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2016年5月 1日 (日)

【後編】おとぎ電車、おとぎ列車が走っていた「おとぎ線跡を歩く会」に参加して歩いてきた

西武山口線のレオライナーが運行開始から30周年といいます。

1985年(昭和60年)4月25日運行開始とのことです。

あのゴムタイヤで、西武遊園地駅から西武球場前駅まで走るレオライナーは、新しい路線のイメージでしたがそんな経つのですか、時間が過ぎるのは早いものです。

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↑上の写真が、書いてあるように、レオライナーになる前の山口線のB型蓄電池機関車、おとぎ電車です。

前回に引き続き、この「おとぎ線跡を歩く会」の話です。

西の方から、おとぎ線跡を辿ってくると、旧山口線と現山口線は全然別のルートを通っており、旧山口線は西武第二球場の辺りからは、多摩湖北岸の道路に沿って走っていたようです。

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↑狭山スキー場があり、ここには通れる空間が無かったじゃないかとも思われますが、以前はスキー場構造物の長さがもう少し短く、道路との間に山口線が通っていたそうです。

確かによく見ると、端の部分だけ柱や構造が違い、増設されたのがわかります。

西武プリンスドームの関係者用駐車場は、西武ライオンズ球場の頃からあり、ここには踏切がありました。

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↑改めて見てみると、ドームと道路の間に廃線跡らしき狭い敷地があります。

西武ドームと道路の間にも、言われてみると、旧山口線の線路があったらしき空間があります。

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でも、1998年(平成10年)と99年(11年)に西武ドームができた時には、既に現山口線になっていたのだから、関係ないのではないかとも思いましたが、こちらは、後楽園球場と東京ドームの関係のように、敷地内の別の場所に新たに建替えたのではないようです。

良く覚えていませんでしたが、西武ライオンズ球場に屋根を付けて、ドーム球場としたため、位置はかわっていないのです。

ですから、旧山口線が通る空間は、当然あって然るべきです。

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↑そして、現在のレオライナーが走っている山口線が、このトンネルから出てくる、このドームのすぐ東からは、現山口線も新山口線もほぼ同じルートでした。

つまり、この西武ライオンズ球場や西武プリンスドームの西側に駅があり、今は北を通って迂回していますが、当時は南側から迂回して通っていたのです。

現山口線から見ると、こんな感じです。

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↑現山口線が西武球場前駅を出て、ドームを迂回して北の方から短いトンネルを出て、東に向きを変えて多摩湖の北岸沿いの道路沿いに向かうところです。

旧山口線もこの道路沿いをそのまま走っていたのです。

この多摩湖の北岸沿いの道路は、東京都東大和市と埼玉県所沢市の境界となっています。

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この道路と西武園ゴルフ場の間を、旧山口線(おとぎ線)も現山口線も通っていました。

でも、所々で違うルートとなるようで、単線のためにすれ違いをするための信号所も、別の位置にあったようです。

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↑ここでは現山口線は北の方を通っているので見えませんが、このカーブの手前に旧山口線では、中峯信号所という列車すれ違いのための施設があったようです。

初めの写真のあったように、開通当初は蓄電池機関車(バッテリーロコ)が走っていました。

私のかなり曖昧な記憶ではこの「おとぎ電車」を見たような気がします。

これは充電式ですから、充電するのに大分時間がかかったそうです。

そして、おとぎ線では1972年(昭和47年)に、日本の鉄道100年を記念して蒸気機関車の運行を開始したといいます。

ここにSLが走っていたという話を誰かに聞いたことがありましたが、半信半疑でした。でも、ほんとうだったようです。

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↑こちらと初めのカードは今回の「おとぎ線跡を歩く会」の資料としてもらったものです。

下の段にあるようなSLが走っていたようで、何枚もの写真も見せてもらいましたが、前回も書いたように、撮影者の承諾がないのでここに載せるのはやめておきます。

旧山口線は1984年(昭和59年)5月に運行を休止して、大改修して一部ルートも変更しました。

翌年4月に、現在のようなゴムタイヤのレオライナーが走る、案内軌条式鉄道(AGT)の西武山口線として運行を再開しました。

手続き上は、地方鉄道のおとぎ列車を一旦廃線扱いとした上で、新たに案内軌条式鉄道の免許を取得したといいます。

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↑ここには以前は道路をくぐり抜けるトンネルがありましたが、既に旧山口線の時代に新しい機関車が高さ的に通れないとのことで、天井部分を壊したというところもあります。

そして、この西武鉄道の運営する中国割烹旅館掬水亭(きくすいてい)の裏側を旧山口線は通っていましたし、現山口線はトンネルで、やはり同じように裏側を通っています。

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旧山口線起点の多摩湖ホテルとはこれだったのかとも思いましたが、多摩湖ホテルは廃業し、この掬水亭とは別のもののようです。

そのため、駅名も西武遊園地駅に変えられたそうです。

おとぎ線は、多摩湖ホテル前駅までの運行でしたが、現山口線の遊園地西駅と西武遊園地駅の中間あたりにあったそうです。

その駅名も、多摩湖ホテル前駅、西武遊園地駅、遊園地前駅と変わっていきました。

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↑そして、現在は西武園遊園地の敷地内のジェットコースター乗り場の辺りに多摩湖ホテル前駅はあったと言います。

今は遊園地に入場しなければ立ち入ることのできない場所ですが、当時は場外だったそうです。

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↑現山口線から見ると、この辺りなのでしょうか。

旧山口線と同様に、西武山口線の0キロポストは、今でもここにあるそうです。

今回の歩く会は、西武遊園地駅近くで解散です。

上の写真のトンネルをくぐった先に西武遊園地駅があり、ここで国分寺駅まで行く西武多摩湖線に乗り換えできます。

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ちなみに、ここは以前は、多摩湖駅でしたが、西武遊園地駅と名称変更されたため、山口線の西武遊園地駅が遊園地前駅に改称されたといいます。

1時間半ほどの短い旅ではありましたが、楽しかったです。

参加費も500円とリーズナブルでした。

また、別のこうした企画があれば是非参加したいものです。

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