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2013年7月

2013年7月28日 (日)

日産村山工場跡地とイオンモールと広いひまわり畑

武蔵村山市と立川市に跨って、かつてあった日産自動車村山工場跡地に行きました。

1962年にプリンス自動車工業の工場として、グロリア、スカイラインなどを生産し、日産自動車と合併後も、数多くの名車を生産してきた工場でした。

以前は日産のディーラーは、後にレッドステージとなるプリンス店、サニー店、チェリー店と、後にブルーステージとなる日産店、モーター店に分かれており、販売車種も異なっていましたが、ここにはすべての車種を取り扱う日産アプリーテ武蔵村山も、工場正門横にありました。

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車両生産工場としては2001年、部品工場としては2004年に閉鎖され、建物は取り壊され更地化されましたが、このディーラーらしい建物だけは営業していないものの、なぜか残っていました。

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工場跡地の敷地面積は約140haもあり、そのうち約4分の3の106haは宗教法人が取得したとのことです。

工場跡地のうち、残りの北地区といわれる敷地には大型商業施設や病院などが既に建っています。

日産工場だった名残は、プリンスの丘公園があることくらいです。

ここには「スカイラインGT-R発祥の地」との記念碑があります。

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北地区だけでも34haという相当な広さなので、大規模商業施設といっても、こんな小さく見えます。

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2013年7月21日 (日)

山口城跡と椿峰分館と狭山湖

所沢市の西武狭山線下山口駅近くに、山口城址という交差点があり、山口城址通りという道路標識もたっています。

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その割にはコイン洗車の大きな広告看板ばかりが目立ち、どこが城跡かわからないようですが、下には「山口城址」と書かれた碑も設置されているし、案内板もあります。

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山口城は、平安時代末から鎌倉時代、室町時代にこの一帯を本拠とした武蔵武士の山口氏によって築かれたものです。

山口氏は、保元の乱では源義朝に従軍したと「保元物語」に記載され、一の谷合戦では源義経に従って戦ったと「源平盛衰記」にあり、「吾妻鏡」には源頼朝に従って京に上ったと書かれています。

鎌倉時代の承久の乱では幕府方で活躍し、南北朝時代には南朝方につき戦い、山口高見・高清父子は戦死したと言われています。

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当初は館でしたが、次第に土塁や堀が造られ、城郭となっていきましたが、現在は土塁の一部が残されているだけです。

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サンキという店舗の敷地の一部に保存されていますが、夏なので草が多く、形状もよくわかりません。

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すぐ南には鉄道が通っており、その踏切を渡って見てみると、土塁の形状は見られますが、この石垣は後から設置されたようです。

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山口城は、室町時代末には小田原北条氏の支配下となりますが、豊臣秀吉の小田原攻めにより廃城となったようです。

山口城址交差点向こう側のマクドナルドの方から見ると、サンキ店舗のある敷地の一部だけが保存されているのがわかります。

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2013年7月14日 (日)

古墳か塚か、あきる野市大塚古墳

JR五日市線で秋川駅手前の右側に小高い山が見えますが、それが古墳だというので行ってみました。

都指定旧跡の大塚古墳です。

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35℃を超え猛暑日となった日でもあり、自転車では来られず、電車と徒歩で行きました。

駅からは歩いて5分ほどです。

あきる野市のHPによると、大塚古墳は王塚古墳とも呼ばれ、高さ6m、周囲は130mあり、円墳に見えますが当時は方墳だったのではないかと考えられています。

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事前のネットのよる予習によると、秋留台地には多くの古代住居遺跡があり、近くにある瀬戸岡古墳群は著名であるが、大塚古墳は比較にならないほど規模が大きいことや、台地にある古墳としては重要であることなどが案内板には書かれているようです。

神社があり登っていけますので、上に行きました。

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木々の隙間からは、サマーランドも見えます。

古墳の周囲は大塚公園として整備されています。

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ぐるっと回って、改めて見てみると案内板は新しいものとなっており、しかも読んでみると、以前のものとは中身が違います。

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2013年7月 7日 (日)

富士見池と石神井川改修と下野谷遺跡公園

富士山、世界文化遺産登録おめでとう企画第2弾です。

練馬区の武蔵関公園には「富士見池」があります。

かつては湧水も豊富で、石神井川の源泉のひとつであったようです。

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今では湧水はなくなり、すぐ横を流れる石神井川の調整池となっています。

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↑川の水量が多くなると、左奥から池に流入する仕組みです。 

↓池側から見ると、水量の少ない今は、川からの水は入ってきていません。

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調べてみたら、洪水時の調整池の機能だけでなく、石神井川からあえて導水までしているそうです。(環境省HP

残念ながら、石神井川の洪水対策のため、護岸工事をし河床を掘り下げることによって、富士見池の底よりも低くなり、湧水も川に流れ込んでしまうようになったみたいです。

となれば、川から池への導水はやるべきでしょう。 

先程の石神井川から流入口すぐ近くの、池の中にある「芦の島」には野鳥がいるようで、観察している人が数多くいました。

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ところで、なぜ富士見池という名がついたのか不思議です。 

東京にも、かつては富士山が見えた(今はビルなどができて見えない)という富士見坂は多数存在していますが、この池のまわりは高台に囲まれています。 

昔から富士山は見えなかったのではないでしょうか。 

池から上流側、つまり富士山のある西や南西側を見ても、やはり高台です。

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ここから上流は西東京市ですが、ご覧のように河川改修工事により川幅も広くなっているし、立派な河川管理用通路としての歩行者自転車道もあります。 

見かけは完成しているように見えますが、所々で通行止めとなっており、ぐるっと遠回りをしないと上流に進めません。

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こうして進んでいく中、気になる看板を見つけました。

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