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2016年11月

2016年11月27日 (日)

東大和市内の空堀川の河道を大きく変える河川改修の様子を4年半前と見較べる

空堀川の河川改修工事は、東大和市内でここ数年間だいぶ進んでいるようですから、その様子を見てまわりました。

清瀬市や東村山市などの下流側ではほとんど改修工事も完了し、両岸の河川管理用通路が自転車歩行者道として開放されていますが、以前にはこの高木橋の辺りから上流側ではまだ工事中で直進できませんでした。

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↑ここで北から奈良橋川が合流するのですが、その合流地点の工事が行われています。

奈良橋川が鋼矢板に囲まれて作られていますが、この合流位置は少しだけ東側にズラされたようです。

↓ここはまだまだ工事中ですが、地図右側のこの合流部より上流(左)ではほとんど工事は完了しています。

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新青梅街道沿いではニトリやコジマなどの商業施設や飲食店が並んでいて、よく渋滞している南高木交差点のすぐ北側の辺りです。

そして、この高木橋の少し上流から、空堀川の流路が大きく変わっています。

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↑左側の南からの細い流れが空堀川だったのですが、右側に新しい広い河川が出来ていて、こちらがメインの流路となっています。

西から東に向かって蛇行しながら流れていた空堀川は、西から東へ真っ直ぐに流れるようになっています。

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↑新河川の上流には護岸や両側の通路が出来ており、この旧河川の南方面への流れがあったはずのところは、すっかり塞がれて残った鋼矢板の間には雑草が生い茂っています。

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4年半ほど前に空堀川の源泉を探す旅をした時、ここを通った時の写真を見ると、当時は空堀川が細い流れでここを北から南(左から右)へ流れていたのがわかります。

↓当時にはこの振り返った背中側には、庚申橋調整池排水機場がありました。

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新河川の予定地内にはいくつかの河道内調整池が作られていました。

河川改修工事は一気には出来ないため、用地取得出来たところから、洪水時の水を貯留する施設を先行して整備していたようです。

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↑現在は旧河川はすっかり塞がれて、河川沿いの自転車道が出来ていますが、ここだけは左岸(北側)の通路は通れなくなっており、この排水機場は現在もあります。

さらに上流方面を見ていきます。

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2016年11月20日 (日)

小金井市にある浴恩館公園は紅葉も美しく下村湖人も関わる文化財センター

紅葉の美しい季節になりましたから、花小金井駅から歩いて都立小金井公園に行ってみることとしました。

しかし、相変わらずの人出の多さにちょっとうんざりして、小金井公園は北から南に素通りして、玉川上水を渡り少し進むと、すぐに雰囲気の良さそうなところがありました。

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↑浴恩館公園といい、「浴恩館」を中心とした公園です。

浴恩館とは昭和3年に京都御所で行われた昭和天皇即位大嘗祭の際の、神職の更衣所を(財)日本青年館が譲り受けて、ここに移築したものといいます。

浴恩館では青年団のリーダーを養成するために、後に小説「次郎物語」で有名になる下村湖人が所長となっていました。

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現在は、庭を含めて小金井市の公園となっており、地図を見ると敷地の北と南に池があり、その間が川のようになっているようです。

↑しかし、北の池は枯れていて、ほとんど水の流れはありませんでした。

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敷地内には、多摩川水系野川の支流である仙川が流れており、水はこの仙川に流れていくのでしょう。

↑この橋は次郎橋と名付けられています。

次郎物語は5部からなる、主人公の次郎が幼少から青年となるまでの成長の物語です。

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↑その仙川の上流方面を見ていますが、仙川自体にも水の流れはありませんでした。

特に第5部は、湖人の浴恩館での実際の教育の実践に基づいて書かれているとのことです。

私の頭の中では、「浴」という字から温浴が浮かび、温泉がイメージされたところにこの浴恩館の建物を見ると、温泉旅館かなと感じてしまいました、すいません。

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↑この建物が昭和6年からある浴恩館で、平成5年からは小金井市の郷土資料を展示収蔵する文化財センターとして利用されており、市史跡となっています。

2020年東京オリンピック・パラリンピックにおける国立競技場建替においても、一緒に建替されることで一躍有名になった「日本青年館」の所有でしたが、この建物は青年団での活用としての維持が難しく、昭和40年代には小金井市に売却されたようです。

