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2017年12月

2017年12月31日 (日)

1000円食べ放題もある大宮花の丘は一般廃棄物最終処分場の跡地にあるが親水広場やビオトープの水はどこから

東京23区に住んでいれば、家庭から出たゴミは清掃工場で焼却した後、その灰は東京湾に埋め立てられます。

ところが、東京多摩地区のように海に面していないところでは、各市が協力して日の出町のような山に埋めなくてはいけません。

さいたま市ではさらに山も無いため、平地に埋めて処分しているようです。

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その一般廃棄物最終処分場の跡地が公園となっているようなので行ってみました。

合併前の大宮市だった頃からのもののようで、「大宮花の丘」、正式には「大宮花の丘農林公苑」といい、11haもの広さがあります。

平成2年の大宮市制施行50周年記念事業として整備されました。

↑長さ245.5mで幅24mもあるジャブジャブ池という親水広場が中心部にあり、夏休み期間中には子どもたちが水遊びできるように水が流れているようです。

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花の丘という名の通り、季節の様々な花の咲くところのようですが、年末の寒い時期なので咲いている花が無いようです。

↑花畑立ち入り禁止の文字が物悲しく感じられます。

↓休耕田のような花畑の中、一瞬、埴輪かと思いましたが、植木鉢で作った人形があります。

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花畑は6.5haもの面積となっています。

ビオトープもあり、長さは394.5m、幅24mだそうです。

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こちらは当然に水があり、水質浄化のためでしょうか、水を攪拌している様子も見られます。

↓中央辺りには船?が通れるようにだか、跳ね上げ橋があります。

ところで、考えてみると、ここは廃棄物処分場跡地なので水質そのものはどうなのでしょうか。

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さいたま市の公式サイトを調べてみましたが、環境広場、うらわフェニックス、高木第二処分場、間宮埋立完了地については処分場跡地の水質等のデータは載っていましたが、ここのものはありませんでした。

さらに大宮市の清掃事業の歴史を調べてみると、ここ西新井で埋め立てが行われていたのは、昭和49年(1974年)から55年(1980年)までとかなり前のことで、表現方法も「ごみの埋め立て」と書かれています。

もしかすると焼却せずに直接ごみを埋めていた頃かもしれませんが、わかりません。

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↑ビオトープの北端の橋は眼鏡橋となっています。

まだ当時は、規制もあまりなかった頃ですから、ちょっと心配になります。

公苑に設置してある案内地図にある説明によると、このビオトープの水質は「浅間川の河川水を浄化し循環方式」と書かれていました。

早速グーグルマップを見てみると、この前後に川らしき流れがあるので、それが浅間川のようですから、ちょっと見に行きました。

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2017年12月24日 (日)

新府中街道のJR中央線との交差部分の開通効果とオーバーパスの陸橋への疑問

多摩南北道路の一つである府中所沢線(新府中街道)は、関戸橋から甲州街道交差点を越え北に走っていくと、長いこと東八道路へと右折する形状だったものです。

数年前にはその府中市の西原町一丁目交差点から北へ、国分寺3・4・3号線(多喜窪通り)まで開通し、そこでT字路となっていました。

その更に北側のJR中央線と交差する部分も3月には開通したようです。

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↑今回開通区間の最北端となるのは国分寺市日吉町にある、国分寺3・4・6号線(熊野神社通り)との交差点で、距離としては1.1kmの区間となりますが、そこを北から南に向けて見ています。

幅員36mという広い都市計画道路ですが、まだ全通していないためか、交通量は少なめです。

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↑その未開通の北側ですが、用地取得は終わっているようで、工事が始められるところのようです。

この先は西武国分寺線をアンダーパスして、五日市街道まで繋がっていくところまで用地取得は進んでいるようです。

さらにその北側は玉川上水も通っていることもあり、過去には住民投票などいろいろ政治問題化もしていた小平市内になり、青梅街道までの区間は未開通です。

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↑ここには初めてきたので、3月16日には既に交通開放されていたという国分寺3・2・8号線(新府中街道)を南に向かって見に行ってみます。

