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2016年4月24日 (日)

おとぎ電車、おとぎ列車が走っていた「おとぎ線跡を歩く会」に参加して歩いてきた(前編)

今となっては、古き良き昭和の時代のことになりますが、子供のころ、「おとぎ電車」「おとぎ列車」に乗ったような記憶があります。

この「おとぎ線跡を歩く会」が西武鉄道主催で行われたので参加しました。

スタートは西武球場前駅で、参加者は10名ほどでした。

まだ朝10時過ぎなので閑散としているかと思いきや、試合開始の3時間も前なのに、しかも、雨も降っているのに結構数多くの野球ファンの人達がいて、びっくりしました。

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西武球場の今の名前は「西武プリンスドーム」なのですから、駅名も「西武プリンスドーム前駅」にすればいいのにとも思います。

しかし、元の「西武ライオンズ球場」が建替えられて、「西武ドーム」、ネーミングライツにより、「インボイスSEIBUドーム」、「グッドウィルドーム」、再び、「西武ドーム」に戻って、さらに「西武プリンスドーム」となっていますから、その都度、駅名変更していたら、経費がかかって大変なこととなっているでしょうから、やめた方がいいのでしょう。

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↑駅構内の歩く会受付の机の上に置いてあった当時の「おとぎ線」の写真です。

1950年(昭和25年)8月に、西武遊園地と山口信号所間2.5km(当時の駅名では「多摩湖ホテル前駅」と「上堰堤駅」)が、翌年9月にはユネスコ村開業に合わせて1.1km延伸され、「ユネスコ村駅」までの計3.6kmが結ばれ、軌間762mmの単線の「軽便鉄道」が開通しました。

ここに「おとぎ電車」「おとぎ列車」が走っていて、「おとぎ線」という名で呼ばれていました。

現在の西武遊園地駅と西武球場前駅を結ぶ、レオライナーが走っている西武山口線の前身となるもので、ルートでは同一の部分も多くあります。

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↑まず、西に向かって埼玉県道を渡りますが、かつてここには「ユネスコ村」という遊園地?があり、オランダの風車があったりして賑わっていました。

その後、ユネスコ村恐竜探検館がありましたが、現在はそれもありません。

ユネスコ村の敷地は閉鎖されているので通り抜けできず、ぐるっと狭山不動尊や康信寺の敷地の南側を迂回して10分ほど坂道を登り、「ユネスコ村駅」跡に到着です。

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西武球場前駅、かつての狭山湖駅からは西に300mほど離れた、狭山湖沿いの道路脇、金乗院(山口観音)境内の北側に、ユネスコ村駅はありました。

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↑振り返って、南方向を見ると廃線跡が歩けるようになっています。

坂道を登り疲れてしまいましたが、ここからが今回の「歩く会」の本番です。

おとぎ線、旧山口線の車掌をされていた方が案内してくれます。

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↑しばらく、線路跡地は金乗院の南沿いを進みますが、ここに通っていたといいます。

1952年(昭和27年)には「おとぎ線」を地方鉄道法に基づく地方鉄道に転換し、「山口線」と改称しましたが、「おとぎ列車」の名は残されました。

運賃は西武鉄道の他路線とは別で、片道が大人200円、子ども100円だったといいますから、当時の鉄道運賃としては結構高いです。

やはり、遊園地の遊戯施設という存在だったのでしょうか。

多摩湖沿いの道と並行し東に向かった後、豆腐料理深山の辺りで北東に向きを変えます。

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少し行くと直角に近く曲がり、再び南西向きになりますが、ここは一般道となっています。

ところどころで、当時の写真を見せてもらい解説を聞きながら、歩いていきます。

なお、その当時の写真も撮影させてもらいましたが、元の写真の撮影者の同意を得られていないので、このブログに載せませんが、貴重な素晴らしい写真が数多くありました。

写真の当時と変わっていない建物もあると、本当にここに旧山口線が通っていたのだと実感できます。

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↑堤新亭と墓地との間のこの道を通っていたようなので、振り返って見ています。

次に、現在は公園となっているところで東に向きを変え、この小高い丘の左側を通っていました。

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そして、南北方向に西武球場前駅とユネスコ村の間を通っているこの埼玉県道55号線を、橋で越えていたといいます。↓

残念ながら、橋の名残は全く残っていません。

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この先は廃線跡を直接歩くことはできず、今回の「おとぎ線跡を歩く会」ではここからは、多摩湖自転車道を歩きます。

何度も自転車で走っている道なのに知りませんでしたが、この多摩湖北側を通る道路に沿って、おとぎ線(旧山口線)の線路があったそうです。

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↑先程あったという県道を跨ぐ橋を渡り、この左奥から右の方に向かって、線路は続いていました。

この先は、廃線跡を歩けないのでもう面白くないかなと心配もしましたが、まだまだ、見どころは数多くありました。

そのため、長くなってきたので、この続きは次回とします。

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コメント

初めまして。おとぎ列車、覚えています。今のレオライナーとは違うところを走っていたとは思っていましたが・・歴史を感じます。

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