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2018年3月 4日 (日)

埼玉県にあるのに東京都の朝霞浄水場から都内への水道管のシールドトンネル工事が行われていた

JR武蔵野線北朝霞駅からちょっと北に行くと、東京都水道局の朝霞浄水場が見えます。

でも考えてみれば、朝霞市は埼玉県のはずです。

ちょうど都県境が複雑に入り組んでいて、浄水場の敷地は都内なのかとも考えましたが、清瀬市、東久留米市、西東京市、練馬区みな遠すぎてあり得ません。

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↑行ってみれば(行かなくてもわかりますが)、やはり埼玉県朝霞市宮戸です。

ここは荒川の秋ヶ瀬取水堰からの水を浄水し、東京都の水道水としています。

高度浄水処理で安全でおいしい水をつくっていますと書かれていました。

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↑その高度浄水された水をここでは飲むことができます。

近頃は水道施設ではテロ対策のため警備が厳重ですが、さすがにこの水飲み場は門の外にあるから誰でも飲めます。

暑い日だったせいかもしれませんが、水道水とは思えないほど、冷たくてとても美味しい水でした。

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↑この浄水場の前の道は歩車分離されているだけでなく、自転車道も分離された形態です。

埼玉県道は、歩道を歩行者用と自転車通行用に区分された道が多く、自転車でも走りやすいです。

ただし、歩道中央に白線を引いて左右に色分けしただけの道だと、なぜか自転車通行帯を歩いている歩行者が多く、むしろより危険なこともあります。

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↑朝霞浄水場から朝霞市膝折地内間送水管(2600mm)用トンネル築造工事と書かれた看板があります。

2600mmといえば、つまり2m60cmですから、市内の水道管としては結構太いです。

奥にはシールド工事の立坑らしき囲いも見えます。

ちょっと興味が湧きました。

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↑(クリックすると拡大します。)

やはり朝霞市内だけの水道管ではなく、杉並区の上井草給水所までの送水管のシールドトンネル工事でした。

しかも、水道水の安定供給のためということで、既にある送水管を二重化するようです。

戻って調べてみたところ、首都直下地震で幹線送水管が損傷しても代わりに送水できるよう整備しているようです。

ここ朝霞から上井草までの幹線となる送水管があるとは知りませんでしたが、「第二朝霞上井草線(仮称)」を作っているようです。

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荒川から朝霞浄水場までの導水管もどこにあるのか、気になるところです。

↑秋ヶ瀬取水堰のある北東方向は、浄水場の裏側になるので行ってみると、いかにもという道がありました。

真っ直ぐ北東方向に向かう、住宅地としては意味もなく広い道路がありました。

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↑300mちょっとですぐ行き止まりとなり、振り返ると朝霞浄水場が正面に見えます。

導水管がこの道の下にあるのでしょう。

その先はというと、ここは新河岸川の河岸段丘の上に位置しており、かなりの高低差があります。

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↑いい景色で、少し先に荒川沿いの秋ヶ瀬公園や、さらに遠くにはさいたま新都心や大宮のビルも見えます。

真下には水道局の施設らしきものが、さらに端が見える新河岸川の向こうには沈砂池のような施設も見えます。

秋ヶ瀬取水堰からの水は朝霞浄水場だけでなく、ここから板橋区の三園浄水場にも送られているようです。

また、検索してみると、こちらも「第二朝霞引入水路(仮称)」という導水施設の二重化の計画もあるようでした。

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コメント

こんにちは。興味深い調査ありがとうございます。
以前朝霞の水道水を飲んだ時、臭みを感じました。
この工事のお陰で朝霞も東久留米の様に美味い水の恩恵に預かれるのですねー。

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