両側の歩道幅員は10mもあり、左の歩行者と右の自転車の通行帯が区分されています。

しかし、この道に限らず、結構多くの歩行者が自転車通行帯を歩いているので、あまりこの区分が明確に適用されていません。

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300mほど進むと、本線と側道に分かれています。

↑振り返って見てみると、道幅の広さを改めて感じます。

↓南の方に向かっては、本線部分はオーバーパスの橋梁形式となっています。

幅員は高架部は24mで、側道が8.5mずつなので、41mもの道幅となっています。

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ここで不思議に思ったのですが、JR中央線の西国分寺駅から西側の路線は掘割形式だったはずです。

連続立体交差事業を行った際も、この周囲には踏切は無く、そのため立体化工事もあえては行われなかったはずです。

それなら、掘割の線路上に蓋掛けするように真っ直ぐな橋を架けるだけでいいはずなのに、なぜ新府中街道の国分寺陸橋はオーバーパスの橋梁とする必要があったのでしょうか。

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2017年12月17日 (日)

東京都の重心に位置する国分寺市富士本とそこにある汲み出し自由という井戸

東京都の中心はどこにあるのでしょうか。

もちろん、東京駅とか皇居とか都庁という意味ではありません。

東京都の輪郭を切り抜いたとしたら、中心というかその重心となるところのことです。

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↑たまたま通りかかった国分寺市の住宅街にある公園に、それを示す案内板がありました(クリックすると拡大します)。

財団法人日本数学検定協会が、数学の日である2005年3月14日に設置したものです。

東京都を板状の地図にして指の上に乗せると、ちょうどバランスするところということです。

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↑案内板の地図によると、この公園の少し北にある住宅街の国分寺市富士本3丁目の辺りが、東京都の重心のようです。

先程、何も知らずに通ったところでしたので、再び戻って撮影してきました。

重心の図形的意味を重視したため、島嶼部は除いているとのことです。

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↑先程の公園ですが、不思議な名前です。

正式名称が「富士本90度公園」と、国分寺市の設置した注意書看板にあります。

調べてみたところ、正確にわかりませんでしたが、接している道路がここで直角に曲がることや、この公園もそれに合わせて90度曲がった形状をしていることから名付けられたようです。

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↑この公園内には、なぜか井戸もあります。

一般的には井戸があっても、関係者以外は水を汲み上げることが禁止されていることが多いかと思われます。

しかし、この井戸は誰でも汲み上げることが推奨されています。

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↑この井戸は大地震などの際、地域の給水拠点となるようです(クリックすると拡大します)。

日頃から井戸水の汲み出しを行い、いざという時に備えておこうと書かれています。

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汲みだせば汲み出すほど、地下水の「みずみち」が確保され井戸水の水質が向上するとのことです。

誰でも使用できるとのことだし、手も洗いたかったため、実際にポンプを動かしてみると、数回で水が汲み上がってきます。

でも、水を汲み上げると、地下水が枯渇してしまうのではないかと心配になります。

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しかし、水は浸透ますを通って、再び地下水に戻っていくから大丈夫とのことです。

この辺りは国分寺崖線の上方に位置しており、地下水が豊富なところのようなので、地下水が干上がる心配はされていないようです。

井戸は地域の大事なものとして、屋根が付けられて守られていました。

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2017年12月10日 (日)

江戸時代から400年以上の歴史のあるホテルニューオータニの庭園にある高価な石や滝

ホテルニューオータニといえば、ホテル御三家の一つですが、広く立派な日本庭園があります。

ここに所用で行った際、宴会場フロアに日本庭園入口というのがあったので、ちょっと寄ってみました。

このホテルは広い上に高低差もあるところなので、北の上智大学側から入ると宴会場フロアは「ザ・メイン」の1階なのですが、そのまま歩いているといつのまにか、南の赤坂見附駅側の「ガーデンコート」や「ガーデンタワー」では5階となっています。

