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2017年11月19日 (日)

世界遺産である平泉中尊寺はさすがに観光客がいっぱいだが思った以上に急な登坂の先にある

平泉といえば、「仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として世界遺産に登録されています。

ここ岩手県平泉町に行くには、東北新幹線の一ノ関駅で東北本線に乗り換えて、2駅目が平泉駅です。

世界遺産を観光できるように駅前にいくつかのレンタサイクルがあり、3時間500円で借りられるようなので、これで巡るつもりで来ました。

しかし、非常に風の強い寒い日で、しかも休日は15分おきに巡回バス「るんるん」が走っていて、その一日フリー乗車券が400円ということなので、自転車ではなくバスに乗ることにしました。

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↑中尊寺までは歩いて25分ほどの距離といいますが、巡回バスは遠回りをするので10分ほどかかり下車し、表参道としての月見坂を登っていきます。

外国人の団体観光客を含め、非常に数多くの方々が来ているのですが、びっくりするほどの急坂でした。

この杉並木は江戸時代に伊達藩により植えられたもので、道幅などの様子は平安時代の頃と変わっていないといいます。

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↑急坂を上ると、弁慶堂がありますが、平泉というと源義経と弁慶の終焉の地としても有名です。

そういえば、入口山門の手前には大きな弁慶の墓もありました。

この弁慶堂は1826年(文政9年)に再建されたもので。正式には愛宕宮ですが堂内にある仁王立ちの弁慶像があることから弁慶堂と呼ばれているそうです。

この弁慶堂の辺りまで来ると、標高は中尊寺入口の34mから74mまで40mも高くなりいい景色が見られ、東物見とされています。

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中尊寺は、12世紀初頭、平泉に拠点を構えた奥州藤原氏初代清衡によって大伽藍が造営されました。

奥州藤原氏滅亡後、仏堂の多くが失われましたが、金色堂、経蔵、金色堂覆堂など6件の国宝・重要文化財建造物のほか、全盛期の遺跡が良好な状態で保存されています。

さらに参道を登り薬師堂などを通り過ぎると、右側の表門をくぐると本堂があります。

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↑この本堂はさほど古そうではないと見えますように、明治時代のものだそうです。

中尊寺は藤原清衡が建立したわけではなく、850年に慈覚大師円仁により開山されたものです。

藤原清衡が前九年・後三年の合戦で亡くなった命を平等に供養し、仏国土建設するためにに大きくされたものです。

仏国土というと聞きなれませんが、浄土というとわかりやすいでしょうか。

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↑峯薬師堂で、こちらは目の御利益があるということなので、ここでは目のお守りを購入しました。

この池には天然記念物のモリアオガエルが生息しているそうです。

少し進むと、讃衡蔵があってここでは拝観券(800円)が販売されており、建物の中には中尊寺の数多くの国宝や重要文化財が展示されています。

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この奥にいよいよ有名な中尊寺金色堂があります。

1124年(天治元年)に藤原清衡によって造営された阿弥陀堂で、中尊寺に唯一現存する、創建当時からある建物になるそうです。

この建物は新覆堂で、金色堂を保護するための建物です。

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金色堂をお見せしたいですが、残念ながらこの建物内は撮影禁止です。

さらに建物内でも金色堂はガラスケースの中に入っていますから、手に触れることはもちろん、内部を様々な角度から詳細に見ることはできません。

まあ、国宝だから仕方ないということでしょうか。

2012年にNHKスペシャルで放映された「世界遺産平泉金色堂の謎を追う」のDVDを図書館で借りて見ましたが、驚くほど手間をかけて作ったもののようです。

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↑新覆堂を出たすぐ先には、経蔵があります

平安時代の古木を使い鎌倉時代に再建されたもので、重要文化財となっています。

国宝の経典が収蔵されていたところですが、現在はその経典は先程の讃衡蔵にあります。

続いては、旧覆堂で、鎌倉時代に建てられたもので、金色堂を風雪から守るために建てられたものです。

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新覆堂建築に伴い移築されましたが、こちらも重要文化財です。

鎌倉時代から昭和40年まではこの建物が金色堂を守ってきました。

驚いたのですが、鎌倉時代にこの覆堂が出来るまでは、金色堂には周囲を覆うものがなく雨ざらしの状態だったいうことです。

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↑続いての、この能舞台も重要文化財指定されています。

こちらは中尊寺鎮守の一つの白山神社の能舞台で、1853年(寛永6年)に伊達藩により建立されたものです。

近世能舞台としては東日本唯一のものといいます。

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↑外部に吹きさらしなのですが、この舞台の絵というか名前はわかりませんが、見ることができます。

この白山神社からは奥には現在は行けなくなっていますが、かつて藤原清衡の時代には北へ向かう街道が通っており、多くの人が通行し金色堂を見られるようにと覆堂もなかったといいます。

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↑西物見となっているここからは、木々の隙間から見える景色で大分高いところにいることがわかります。

ここで折り返し、参道を下ると往きには気づかなかった鐘楼がありますが、これは火災で焼失し1343年(康永2年)に鋳造されたもので、現在は撞かれてはいません。

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でも、趣は十分に感じられます。

世界遺産平泉はこの中尊寺以外にも、まだまだ見どころがいっぱいあります。

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