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2014年10月

2014年10月26日 (日)

滝山団地から東村山に向かう都市計画道路ってニーズはどうでしょう

東久留米市の滝山団地前の、バスも通る東西方向の「滝山中央通り」は、小金井街道の滝山東交差点が起点です。

最近、著作をよく書店で見かけるようになった原武史さんの「滝山コミューン一九七四」の舞台となったのが滝山団地です。

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↑東の起点部方向を向いてますが、マクドナルドと味の民芸のあるところです。

この道は幅員16mの東村山都市計画道路3・4・5号線とされています。

昭和40年代の滝山団地建設とともに、この道路も造られたのでしょう。
街路樹も大きくなっています。

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↑2kmほど行った久留米西団地のところで、道路は右に曲がった細い道となっています。

このたび、40年ぶり?にこの先に道路が建設されるというのです。
10月29日には東久留米市による工事説明会も行われるようです。

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↑黒目川から見ていますが、正面(西)に向けて道路予定地です。

この黒目川の作ったばかりの遊歩道も取り壊して、道路の橋を作るのでしょうか。
左の建物が、説明会の行われる東久留米第十小学校です。

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↑川があるので簡単な工事ではないでしょうが、工事区間はほんの300mほどでして、その先には、実は道路が既にあります。

東久留米市柳窪地区と東村山市恩多地区で区画整理が行われ、昭和59年地区計画も作られており、この地区内のやはり300mほどの区間のみ、都市計画道路道路が整備してあるのです。
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以前にここを通った時は、なぜこんなところに、唐突に広い道路が短区間あるのだろうと非常に不思議に思った記憶があります。

↑出水川の橋から先は、住宅街となっていますが、この先道路はどうなっているのでしょう。

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2014年10月19日 (日)

昭和初期の消防署や大学の建物を白金高輪に見に行く

港区高輪二丁目にある高輪消防署二本榎出張所は、昭和8年に建てられた「ドイツ表現派」という第一次世界大戦後に流行した建築設計による建物です。

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東京都選定歴史的建造物にもなっています。

当時は高輪消防署でしたが、約50年後に別の場所に新築移転したため、ここは出張所となって利用されているようです。

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高輪消防署という表示も、右から左に書いてあり時代を感じさせます。

ここは海抜25mと高い位置にあり、建設当時は周囲に高い建物もなく、東京湾を眼下に眺望でき、「岸壁上の灯台」と言われていたそうです。

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中も見てみたいと思いましたが、高輪二丁目、三丁目を管轄する現役の消防署ですから、無理だと思って諦めていましたが、実は見学可能だったようです。

ここから北に向かって少し歩くと、またいい感じの建物があります。

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この高輪虎屋は、赤坂のあの虎屋とは関係ないようです。しかも閉店しているようです。

ちなみに右隣は高級マンションかと思いきや、都営住宅の都営高輪一丁目アパートでした。

こんな都心にもあるんですね。

この都営住宅と旧高松宮邸の間の涼しげな道を歩いてゆくと、高輪コミュニティーぷらざという港区の施設があります。

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建物の6階から18階は高輪シティハイツという区立住宅(区営住宅ではありません)です。

やはり、ここも高台にあるため、実は、ここはこの建物の5階になります。

1階から5階が区役所の高輪支所などとなっており、3~4階は高輪図書館となっています。

崖のような斜面に立っているため、反対側から見ると、

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先ほどは見えていなかった1階から5階までの区の施設が姿を現します。

ここは以前までは、近くに駅がなく、田町駅、恵比寿駅、目黒駅、五反田駅のいずれかからバスで来るしかありませんでしたが、今では直下に白金高輪駅ができて便利になりました。

変な駅名ですが、この道路(国道1号線)の向こう側が高輪、手前側が白金なので、こうなったようです。

ちなみに読み方は「しろかねたかなわ」なので、駅のアナウンスを聞いていると違和感を感じます。

白金は世間的には「しろがね」ですが、正式な地名は「しろかね」だからです。

つまり、シロガネーゼではなく、シロカネーゼというべきなのです。

この区の施設のエレベーターの中にも変わったものがありました。

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2014年10月12日 (日)

東京と埼玉の間を流れる柳瀬川の源泉をめざして

東村山市を流れている空堀川の上流に向かい源泉を目指したり、下流に向かい柳瀬川、さらに志木市で新河岸川に合流するのを見に行ったりしてきました。

※ 2年半前に行った、空堀川の源泉を目指す旅の記録は、こちら

※ 2年前に行った、空堀川、柳瀬川の下流を見に行く旅の記録は、こちら

では、空堀川と合流した柳瀬川の水はどこから流れてきていたのでしょうか。

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↑清瀬市中里と所沢市下安松の辺りで、左上から流れてくる空堀川と、右上から流れてくる柳瀬川は合流し、ここから下流は柳瀬川という名になります。

