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2016年5月

2016年5月29日 (日)

海からずっと離れた埼玉県富士見市にある国指定史跡の水子貝塚

埼玉県富士見市に水子貝塚公園というところがあるようなので、見に行きました。

かなり暑い日だったこともあり、自転車ではなく車で行ってしまいました。

水子というのは地名なのですが、ここは国史跡に指定されており、公園として整備されています。

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↑入口から入ろうとすると、貝塚よりも当時の住居らしきものがいくつか見えてきます。

この公園のあるところは、竪穴住居内に残された小貝塚が環状に分布する、縄文時代前期中頃(約6000~5500年前)の集落跡であることが、発掘調査により明らかとなっています。

復元された竪穴住居が復元されており、この15号住居跡のように中に入れるものもあります。

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竪穴住居とは、地面を掘り込んで床として、柱を立てて屋根をつくり、周りを土で盛って水を防ぐ仕組みになっています。

夏涼しく、冬暖かいといいますが、中に入る前はあまりそのようには思っていませんでした。

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真っ暗な中に入っていくと、当時の人々の暮らしの様子が再現されていたので、声を上げそうになるほどびっくりしました。

しかし、この日は30℃近くに気温の暑い日ですが、中はひんやりしていました。

写真では、見やすいように明るくしていますが、実際にはもっとずっと暗いです。

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↑屋根を裏側から見ていると、意外としっかりした造りになっていたようです。

柱だけの骨組みも見られますが、この立柱で全体の重さを支えるのですから、縄文時代から結構な建築技術水準があったのでしょう。

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竪穴住居の復元されたものは、このようにいくつもあります。

ところで、貝塚はどこにあるのでしょうか。

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2016年5月22日 (日)

東京に近いのにローカル線でのんびりできる明覚駅と、ときがわ町にある都幾川の渓谷

八王子と高崎を結ぶJR八高線は、東京都内も走っているというのに、単線だし、JRの運賃体系としては割高となる地方交通線に区分されている路線です。

八王子駅から高麗川駅まではそれでも電化されており、電車が1時間に2本くらいは走っていますが、その先は非電化区間なので、2~3両のディーゼル車が1時間に1本くらいしか来ない、まさに「ローカル線」です。

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高麗川駅でディーゼル車に乗り換えて、16分ほどで明覚駅に到着です。↑

二本の線路があるようですが、単線がすれ違うため駅のところだけ複線となっている、埼玉県ときがわ町にある無人駅です。

町の名称がひらがななのは、平成の大合併でよくあることですが、都幾川町と玉川村が合併した際に、この名になったようです。

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駅舎もいい感じの明覚駅です。

列車が来た時には人もいますが、数分もすると誰もいなくなります。

ときがわ町では、無料のレンタサイクルがあるとのことなので、借りてみようと思っています。

しかし、駅前ではなく、西へ歩いて20分、1,5kmほどの「せせらぎホール」という体育センターのところまで行かなくてはいけません。

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ときがわ町の路線バスは、ここ「せせらぎバスセンター」をハブとして、各方面にバス路線がつながっており、ここで乗り換えできるようになっています。

明覚駅からここまでの路線は休日は1日6便なので、歩いてきましたが、ここからは自転車です。

この辺りは町の中心としての機能を果たしているようで、コンビニもありました。

ときがわ町役場本庁舎は駅の反対の東側にありますが、ここ「せせらぎバスセンター」のすぐ隣には、ときがわ町役場第二庁舎があります。

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同じ建物が、ときがわ公民館にもなっていて、狭いながら図書室もありました。

どうやら、ここは合併前の都幾川町役場があったところのようです。

まずは、この近くで昼食をとることとしました。

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ちょっと不思議な外観ですが、「キッチンあすなろ」というお店です。

御主人に話を伺ったところ、青森出身のようで、青森の郷土料理が食べられます。

私も、せんべい汁定食を食べましたが、量も多いし、リンゴジュースやコーヒーもあり、お腹一杯でした。

腹ごなしのためにも、自転車でがんばって走らなくてはいけません。

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2016年5月15日 (日)

新所沢街道とは別の都道新東京所沢線という都市計画道路が東所沢につながる

前回見てきた、東所沢から東に向けて建設中の埼玉県道は、清瀬橋で小金井街道と合流するように見られます。

小金井街道は2車線ですから、それだけでは、4車線+2車線=2車線となってしまい、ここがボトルネックとなり、慢性的な渋滞が慢性的な渋滞が発生することとなります。

また、小金井街道は西武池袋線と踏切で交差していますから、これも心配です。

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↑しかし、当然考えてはあり、合流地点から先の柳瀬川の清瀬橋は、4車線の道路として既に架替えられています。

この橋梁工事では、新しい橋を川の流れの無かった、古い橋の西側にまず作り、後に、新しい橋の下に川の流路を変えるという、面白い手法を使っていました。

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↑よって、東側にあるこちらの旧清瀬橋は2車線ですが、既に水の流れはこの下にはありませんから、ここは簡単に拡幅でき4車線化できるでしょう。

さらに、東の東京都側を見ると、南東方向に向かう渋滞している小金井街道に対して、中里団地バス停の向こう側に、東の方向に向かう道路空間が確保されています。

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「東村山3・4・15の2号線」という都市計画道路で、ここから1530m先の新小金井街道までの区間は、東京都が国土交通省の事業認可を受けて、事業が進められています。