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↑その宴会場フロアから庭園に出ると、まず大きな石があります。

「赤玉石」という佐渡島の金山より運ばれた庭石で、一番大きいものは重量22トンもあり、これは日本一の大きさです。

なんと砕くと金が出てくるという高価な石です。

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そのすぐ先には枯山水の庭があります。

高級ホテルには庭園があるところは多くありますが、このホテルの敷地には江戸時代初期の徳川家康の時代には加藤清正の下屋敷があったところということです。

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二代忠広の時代に加藤家が改易になり、この屋敷は幕末まで井伊家の中屋敷となりました。

あの大老井伊直弼が鎖国を止め日米修好通商条約を結んだことから、桜田門外の変で暗殺された井伊家です。

地名の紀尾井町は、紀伊徳川家、尾張徳川家、井伊家の屋敷があったから名付けられています。

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↑池の中にあるのは「佐渡の化石」という江戸時代からの大木の化石だといいます。

加藤清正の時代から残っているもので、 木の根がそのまま化石になった珍しい石とのことです。

ということは、400年以上前からこの庭や池があるということになります。

庭園内には4個の化石があるといいます。

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↑庭園にはいくつもの石があり、この池の傍らにも高そうな石があります。

「清泉池」という名のこの池の水は湧水のようで、元々は外濠の水源にもなっていたはずです。

池に架かる太鼓橋は朱色に塗られており、紅葉の季節には美しいものです。

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2017年12月 3日 (日)

世界遺産になっている観自在王院跡、無量光院跡と世界遺産暫定リストには載っている柳之御所遺跡

平泉の世界遺産訪問の3つめは「観自在王院跡」ですが、毛越寺のすぐ隣にあり平泉駅からも徒歩で西へ7分ほどで行けるところです。

奥州藤原氏二代基衡の妻が建立した寺院跡で、ここにも極楽浄土を表現した庭園があります。

ここは無料で入れます。

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毛越寺庭園と同様、平安時代に書かれた日本最古の庭園書『作庭記』の作法で作られているとのことです。

この池は舞鶴が池といい、中央には東西に長い中島があります。

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水の色が毛越寺庭園とは違うので、イメージが違います。

北に向かって正面には金鶏山が見えるよう造られているといいます。

巨石を積み重ねた荒磯様の石組もあります。

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観自在王院とは阿弥陀堂のことで、大阿弥陀堂と小阿弥陀堂がありましたが、天正元年(1573年)に焼失したといいます。

寺跡は東西約120m、南北約240mであったそうです。

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↑この池への水の流れも鑓水となっているのかと遡ってみましたが、予想外にすぐ隣の毛越寺庭園の方から来ているようです。

この観自在王院跡も世界遺産であると同時に、特別史跡と名勝に指定されています。

毛越寺と違って、こちらは特別名勝ではないようです。

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↑続いては、やはり世界遺産4つめの「無量光院跡」で、こちらは平泉駅から北へ徒歩10分ほどのところにあります。

奥州藤原氏三代秀衡が建立した寺院で、毛越寺の新院ということで新御堂(にいみどう)と号したといいます。

実は平泉に到着して、まず中尊寺に行き、次に巡回バス「るんるん」でこの無量光院跡に来たところ、観光客はいないし、池があるだけで何もないし、最初はちょっと戸惑いました。

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↑しかし、池を見てみると済んだ水が太陽の光に輝いて、極楽浄土をイメージした浄土庭園とはこういうことなのかと納得できました。

10円玉でおなじみの京都宇治にある平等院鳳凰堂を模して、建物の向きや地形も平等院と同様に造られたようです。

当時の様子を描いた絵が案内板にあります。

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