柳瀬川のこれより上流は、他の川と違い、曲がりくねっていて、両岸に自転車歩行者道もありません。

都県境で、町同士のつながりの必要性の無さのためか、橋も少なく、さらに、川が予想もしないほうに反れて行ったりしていて、川沿いに走るのに意外と苦労しました。

↓西武池袋線を過ぎてすぐの、JR武蔵野線新秋津駅近くでは、公園の木々が川にせり出しています。
ところどころに、ホタルがいるので川をきれいにしましょうという看板がありました。

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やがて、左右が住宅街となり、先には秋水園の煙突が見えます。

東村山市のごみ焼却施設等なのですが、やはりここもお約束通りに市境に立地しています。

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秋水園の横を過ぎると、次に西武鉄道研修所があります。

引き込み線はないはずなのに、線路にある電柱と電線が見えるので、この敷地内で電車を走らせる訓練も行っているのかとも思いましたが、空中写真で確認すると、ほんの短い区間だけなので、走らせるのは無理のようです。

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↓旧所沢街道の柳瀬橋から上流方向を見ます。

昔の河川のあったところが都県境となっているためでしょうか、川の位置と都県境はところどころでずれています。
ここでは両岸とも東京都東村山市です。

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↓ここでは柳瀬川が都県境で、東村山駅と所沢駅の間の西武新宿線を越えていきます。

手前の北川と左からの柳瀬川が合流して、奥に流れていきます。
ここから西は、トトロでおなじみの八国山緑地が都県境となり、柳瀬川は所沢市内を流れています。

※ 2年半前の八国山緑地への旅の記録は、こちら

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鎌倉時代に新田義貞が鎌倉攻めの際、軍を勢揃いさせたという「勢揃橋」も柳瀬川の橋です。

住宅街の中の小さな橋ですが、バスも通っており、バス停も勢揃橋という名前です。

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さらに走っていくと、昨年秋に、所沢入間バイパスが東京都につながるのか、調べるために走ったところに来ました。

国道463号線はさらに東に延びてきているのでしょうか。

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2014年10月 5日 (日)

御嶽山噴火の翌日となった立川防災航空祭2014に行った

9月28日には立川防災航空祭が行われました。

旧米軍立川基地跡地は、現在は、115haが立川広域防災基地と位置付けられて、立川飛行場のほか、立川防災合同庁舎、災害医療センター、警視庁、東京消防庁等の建物が並んでいます。
跡地の残りの広い土地165haは、国営昭和記念公園となっており、災害時の広域避難場所としての機能もあります。

これらにより、ここで行われるのは単なる航空祭はではなく、防災航空祭という名で行われます。

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↑立川飛行場を陸上自衛隊のほか、警視庁、東京消防庁も使用しているため、展示飛行も陸上自衛隊、警視庁、東京消防庁を合わせた16機の大編隊飛行です。

飛行場といっても、もともとヘリコプターしか配備されていませんから、すべてヘリで10時30分頃飛び立っていき、予定通り、10時52分に戻って来て上空を通過していきます。
11時30分頃再び戻って来ました。

立川市役所HPによれば、9月11日には最大22機予定とされており、19日には最大17機となっていましたから、少し減ったようです。

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こうした行事では、たいてい会場にBGMが流れていますが、この編隊飛行時もワーグナーの「ワルキューレの騎行」が流れていました。
フランシス・コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」のテーマというか、CMに使われた音楽です。

ヘリコプターが飛んでいる映像という意味ではわかりやすいのですが、映画ではあまりいいイメージのシーンではなかったはずです。
ヘリのマイナスイメージをわざわざ住民に持たせるのは、陸上自衛隊の広報としてはいいのでしょうか。

(しかも、映画と同じUH-1がたくさん飛んでるいるんですから、なおさら)
もう昔の映画の話で、古い人間である私だけの印象でしょうか…

さて、その後、いよいよ「防災」の名にふさわしい訓練です。
救助される人が、東京消防庁のヘリに吊り上げられます。

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まさに、御嶽山の噴火があった翌日なので、訓練にも力が入ります。
そもそも、この日の防災航空祭は災害派遣により中止になるかと思っていました。

防衛省HPによると、この前日である噴火発生した数時間後には既に、立川の東部方面航空隊から多用途ヘリUH-1が派遣され、毎日、映像伝送機により情報収集に活躍していたそうですし、月曜日には観測(偵察)ヘリOH-1も派遣されたようです。

普段も当然訓練しているのでしょうけれど、この日のように警察や消防と連携して、しかも人前で訓練することも必要でしょう。

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↑火事を想定した、ヘリコプターによる火災消火も行われます。陸上自衛隊のUH-1です。

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↑さすが、東京消防庁のヘリは、撒く水量(消火剤量)が違います。

この前には、陸上自衛隊の空挺降下(パラシュートによるヘリコプターからの目的地への降下)も行われましたが、これも立川市HPによる事前予告は5名となっていましたが、実際には1名でのちょっと寂しい降下でした。

AH-1S、AH-64D、OH-1の飛行展示もありましたが、12時30分頃、訓練終了です。
訓練していたヘリが地上展示のため着陸してくるのを、大きな望遠レンズのカメラを持つ人々がここぞと撮影しているので、私も負けずにコンデジで撮ります。

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