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2013年6月

2013年6月30日 (日)

荒幡富士への登山と東の上遺跡

富士山が世界文化遺産に登録されました。

そのお祝いとして、所沢市の富士山に行ってきました。

狭山丘陵にあり、西武園ゴルフ場裏のけっこうな急坂を登っていきます。

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すると、浅間神社があり、その横に荒幡富士がありました。

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明治時代に旧浅間神社の移築に伴って、富士塚も移転構築することとなり、旧荒幡村の村民総出で、この富士山は造られました。

元の富士塚の数十倍の大きさにしたとのことで、明治17年から32年まで、なんと15年もかかりました。

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登っていくと、途中に一合目、五合目などの碑もあります。

頂上に着くと、周辺が見渡せ、南にはゴルフ場の向こうに、西武園遊園地の観覧車やジェットコースターも見えます。

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東には新宿の超高層ビル街も見えますし、天気が良ければ、西には本物の富士山も見えるようです。

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この荒幡富士の北側は市民の森となっています。

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この案内板によると、荒幡富士は関東最大級の富士塚とされています。

最大ではなく、最大級というところがいいですねえ。

ネットでも調べてみましたが、都内であればデータもあるようですが、関東となると、正確な統計などもないようです。

ところで、この市民の森の中は歩いてみると、とてもいい雰囲気です。

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2013年6月23日 (日)

7世紀の東山道武蔵路

大化の改新より後の7世紀後半、だいたい天智・天武天皇の頃、日本全国を五畿七道(都のある近畿5か国と7つの行政府)に分け、諸国の国府と都への行き来のための道路網が整備されました。

その遺跡が国分寺市の西国分寺駅近くにあります。

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↑小学校の跡地の一部ですが、両側の芝生のない部分が、当時の道路の側溝があったところで、道幅は12mになります。

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東山道武蔵路です。

東山道は、都から東海道と北陸道の間の山中の国々が属しており、そこを結ぶルートですが、東京都と埼玉県のある武蔵国は東海道に属しているはずです。

なぜ、東山道なのか不思議ですが、当初は行政区としては東山道に配属されていたそうです。

上野国(今の群馬県)新田から武蔵国府へ結んだ支路が、東山道武蔵路です。

北へ少しに向かってみると、旧国鉄中央鉄道学園跡地でも、遺跡が残されています。

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↑300mほどの距離が広い歩道となっており、点字ブロック以外の両端に色のついた部分が側溝跡が発掘されたところです。

12mの道幅は、7世紀に人馬が行き来するための道としては驚く幅です。

これが全国にあったわけですから、すごいことです。

側溝は底面が一定でなく、ところどころ途切れているため、現在のような排水のための側溝ではなく、道路幅を明示するものだったようです。

この中央鉄道学園跡地には団地や都立公園などがありますが、空いてる空間もあります。

何ができるのでしょうか。

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2013年6月16日 (日)

開通した西東京の調布保谷線に行ってみた

東京の渋滞解消のために、東京都が整備を重点的に行っている、多摩南北主要5路線のひとつである「西東京3・2・6号調布保谷線」のうち一部開通したので行ってみました。

東伏見公園と一体で整備したとのことなので、西武新宿線西武柳沢駅から歩いて行ってみます。

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↑広い公園計画のうち、色のついている2.7haが今回開園した部分で、上下方向に向けて公園地下に道路が造られました。

公園のすぐ北(写真でいう上)に西武新宿線が通っているので、それを道路はアンダーパスすることとなります。

道路上部の公園はこんな感じです。

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公園南側の青梅街道側入口、つまりトンネル入口までいってみます。

歩道はどうなっているのか、自転車は歩道と車道どちらを走るのか、興味があります。

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道路標識を見ると、なんと、というか予想通りというか、自転車を含む軽車両は通行禁止です。

さらに原付まで通行止めです。

この西東京東伏見トンネルは、片側2車線ずつの4車線で幅員16mの道路として整備されており、歩道はありません。

自転車、歩行者は公園を通るようにということのようです。

西側歩道は、スロープ付き階段、東側歩道はスロープとなっています。

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ここから、北へ向かって、公園を含めた道路開通部分を歩いてみます。

鉄道との立体交差のため、せっかく、トンネルを造ったのに、歩行者と自転車用は踏切なのかというと、さすがにそんなことはなく、橋がつくられています。

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線路を渡ると、側道があり、新青梅街道手前で、トンネルから出てきた本線と合流します。

