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2017年7月

2017年7月30日 (日)

県立相模原公園を通り相模原市全体を斜めに横切っている水道みちは横浜まで続いている

相模原市の地図を見ていると、中央区と南区を大きく斜めに北西から南東方向に向かってほぼ真っ直ぐに進む道があります。

こうした形状は多摩湖自転車道などでも見かける、水道を通すための用地なのかと思われます。

自転車で走ってみて確認したいものですが、30℃以上と暑い日に車で県立相模原公園まで行きましたから、この水道みちを下見を兼ねて徒歩でちょっと見て来ました。

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↑南北が逆の公園内の案内地図ですが、右下から上に向けてさらに公園上部を左に向けて「水道みち緑道」が通っており、それが地図上部中央辺りにも記載されています。

その公園を南東に出た先は女子美術大学の敷地になりますが、その中もこの水道みち緑道が突き抜けており↓、さらにその先の市立相模原麻溝公園も突き抜けていきます。

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確かに「水道みち緑道」との標識がありますし、歩行者専用通路とも書かれています。

歩行者専用ということは自転車は通れないということなのでしょうか。

県立相模原公園内の方に戻って、北西側に向かってみます。

木々の間の道となり、「夜間この園路の利用は危険なので通行をご遠慮下さい」と書かれてあります。

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そう言われると昼でもちょっと緊張しますが。確かに薄暗いところではあります。

上流である北西方向に進んで行きますが、振り返って見ると、相模川の河岸段丘のためか結構な下り坂となっています。↓

ということは、相模川からの水がここに流れているのだとしたら、水にとっては辛い登り坂です。

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この先は県道52号相模原町田線を横断しますが、自動車通行量が多い道で、少し迂回して横断歩道を渡ります。

この道の西側も相模原公園なのですが、こちらは「水と緑と人のふれあい空間づくり」をテーマに造られた「せせらぎの園地区」となっています。

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すぐ横を流れる道保川に沿うような位置にあり、いくつかの池などが整備されています。

さらに、この公園に沿うように水道みちも続いていきます。

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2017年7月23日 (日)

岸田んぼや里山民家のある宮野入谷戸の風景を見に野山北・六道山公園に

多摩湖、狭山湖は狭山丘陵の中央部に造られましたが、その尾根の南西側は雑木林の「都立野山北・六道山公園」となっており、度々訪れています。

なにしろ200ha以上の広さがありますから、まだ行ったことのない場所が数多くあります。

田んぼもあると聞きましたので、そんな風景を見てみたいと思い、行ってみました。

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これまで北多摩地域では田んぼを見たことはありません。

ここでは公園内に谷戸の風景を残そうとしており、「岸田んぼ」があります。

広さは0.5haほどしかないとはいえ、いいものです。

でも、水がありませんでした。

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「日本晴」という、うるち米が植えられていましたが、大丈夫なのでしょうか。

他にも、もち米や古代米も植えられているようで、それぞれに名札が表示されていました。

この公園には狭山湖を取り囲むように、大きな尾根道が東西方向にあるとともに、南北方向にいくつかの短い尾根道があります。

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その尾根の間に、ここのような谷戸が南北方向に食い込むような形であります。

この「宮野入谷戸」は比較的大きいほうです。

暑い日でしたが、ここには日陰もあるし、吹いてくる風も木々があるため少し温度が低いようで、涼しく感じられます。

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ここが公園になる前から、ここには田んぼがあったのでしょうか。

北多摩で田んぼを見たことがなかったと書きましたが、それは平地の部分のことであって、今では多摩湖や狭山湖となっている狭山丘陵近辺には田んぼはあったのかもしれません。

この谷戸のまわりの尾根道のある山というか丘の部分も公園の敷地内です。

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↑「宮野入西の森」と名付けられており、この雑木林の間にも通路があり入っていけます。

少しだけこの雑木林の中を歩くつもりだったのですが、途中で道を間違えてしまい、40mもの結構な高低差があるので、汗だくになってしまいました。

通路以外は入っていけないような斜面の林です。

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2017年7月16日 (日)

川越にある国指定史跡になっている河越館跡は土塁や空堀もある芝生の広い公園

こんなに暑くなっていない、しばらく前の話になりますが、川越市にある河越館跡に行きました。

川越城は川越市街地からそれほど遠くない1.5km程度のところにあり、先日利用した自転車シェアリング駐輪場もありましたが、こちら河越館跡にはありません。

本川越駅からは3km以上北西に離れていており、入間川を渡った先ですから、シェアサイクルで来ることは想定されていないようですが、車で来ることは考えられていて、無料駐車場はありました。

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国指定史跡である河越館跡は「河越館跡史跡公園」として整備されており、空堀や土塁も保存されています。

1969(昭和44)年に国指定に向けた検討が開始され、1984年(昭和59年)には指定されましたが、調査、発掘などを経て、2009年(平成21年)史跡公園としてようやくオープンしました。

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この場所に居を構えていた河越氏は、平安時代末(12世紀後半)から南北朝時代(14世紀中頃)にかけて、武蔵国で勢力を誇った武士です。