どこを通っているのか、どの程度、用地が確保されているのか、見に行ってみました。

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↑思っていた以上に、道路導入空間は更地になっています。

幅員は18mで2車線道路の計画です。

ここは清瀬市だというのに計画名が「東村山」というのも気になりますが、東村山市、東久留米市、清瀬市の都市計画は、一括して「東村山都市計画」となっているようです。

西東京市や武蔵野市や小平市は独立した都市計画なのに不思議なことです。

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↑名称は「東村山都市計画道路3・4・15の2号新東京所沢線」とあります。

所沢街道のバイパスのような名称ですが、以前に見ましたように、新所沢街道の方は東村山3・4・11号線として一部開通しており、現在も建設中で、所沢入間バイパスとつながるように計画されていますから、別々の計画が2つあるようです。

この看板の地図は位置がわかりづらいのですが、現地説明会パンフだと大まかな位置がわかります。

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ところで、埼玉県側から4車線と2車線の道路が、東京都側では2車線と2車線というのはどうなのでしょうか。

これは、この先の東京都側との接続次第という気はします。

新小金井街道(上の地図の東村山3・4・7)までの接続ということであれば、そんなに多くのニーズが無いでしょうけれど、少なくとも、この道は西武池袋線とは立体交差しています。

引き続き、現場を見てまわります。

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2016年5月 8日 (日)

見えてきた東所沢の東京狭山線の道路形状と意外と早い開通時期

入間川を渡り、狭山市から東所沢まで開通した4車線道路が、その東京都県境辺りでプッツリ途絶えてしまっている先には、大きな高低差があるところを2年半ほど前に見ました。

久しぶりにここを、都県境の清瀬橋の辺りから見てみると、結構工事が進んでいるようなので再び様子を見てみます。

東京狭山線の下安松工区です。

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↑東京都に近い東側は既に舗装されており、街渠ブロックも設置されています。

防音壁を設置するための柱と思われるものもあります。

現場事務所もありますので、工事の詳細を記したものがないかと探しましたが見つかりません。

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↑交通量が多く、正面から撮れなかったので見づらいですが、驚いたことに、「橋をつくっています」と書かれています。

確かに、ここには柳瀬川の清瀬橋がありますが、この架け替え工事は完了しているはずです。

工事現場を見てみます。

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ゴールデンウィーク中なので、大型重機がありますが動いてはいません。

高低差のある急斜面のゲレンデのようなところを見てみると、土留め壁なのでしょうか、鋼管杭が打ち込まれています。

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埼玉県HPにあったイメージ図を思い出すと、ここをトンネルにして通過させ、道路の高低差を解消しようとする計画のはずです。

橋梁形式に設計変更されたのでしょうか。

崖上の工事現場のほうに行けば、何かヒントがあるかもしれないので行ってみます。

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↑西側から未開通部分をみてみます。

少しだけ舗装されていますが、下り坂にしようとしているのはわかります。

周りが囲まれて、すっかり工事現場となっています。

この囲いの外側に詳しい工事の説明が貼られていました。

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2016年5月 1日 (日)

【後編】おとぎ電車、おとぎ列車が走っていた「おとぎ線跡を歩く会」に参加して歩いてきた

西武山口線のレオライナーが運行開始から30周年といいます。

1985年(昭和60年)4月25日運行開始とのことです。

あのゴムタイヤで、西武遊園地駅から西武球場前駅まで走るレオライナーは、新しい路線のイメージでしたがそんな経つのですか、時間が過ぎるのは早いものです。

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↑上の写真が、書いてあるように、レオライナーになる前の山口線のB型蓄電池機関車、おとぎ電車です。

前回に引き続き、この「おとぎ線跡を歩く会」の話です。

西の方から、おとぎ線跡を辿ってくると、旧山口線と現山口線は全然別のルートを通っており、旧山口線は西武第二球場の辺りからは、多摩湖北岸の道路に沿って走っていたようです。

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↑狭山スキー場があり、ここには通れる空間が無かったじゃないかとも思われますが、以前はスキー場構造物の長さがもう少し短く、道路との間に山口線が通っていたそうです。

確かによく見ると、端の部分だけ柱や構造が違い、増設されたのがわかります。

西武プリンスドームの関係者用駐車場は、西武ライオンズ球場の頃からあり、ここには踏切がありました。

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↑改めて見てみると、ドームと道路の間に廃線跡らしき狭い敷地があります。

西武ドームと道路の間にも、言われてみると、旧山口線の線路があったらしき空間があります。

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でも、1998年(平成10年)と99年(11年)に西武ドームができた時には、既に現山口線になっていたのだから、関係ないのではないかとも思いましたが、こちらは、後楽園球場と東京ドームの関係のように、敷地内の別の場所に新たに建替えたのではないようです。

良く覚えていませんでしたが、西武ライオンズ球場に屋根を付けて、ドーム球場としたため、位置はかわっていないのです。

ですから、旧山口線が通る空間は、当然あって然るべきです。

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↑そして、現在のレオライナーが走っている山口線が、このトンネルから出てくる、このドームのすぐ東からは、現山口線も新山口線もほぼ同じルートでした。

つまり、この西武ライオンズ球場や西武プリンスドームの西側に駅があり、今は北を通って迂回していますが、当時は南側から迂回して通っていたのです。

現山口線から見ると、こんな感じです。

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↑現山口線が西武球場前駅を出て、ドームを迂回して北の方から短いトンネルを出て、東に向きを変えて多摩湖の北岸沿いの道路沿いに向かうところです。

旧山口線もこの道路沿いをそのまま走っていたのです。

この多摩湖の北岸沿いの道路は、東京都東大和市と埼玉県所沢市の境界となっています。

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この道路と西武園ゴルフ場の間を、旧山口線(おとぎ線)も現山口線も通っていました。

でも、所々で違うルートとなるようで、単線のためにすれ違いをするための信号所も、別の位置にあったようです。

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