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2013年5月 6日 (月)

国史跡の玉川上水の取水口を目指して

江戸時代に造られて、国指定史跡となっている「玉川上水」はこのブログでも何回か話題にしたことはありますが、今回、その上流端である取水口に行ってみることにしました。

小金井市と小平市の境界にある、新小金井街道の茜屋橋から西を目指します。

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上水のすぐ脇は玉川上水緑道となっていますが、ここは歩行者用なので、自転車はさらにその外側にある一般道を走ります。

しばらくは、五日市街道が並行していますが、小平市内の一橋大辺りで上水は斜めに離れ、落ち着いた雰囲気となります。

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↓この右側が緑道。さらに右が玉川上水です。

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やがて、立川通りを超えると道が舗装されていないため、スリックタイヤの小径車にとってはかなり走りづらいです。

また自転車通行禁止の部分もあります。

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以前にも来たこもれびの足湯や野火止用水の分水箇所、小平監視所を過ぎると、

 ※ 足湯に来た旅の記録は、こちら

 ※ 小平監視所の旅の記録は、こちら

西武拝島線と多摩都市モノレールの玉川上水駅です。

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しばらく進むと舗装路となりますが、ここで川との平面交差があります。

こちらは用水に沿って上流に向かっているのに、橋が架かっています。

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残堀川の上宿橋です。

大まかにいうと、この辺りの川は西から東に向かって流れているものが多い中、この残堀川は北から南に流れています。

以前に考えた、この玉川上水は東京の尾根をうまく通っているとした場合に、ちょっと不思議な流れ方をしている川です。

 ※ この考察については、こちら

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なんと玉川上水はサイフォンの原理を応用して、この残堀川の下をくぐっているそうです。

先に進みますが、小平監視所より上流は水量も多くなっています。

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立川市と昭島市境界の西武立川駅付近では、暗渠となっていますが、上部は公園のようになっていて通行できます。

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数百メートルで再び水面が見られ、西武拝島線の踏切を超えると、すぐに拝島です。

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拝島駅前には、以前、米タンを撮影した横田基地への引込線の踏切があります。

 ※ 米タンの旅の記録は、こちら

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拝島駅から先、福生市内には並行したいい道がなく、結構苦労します。

まずは上水沿いの舗装されていない道を行くと、八高線のガードをくぐりますが、公園内のようで階段になるので、自転車をかついで上がります。

みずくらいど公園という名で、漢字で書くと「水喰らい土」です。

玉川上水の工事は二度の失敗があり、その一つは福生から掘り進めたところ、この辺りで水がことごとく地中にしみこんでしまったようで、この名が付けられています。

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↑散策コースの案内看板に従って進むこととし、一番上の最短のコースを進みます。

走ってみると、結構イメージとは違う交通量の多い道を走るのですが、

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しばらくしてようやく玉川上水のすぐ近くを走れる道となりました。

羽村市内に入りますが、砂利道なのがちょっとつらいです。

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やがて、水道施設らしきものがあります。

第三水門から多摩湖・狭山湖(村山・山口貯水池)に水を送っているようです。

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多摩川がすぐ横に流れており、いよいよ玉川上水の羽村取水口に到着です。

玉川兄弟の像があります。(写真の奥は多摩川です)

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江戸時代に江戸の人口も増え、水は神田上水などでは足りなくなり、1652年(承応元年)、幕府は多摩川から江戸まで水を引き入れる計画を立て、庄右衛門、清右衛門兄弟が工事請負人となりました。

工事は承応2年4月からわずか8か月後に、羽村取水口から四谷大木戸までの43kmの水路が完成しました。

兄弟は褒賞として、玉川の姓を授かりました。

↓多摩川の水をこの羽村取水堰で右の玉川上水の取り込みます。

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↓奥の第一水門で取り込んだ水は、左の小吐水門から大部分は多摩川に流れ、一部が手前の第二水門から玉川上水に流れます。

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↓第二水門から玉川上水の下流を見ます。

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↓さらに上流の高いところから全体を見てみます。

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↓さらに多摩川上流を見ると、まだ川幅も広いです。

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江戸時代に短期間で43kmもの導水路を造ったというのは、たいしたものです。

自然流下式で、高低差は92mしかない緩勾配というから、当時の土木技術は高いものだったようです。

この後、少し多摩川サイクリングロードを走り、拝島駅から電車輪行で帰りました。

走行距離は34.82km、平均時速は19.29km、消費カロリーは909kcalでした。

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