1184(元暦元)年、河越重頼の娘は源義経の正妻として嫁ぐなど隆盛を極めましたが、義経の縁者として源頼朝に滅ぼされ、勢力を失いました。

鎌倉時代中期以降、武蔵国の筆頭格となるなど回復しましたが、1368(応安元)年に平一揆(へいいっき)を組織した河越直重が、鎌倉府に河越館の戦いで敗れ、歴史の表舞台から姿を消しました。

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↑当時の井戸跡ですが、武蔵国では素掘りの井戸が多く、このように板材で囲った井戸は珍しかったようです。

↓ここには周囲を溝に囲まれて盛土に礫を葺いた塚状の遺構があったようです。

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おそらく霊廟や納骨堂だったと推測されています。

河越氏の屋敷地を区画していた堀があり、その外側の道路跡があります。

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河越氏がいなくなった以降も、ここは戦いの拠点でした。

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2017年7月 9日 (日)

国分寺崖線にある大学構内にあって東京の名湧水57選にもなっている新次郎池と野川への水の流れ

国分寺崖線は、古代多摩川が北から南へと長い年月をかけて流れを変えていく中でできた、立川市から大田区のあたりまで約30km続く河岸段丘です。

高低差が15〜20mほどあり、そこには数多くの湧水があります。

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その中で、国分寺駅近くの東京経済大学の構内にも湧水による池があると知りました。

この大学への所用がありましたので、ちょっと寄ってみることとしました。

西にある正門から入り、東端の校舎裏の階段を下りていきます。

↑振り返ってみると、国分寺崖線の結構な高低差であることがわかります。

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↑ここに新次郎池があります。

ここは東京都環境局が選定した東京の名湧水57選の一つとなっています。

5箇所の湧水があり、元々はわさび田だったそうです。

それを北澤新次郎学長の時代である1960年前後に池として整備したため、この名が付いていると説明板がありました。

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ちょっと想定外の名前の由来でした。

大学敷地としては南東に位置します。

夜中に台風が通過し、結構大雨が降った翌朝に行ったのですが、雨の直後過ぎたためか、水は溜まっているものの湧いている様子はありませんでした。

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↑この池から南方に向かった細い川のような水の流れがあるようなのでその先を追ってみます。

事前に地図を見た時は、この南東側には大学の門は無く、外部から出入りが出来ないと思っていましたが、予想外に門がありました。

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↑東京経済大学敷地の南東端から北を見ていますが、東側の道路に沿って、手前の南側に流れるように川はあります。

この新次郎池周辺は公開空間として開放されていました。

案内図があったので見てみると、よく耳にする「公開空地」と「公開空間」が区別され、地図に載っています。

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2017年7月 2日 (日)

吉見百穴よりも大規模な500基以上あるという黒岩横穴墓群がある八丁湖公園

地図を見ると、埼玉県吉見町にはいくつも池のようなものがあるので、それを見に行ってきました。

その一つは八丁湖公園となっており、駐車場もありそうなので車で行きました。

行きの国道463号線所沢入間バイパスと409号線経由では2時間近くかかってしまいましたが、帰りの254号線バイパス経由では1時間半でした。

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吉見町公式サイトによると、丘陵の裾に人工的な沼が点在していますが、これらは水田耕作のために造られた溜め池ということです。

八丁湖もこうした人工的な沼で、その面積は約52,000㎡です。

湖と名付けられていますが、沼や池という感じです。

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↑湖を一周できるように1600mのウォーキングコースとして整備されています。

少し遠回りをする2100mのジョギングコースもありますが、こちらは途中に結構な坂道も含まれています。

八丁湖はふしぎな形をしており、漢字の「土」という字のような形です

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八丁湖もかつては、八丁八反の沼と呼ばれていましたが、実際の面積は八丁八反だったわけではありません。

八という数字は末広がりで、しかも、多いと言う意味で使われ、重ねると語呂が良いというところから、八百八町、八百八橋という言葉が生まれたのと同じだそうです。

現在の「八丁湖」という呼び名は第二次大戦後に付けられましたといいます。

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↑山というか丘陵に囲まれた自然豊かな所で、鳥の鳴き声が数多く聞こえますが、その鳥の説明ボードは数限りなくあります。

あのオオタカもいるということです。

歩いていると、ホーホケキョというウグイスの声が聞こえてきます。

春のイメージが強い鳥の声を、蒸し暑い梅雨空の下、聞くのも妙な感じです。

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さて、今日のもう一つの目的地は、黒岩横穴墓群で大正14年に埼玉県指定史跡となった横穴墓群です。

この吉見丘陵の北東部に位置する八丁湖に隣接しており、古墳時代後期から終末期といいますから6世紀ころに造られたと考えられています。

なんとなく横穴らしきものがいくつか見えますが、草木が生い茂りわかりづらいです。

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もう5年も前のことですが、吉見百穴を見た時は、いかにも横穴がたくさんありました。

国指定史跡で、しかも入場料も徴収していましたから草刈りとかされていたのでしょう。

こちらは県指定史跡で、しかも無料ですから仕方ないのでしょうか。

はっきり分かるところを探します。

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