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2016年6月19日 (日)

多摩地域を不自然に南北に流れる残堀川の謎を探ってみる

残堀川は、瑞穂町から武蔵村山市を通り、立川市、ちょっと昭島市、再び立川市から多摩川に流れ込んでいますが、以前から不思議に思っていることがありました。

東京都区内や北多摩地域内を流れる川は、北東に流れて荒川に合流するか、南東に流れて多摩川に合流するかに分かれます。

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↑東京都建設局HP「東京都河川分布図」より

江戸時代には玉川上水が、多摩川の水を江戸市中に引くために開削されましたが、それはこの東京の分水嶺、分水界というか、西東京の尾根筋に作られました。

この件には興味があり、3年3か月ほど前にも自転車で調べてまわったことがあります。

残堀川は不思議なことに、この話の例外な存在なのです。

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この残堀川は玉川上水と交差しています。

玉川上水が分水界なら、それを横断する川は無いはずだというのに…

↑右から左に残堀川は流れており、奥から手前に向けて玉川上水は流れています。

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そのために、わざわざ残堀川の下を玉川上水が伏越すという、川の立体交差化がされています。

↑玉川上水上流から下流を見ると、こうして水の流れは地下に入っていきます。

そして、残堀川が左から右方向に流れていくため、道路にも橋が架かっています。

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ふせこし工法はサイホンの原理を応用しているそうです。

下流部から上流側を振り返ると、こうして水が出てきます。

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3年ちょっと前に玉川上水の取水口を目指して走り、ここを通った時には、説明板はまだ無かったように思われますが、この日にはあって組みもわかりました。

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明治時代には今とは逆で残堀川が下を潜るように工事されていたようです。

また、そこには重要なこともありました。

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やはりというべきかもしれませんが、驚くべきことが何気なく書かれていました。

残堀川は玉川上水と合流していたが、明治時代になって川が汚れてきたため、多摩川に放流するよう改修されたとあります。

これで、謎は一気に解決します。

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↑ここから南に向けての残堀川の多摩川へ向けての流れは、明治時代になってから意図的に作られたものだということで、残堀川は元々は玉川上水と交差はしていなかったようです。

江戸時代には玉川上水の助水として使われていたといいます。

今の残堀川は、さらに河川改修工事によって、人工的に造られた川になっていますから、ここから上流部の流れも違うところを流れていたことでしょう。

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↑100mほど上流の西武拝島線の北側です。

ここでは、空堀川へ流れ込む水路の工事が行われていました。

これより上流方面一帯は、広大な日産自動車村山工場のあったところで、両方の流れとも元工場敷地の東側と西側に沿っています。

現在は北西方向の瑞穂町の方から流れてきた残堀川は、その工場跡地の西側に沿って、多摩大橋通りとの間をきれいに真っ直ぐに、北から南へ流れています。

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調べてみると、多摩大橋通りと五日市街道の交差点のある、玉川上水の天王橋の辺りで、江戸時代には残堀川は玉川上水と合流していたとのことです。

↑となると、このようにここで曲がらなく、さらに真っ直ぐに南に向かって流れていたということでしょうか。

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↑北から南を見ると、このように旧日産工場と多摩大橋通りの間を、1500mほど直線で流れています。

この日産工場にはテストコースもあったようで、中を見てみたいなあと思っていたのが、遠い昔のこととして思い出されます。

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↑イオンモールむさし村山の近くの伊那平橋のところから上流は、北西側から流れてきています、というか水は流れていません。

これまで見てきたここより下流部の残堀川は、江戸時代の1654年に玉川上水へ流れこむように工事されました。

それより前は、もっと東の方を流れていたと言います。

こうして、いい意味で期待を裏切ってくれた残堀川については、さらに上流についても、川の源泉も見に行きたいと思います。

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