小金井の地名の由来とも云われる国分寺崖線からの湧水がきれいな貫井神社
国分寺崖線沿いには湧水の湧き出るところが数多くありますが、その一つの貫井神社に行ってきました。
新小金井街道と東京経済大学の間の住宅地の中にあるため、周辺道路も狭く交通量が少ない静かなところです。
↑本殿の前には神橋があり、両側にいわばひょうたん型に池があります。
天正18年(1590年)に創立され、水の神である水神様を貫井弁財天として祀ったとのことです。
本殿は宝永6年(1709年)に改築されたものが残されていましたが、昭和60年(1985年)焼失してしまったため新たに建て替えられたものです。
↑右側の池ですが、ちょうど国分寺崖線の下に位置するためか水も豊富です。
小金井の地名は、「黄金に値する豊富な水が出る」ことから、黄金井(こがねい)が小金井になったと云われています。
↑その対岸に渡り、先程いたところを振り返ると、神橋も美しい景観です。
また、中世には、現在の前原町南部が金井原(かないはら)と呼ばれており、あるいは、土地の支配者金井氏にちなむ地名という説もあり、よくあるパターンで地名の由来は諸説あるようです。
↑神橋から今度は左側の池を見てみると、正面に水が勢いよく流れ込んでいるところがあります。
これは湧水でしょうから、水の出どころを確認しなくてはいけません
↑本殿の左側のハケ(崖線)沿いに奥の方から水は流れてきます。
本殿を取り囲むようにハケとなっていますから、すぐに水源に到着です。
ここは水量が多く、これまで枯渇したことがないと小金井市公式サイトにありました。
↑3つの岩の間から水が湧いています。
東京の名湧水57選にもなっているようです。
ただし、「平成2年2月8日水質検査の結果、飲料水として適しません」とあえて看板が立っていました。
↑境内左側には国分寺崖線(ハケ)の坂を登っていく階段があります。
急な階段を上がると奥には八雲神社があります。
↑上に行くと周囲は雑木林になっているのですが、西を見ると木々と住宅の間には富士山がきれいに見えました。
↑南方は斜面になっているため、遠くまで見渡すことができます。
再び下に降りると、貫井神社鳥居のすぐ左にある宮司のお宅にも、湧水が見られるところがありました。
小さな滝になっています。
最後に、これら湧水の流れゆく先も気になるので見に行ってきました。
この辺りの国分寺崖線に沿うように野川が流れているので、行き先は予想通りに野川でした。
↑池でワンクッション水を溜めていますから、さほど大量に流れ込んでいるわけではありませんでした。
少し上流も見に行きましたが、野川の本流からというよりも、夏に行った東京経済大学の新次郎池から流れ込む水量がかなりあるに見受けられました。
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