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びっくりすることに、この都市計画道路、地上部は幅員は36mで、両側に10mずつの歩道があります。

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2013年6月 9日 (日)

ママチャリバーストしたけど…どうしようかな

週末はDAHON Speed P8に乗っていますが、毎日の最寄駅までの通勤にはママチャリを使用しています。

3年近く前に、西友ブランドの「アスレチックワークス」外装6段変速を、15700円で購入しました。

駅近くの駐輪場は屋根もなく、雨ざらしになるので、割と安い自転車をこれまでも5年程度で買い替えてきました。

もう数年乗るつもりでいましたが、1か月ほど前から、前輪タイヤの走行面に亀裂が見られるようになり、近々やばそうだなと日々思っていたところ、先週末の暑くなってきた昼下がり、突然の爆発音が響き渡りました。

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私には、あー、ついにバーストしたな、とわかりましたが、近所の人はびっくりしたと思います。すいません。

さすがに1万円のママチャリは避けて、ちょっとだけ値段の高い、BAAマーク付のアスレチックワークスを選んだのですが、はずれだったようです。

いつもパンク修理は自分でするのだから、タイヤとチューブを買ってきて、自分で交換しようかなと考えました。

でも、パンクとは違って、車輪を自転車から外さなければならないので、見てみると、

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この自転車、クイックレリーズ式ではありません。

これをはずして再び取り付けるのは、ちょっと面倒そうなので、近所の自転車屋さんに聞いてみたところ、工賃込みで4500円とか3500円とかするとのことです。

この後、もし後輪も同様にバーストしたら、約15000円の自転車にタイヤ交換だけで、約10000円使うことになります。

しかも、この自転車、その他にも変速シフトワイヤーが、ところどころ錆びてむき出しになっており、いつ壊れるかわかりません。

やむを得ず、買い替えを決意し、どれにしようかなと、この一週間ネットで調べたりして、盛り上がっていました。

どうせ買うなら、クロスバイクにしようとか、もう1台折りたたみ自転車が欲しかったから、泥除け付けて通勤にも使えるものを買おうとか…

予算も15000円だったものが、20000円、50000円と上がっていき、なかなか決まりません。

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駅まで片道15分間以上の徒歩通勤を一週間してきており、さらにこれが続くのはいやなので、とりあえず自分で作業して修理(タイヤとチューブの交換)することにしました。

ナット、ワッシャー、ステー、フォークなどの順番もわからなくならないよう写真を撮りながらの作業です。

オートライトのハブダイナモを繋ぐコードも忘れず外します。

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タイヤ・チューブはホームセンターで買ってきましたが、パンクしにくいタイプなどもありましたけれど、普通の安いものを買いました。

だって、前輪だけがんばってくれても、後輪がいつバーストするか、わからないから…

↓タイヤは側面も含めて、こんなボロボロに。

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2013年6月 2日 (日)

県指定史跡の滝の城跡とオリンピック道路

東村山市から空堀川沿いを下っていきます。

この日も名前の通り、水が無い空の堀のようです。

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やがて、柳瀬川と合流した後、武蔵野線や関越自動車道と交差する辺りに、滝の城址(たきのじょうあと)公園があります。

前に通った時は通過しましたが、名前に興味はひかれていましたので、改めて見にきました。

 ※以前行った空堀川の旅の記録は、こちら

城跡を探し公園を一周してみると、グラウンドばかりで園内にはそれらしきところがありませんが、山の上の神社に城跡があるようです。

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境内地に入り、階段を上っていくと、碑が立っています。

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滝の城は、山内上杉氏の重臣で、武蔵国入間郡、多摩郡に領地を有していた大石氏により15世紀後半に築かれたようです。

1546年の河越夜戦で主君の上杉氏が後北条氏に敗れたため、城は後北条氏に引き継がれました。

北条氏照が八王子の滝山城に移ってからは、この滝の城は八王子と北関東を結ぶ重要な連絡地点となりました。

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本丸跡は現在は城山神社となっています。

この城は柳瀬川と東川の合流点にあり、南側の高さ25mの急崖の上に立地し、北側には三重の堀や土塁がありました。

本郭・二の郭・三の郭の内郭とそれらを囲む外郭で構成される多郭式の平山城で、面積は63000㎡あります。

↓所沢市生涯学習推進センターにある、滝の城跡保存会製作した滝の城復元模型(別の日に撮影)

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この本丸跡は、崖の上なので、眺望はすばらしく、公園の向こうに高架の武蔵野線が走っているのがよく見えます。

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