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2017年5月21日 (日)

平安時代か鎌倉時代からあったらしい特殊な形の七曲井と名前とは裏腹に氾濫する不老川

埼玉県道所沢川越線は、鎌倉時代の主要道の一つであった鎌倉街道上道(かみつみち)と重複しているところが多いようです。

鎌倉から関東諸国や信濃、越後への道として利用されていました。

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西武新宿線入曽駅近くである狭山市北入曽のその道沿いには、歴史のある井戸があります。

七曲井(ななまがりのい)といい、史跡として埼玉県指定文化財となっています。

周囲70m余、直径26m、深さ11.5mという大規模な漏斗状(ろうとじょう)井戸です。

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堅掘り井戸を掘る技術が確立される近世までは、この井戸のように漏斗状に地下水まで掘り下げたと考えられます。

井戸に降りる道は上部で階段状、中央部では曲がり道、そして底近くでは回り道となっており、この道の形状が名前の由来となっているといわれています。

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井筒部は人頭大の石で周囲を囲った中に松材で井桁が組んでありました。

井戸この土地の小字は「堀難井」(ほりかねい)は「ほりがたい」かということで、古来この地方に住む人々にとっては飲料水を得ることが 困難だったようです。

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府中から入間川に至る奈良・平安時代の古道沿いにあるため、平安中期に開拓と交通の便を図るため、武蔵国府の手により、9世紀後半から10世紀前半に掘られたと考えられています。

鎌倉時代の初め、建仁2年(1202年)という説もあるようです。

こうした独特の構造の井戸が掘られたのは、武蔵野台地は地下水脈までの距離が長く、深い井戸を掘らなければならないが技術的に困難でした。

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そのため、地表面からすり鉢状に地面を掘り下げて砂礫層の下の粘土層を露出させ、そこから改めて垂直の井戸を掘るといことになりました。

↑先ほどと反対側から見ています。

形がカタツムリのようなので、「まいまいず井戸」と呼ばれています。

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↑すぐ横を不老川(ふろうがわ)が流れています。

この川は新河岸川へと合流する荒川水系の一級河川ですが、この辺りでは幅も広くなく、水量もそれほどありません。

しかし、この川は昨年夏には氾濫してニュース等で取り上げられました。

2016年8月22日昼の大雨で、西武新宿線は冠水してしまい運行できなくなったといいますから、どんなところか現在の様子を少し上流に見に行ってみます。

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↑このような普段の状態を上流から下流に見てみると、ここが冠水したとは信じがたいようなところです。

去年の夏にそんなに豪雨あったかなあと思い確認したところ、西武多摩湖線が法面崩壊で立ち往生してしまい、それを牽引して動かす現場復旧の状況を見に行ったあの時の台風9号の時です。

↓すぐ近くにある踏切は、今ではあまり見かけない「かまぼこ型」で、低床車は通れないようになっていますが、まさか水を避けるために高くなっているのではないでしょう。

自動車教習所で、もし踏切でエンストしたら、この形状の踏切では前後が坂になっているので、車を押して脱出できると教わったことを思い出します。

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ところで、この不老川の元々の読みは「としとらずがわ」であり、江戸時代に編纂された新編武蔵風土記稿では「年不取川」とされています。

雨が少ない冬になると干上がってしまい、年のはじめ(旧正月)には水が流れなくなり、正月に一歳ずつ数え年が増える習慣からすると、姿を現さないため歳をとらない川であるため、この呼び名なのだそうです。

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↑さらに上流に向かうと、左の入間基地と道路との間に流れています。

↓この道路の左側には、入曽多目的広場があります。

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↑大雨で増水したら水がこの右側のグラウンドに流れ込むようになっているようですが、それがあっても昨夏は氾濫してしまったということですから、大変な大雨だったようです。

この少し上流は入間市となり、西武池袋線の橋梁がありますが、こちらも線路が冠水はしなかったものの、当日は一時運転見合わせになっていたといいます。

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入間市と狭山市では住宅浸水の被害も多かったようです。

名前の由来からすると、水量の少なそうなイメージなので、氾濫するほど水が流れることなどあるものかとも思いますが、不老川の氾濫は時々あるというから不思議です。

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