から居城を梁川に移したと伊達持宗が、鶴ケ岡八幡宮を勧請した亀岡八幡宮をここに移したということです。

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↑伊達市としてはここを伊達氏ゆかりの地として観光地化したいのでしょうか、梁川八幡神社の西側の敷地は、伊達市ゆかりの公園 政宗にぎわい広場として整備しています。

しかし、土曜日でしたが近隣からと思われる親子連れが遊んでいましたが、観光客らしき人は私しかいませんでした。

本殿の改修が終われば、また違うのかもしれません。

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