現在は文化財センターとしてすっかり改装され、内部には先土器時代、縄文時代から現在に至る様々な展示がありました。

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↑内部に入ると渡り廊下があり、その向こうには当時の寮である南寮もありますが、ここは改装されていないようです。

浴恩館は昭和6年から全国の青年団の指導者層が集まり、寝食を共にして人間形成をする講習所でした。

部屋の中を見ると、なぜか懐かしさを感じました。

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2016年11月13日 (日)

東村山市内の空堀川の旧河川敷をたどると野口橋も位置が変わっていた

今週は空堀川を上流方面に向かいますが、東村山市内では河川改修工事も終了しているようで、川沿いには自転車で気持ちよく走れる歩行者自転車専用道が整備されています。

久米川駅の近辺で、空堀川は西武新宿線の下を流れているのですが、この道も西武新宿線をアンダーパスしていきます。

その上流側のスロープを登りきった地点はなぜか、川から少しズレた位置になります。

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↑空堀川はやや左に流れており、右に見えるのは線路をオーバーパスしている新青梅街道の栄町陸橋です。

そして、この目の前には閉鎖された細長い空間があります。

どうやら、河川改修前の空堀川の流れがあったところのようです。

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↑少し先の道路から見ても、同じような空間が続いています。

家にあった少し前の地図を見てみると、やはりこちらが以前までの空堀川の流れだったようです。

1時間当たりの雨量50mmに対応するための河川改修工事が行われ、蛇行する川の流れを真っ直ぐに変えたようです。

今でもこの旧川敷が、この辺りの町名の本町と栄町の境になっています。

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↑新青梅街道の渋滞情報などでよく見る、野口橋交差点は府中街道との交差点ですが、その野口橋はこの細い空堀川の橋の名前だったということです。

交差点から南の府中街道を片側2車線ずつに拡幅する際に、空堀川の野口橋も新たに設けられたようです。

現在は少し盛り土されており、橋の面影はありません。

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↑新しい野口橋は川幅も50m近くになっており幅広いため、立派なものに架け替えられています。

こうして、ところどころに親水のために川面に降りられる階段もあります。

この府中街道は新青梅街道の北側は片側1車線ずつで、しかも西武新宿線とは踏切交差します。

その解消と拡幅のため、東村山駅周辺の連続立体交差化工事が進められています。

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↑野口橋から西の上流部にも、旧河川の細長い空間が新青梅街道に沿って続いています。

もう少し行ってみました。

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2016年11月 6日 (日)

ふと気付いたら合流地点を変えるように新しく整備されていた柳瀬川と空堀川

柳瀬川と空堀川は、源泉探しなどで何回かこのブログでも行きましたが、柳瀬川は所沢市から都県境辺りを流れ、空堀川は武蔵村山市から東村山市を通って流れています。

そして、この2つの川は清瀬市と所沢市の都県境である小金井街道清瀬橋の辺りで合流して、さらに志木市では新河岸川と合流し、荒川へと流れています。

空堀川沿いの道を、ぶらっと自転車で下流に向かって走っていると、その清瀬橋手前で何やら大規模な護岸工事が出来上がったところがありました。

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ずっと工事をしているのは知っていましたし、今年の夏ごろにはまだ工事中であちら(左岸)側は通行できませんでしたが、結構大掛かりなコンクリート構造物が完成しています。

少し下流の橋から見るとびっくりです。

二つの川が合流しているのです。

場所としては清瀬橋の合流地点からは350mほど上流の位置です。

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↑左から流れてくるのが空堀川、右からの流れが柳瀬川です。

水の流れを見ると、空堀川からの水流は見られず、ほとんど右の柳瀬川から流れているようです。

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↑しかし、近づいてよく見て見ると、逆のようです。

空堀川の水が上から下の方へ回り込むようにして流れています。

むしろ柳瀬川の水がほとんどありません。

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↑柳瀬川の上流部を見るとようやく状況が理解できました。

奥から見た柳瀬川は右へと流れており、ある程度の水量を超えて越流堰のようなものを乗り越えた水だけが手前に流れ、空堀川と合流するようになっているのです。

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↑ここから下流の柳瀬川は従来通りの流れがあります。

となると、この大掛かりな工事は、なんか無駄な公共工事だったんでしょうか。

どういうことなのか、ちょっと様子を見て回りましょう。

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